第362話 我慢

目が覚めた。朝では無いのは感覚的にわかる。起きてしまったのは、苦しいのを必死に堪えている荒い息遣いが聞こえたからだ。

俺は右を向く。エアコンが点いているのにも関わらず額からは汗が滲み、苦悶の表情を浮かべている。



「…みく、どうした?具合悪いのか?」



心配になった俺は小声でみくに話しかける。

それに気づいたみくは目を開けて申し訳無さそうに俺に小声で話す。



「…ごめん、起こしちゃった?」


「…大丈夫だよ。どうした?」


「…さっき生理になってもうた。ウチ生理痛酷いねん。でも大丈夫。朝になれば痛みがそれなりに引くから。タロチャンは気にしないで寝てて。」


「…いやいや。そんな訳にいかないだろ。鎮痛剤飲みなよ。」


「…ウチそんなんもってへん。薬は高いし買えないもん。いつも我慢してたから平気だよ。タロチャン、ありがとう。ウチは平気だからホント寝てて。」


「…俺ンチにあるよ。一通りの薬は揃えてあるから。」


「…タロチャン有能すぎやろ。」


「…どれ、リビングに薬箱あるからそこまで移動するか。」



俺が起き上がり、みくを抱き抱えようとする。すると、背後から声をかけられた。



「…どうされましたか?」



牡丹だ。俺の左隣に寝ていた牡丹が目を覚ます。



「…ごめん、起こしちゃったか?」


「…いえ、大丈夫です。タロウさんが動かれると目を覚ますだけですので。」



………え?俺が動くといつも目を覚ましてんの?ちょっと待てよ。色々と問題がある台詞じゃねぇかそれ。いや、今はみくの事が大事だ。それは後にしよう。



「…そっか。みくが生理痛で苦しいらしいんだ。だから鎮痛剤飲ませようと思って。」


「…そうだったのですね。では何か消化の良い物を作って来ます。空腹で鎮痛剤を飲むと胃に良くありませんので。」


「…そうだな。すまん、頼んでいい?」


「…お任せ下さい。すぐに用意をして参ります。」


「…ありがとうな、牡丹。」



牡丹は俺に微笑んで先に部屋を出る。

続いて俺はみくを抱き抱え、楓さんたちを起こさないようにそっと部屋を出る。所謂お姫様抱っこで。



「…重い?」


「いや、軽すぎだろ。ウチの綺麗所はみんな細すぎだ。」


「タロチャンは痩せてるのはキライ?」


「…細いの大好きです。」


「なら良かった。ウチ、肉がつかへんからタロチャンの好みになれなかったらどないしよ思うた。」


「…つーか、どんなみくだって嫌いなわけがない。」



ーーまーたこの馬鹿は余計な事を言ってやがる。こうやっていらん事言うからみくが胸をキュンキュンさせて親愛度が上がるのだ。



「てか、牡丹チャン、部屋から出てったけどどないしたん?」


「みくが空腹で鎮痛剤飲むと胃に良く無いからって何か作りに行った。」


「うー…優しいなぁ牡丹チャン…あとでちゃんとお礼言わんと…」



俺からすればみんなどの子も優しいよ。みくも、牡丹も、美波も、楓さんも、アリスも、みんな優しい。最高のメンバーだな。


ーーそうだな。お前が絡まなければ。



俺は片手でリビングのドアを開き、ソファーにみくを寝かせる。



「エアコンで冷えたのが良くなかったな。お腹温めようか。カイロ有ったはずだから取って来るよ。待ってて。」


「あ、タロチャン。」



俺が離れようとすると、みくが俺の手を掴む。



「どうした?」


「ウチ…その…カイロやなくて…タロチャンの手で温めて欲しい…」


「…いや、それはマズイだろ。」



もう少しで牡丹が来るのにそんな卑猥な事してたらヤンデレモード待ったナシじゃないですか。俺が刺されて死ぬ事待ったナシじゃないですか。



「…タロチャンが考えてるようなえっちな事やないよ。お腹の上にお手てを乗せておいて欲しいんよ。それだけで温まるから。」


「…すまん。」



俺なにやってんの。こんな時にいくら積極的なみくでもそんなお願いしてくるわけないだろ。


ーーいや、お前わかってる?子宮あたりに手を乗せるんだよ?かなりマズイんじゃない?毛があるとこらへんだからね?



「どうすればいい?」


「んっと、お手て貸して。」


「ほい。」


「ここらへんかな。」



ーーみくが慎太郎の手を少しパンツの中に入れる。当然慎太郎は驚く。



「えっ!?何してんの!?」


「え?子宮温めてるの?」


「えっ!?なんかコレって結構マズくない!?」


「なんで?えっちな事してないのに?」


「いや…そうだよね…なんでもないや…」



俺が汚れてんだな。いやらしい目でみくを見てるって事だよな。自重しろよ。


ーーお前はこの小娘にハメられてんじゃない?計算だと思うよ?



「えへへ〜、温かくなって来た。痛いの少し和らいで来た。」


「そ、そっか。良かったな。」



うん、それなら良かった。これは治療なんだ。俺は邪な事はしていない。



ーーガチャリ



ーー調理を終えた牡丹がリビングへとやって来る。当然目に入るのはみくのハーフパンツの股間部の中に手を入れている慎太郎の姿。所謂手マンをしているような光景。牡丹のイライラ度がリミットブレイクされるのは必然。



「…何をなされているのですか?」


「え?みくのお腹を温めてるんだよ?」



ーーもう淫らな事をしているわけではないと思っている慎太郎は当たり前のように牡丹に答える。その慎太郎の態度に牡丹はイラっとし、ヤンデレクイーン化しそうになるが、己の首に着けている指輪の存在に気付き、心を落ち着ける。


『私はタロウさんから婚約指輪を渡された。』


『私はタロウさんの妻。』


『明日からはタロウさんと2人きりの旅行。』


『他の女が少しぐらい言い寄って来ても堂々としていないと。』


『私と彼は永遠の愛を誓いあっているのに浮気なんてするわけないのだから。』



ーーなどと、安定のヤンデレクイーンっぷりを発揮はしているが、指輪の効果により牡丹のヤンデレクイーン化を抑えてくれている。ギリギリのところで惨劇は回避されたのだ。指輪万歳である。今の所は。



「ふふふ、そうだったのですね。おじやを作って来ました。お粥では味気が無いと思いましたので。」


「あ、やっぱり。スゲー美味そうな匂いするもん。俺も少し食べたいぐらいだ。」


「そう仰ると思いましたので多めに作って参りました。」


「流石は牡丹だな。ほら、みく。食べて薬飲みな。」


「タロチャン食べさせて。」



ーーこのみくの台詞に牡丹はイラっとする。自分だってそんな事してもらった事ないのにそんなふざけたお願いをしていれば苛立つのもわからなくはない。

だが、またしてもギリギリの所で牡丹はヤンデレクイーン化を踏みとどまる。


『タロウさんとの結婚生活が始まればそんな事ぐらいいつでもしてもらえる。』


『寧ろ、口移しで食べさせてもらったり、食べさせたりなんて当たり前。』


『妻なんだからもっと余裕を持たないと。』



ーーなどと、安定のヤンデレクイーンっぷりを発揮はしているが、指輪の効果により牡丹のヤンデレクイーン化を抑えてくれている。またしてもギリギリのところで惨劇は回避されたのだ。指輪万歳である。今の所は。



「ふふふ、タロウさん。食べさせてあげて下さい。」


「え?いいの?」



ーー当然それが危険な事だと慎太郎も理解していた。だからこそ即答出来ずに牡丹の顔色を伺っていたのだが、牡丹が余裕の表情で慎太郎に勧めて来るので内心心臓が爆発しそうなぐらい驚いていた。



「ふふふ、当然ではありませんか。みくちゃんは体調が悪いのです。看病してあげないといけません。」


「そっか、そうだよな。よし、みく。おじや食べよう。」


「えへへ〜、タロチャン、背後から抱っこしながら食べさせてー。」


「はいはい。」



ーー余裕の表情で牡丹は慎太郎とみくのイチャイチャを最前席で見ている。だが内心牡丹は羨ましくて堪らなかったのだ。

でも、


『明日はたっぷり色々とやって頂こう。色々と。ふふふふふふふふふふふ。』


などと、安定のヤンデレクイーンっぷりを醸し出していた。

やっぱり牡丹は牡丹なのである。

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