第309話 綿谷みく

ウチには両親がいない。3歳の時におかんが病気で亡くなり、5歳の時におとんが家に帰って来なくなった。それからウチは1人で生きている。当たり前の事だが5歳児が1人で生きていける訳がない。おとんが帰って来なくなってからウチは親戚の家をたらい回しにされるようになった。ウチの親戚はどこもお金を持っている訳では無かったので迷惑がられた。それは仕方が無いとその時からウチは受け入れていたので何を言われてもニコニコして我慢をした。早く大人になりたい。それだけを考えていた。



ーーでも耐えられなく事が起きるようになった。



ウチが小学3年の時にまたたらい回しにされた。次に連れて来られたのはおとんの弟という人の所だった。当時まだ二十代だったにも関わらず髪が薄くて太っていたのが印象的だった。お世辞にもイケメンとは言えない人だ。おとんは結構イケメンやったけど本当に血が繋がっているの?ってツッコミ入れたくなるぐらいだった。

でも、見た目は少し嫌悪感を感じていたが、それとは裏腹に叔父さんはウチに好意的だった。ニコニコして歓迎してくれてジュースも出してくれた。それがウチには凄く嬉しくて叔父さんに懐いてしまった。



ーーでもそれが間違いだった。



叔父さんと暮らし始めて1ヶ月が過ぎた頃に叔父さんのウチに対する接し方が変わった。


「みくちゃん。今日からは叔父さんとお風呂入ろか。」


ウチがテレビを見ていると何の脈絡も無く突然言い出して来た。ウチは何だか叔父さんの目が凄く嫌だったのですぐに断った。


「ウチ…いい…1人で入る…」


ウチは叔父さんと目を合わせないでそう言った。目を合わせたく無かった。合わせちゃいけないっていうのが本能的にわかった。


暫く沈黙が続く。それでもウチは目を合わせ無かった。するとウチの右頬に凄い衝撃が起きた。その場から壁まで一気に吹き飛ばされた。痛い事よりも一体何が起きたのかわからなくて目を白黒させながら衝撃が来た方を見ると、無表情で立っている叔父と目があってしまった。その表情が凄く怖くてウチの身体が震えて来た。ガタガタって音がしているんじゃないかってぐらい震えていた。歯もガチガチと音を立てていたのを覚えている。


「みくちゃん。叔父さんの言う事聞かんと、これからもっと強う打つで。ええか?」


ウチは叔父さんが何を言っているのかわからなかったので返答が遅れてしまった。それが気に入らなかったのだろう。ウチに向かってドスドス音を立てて近づき、左頬にもう一度強烈な平手打ちをもらった。この時の一撃が本当に恐ろしくてウチは漏らしてしまった。そしてそれが叔父さんの逆鱗に更に触れる事になってしまう。


「チッ!!何をやってんやオラァ!!!」


ウチはお腹を叔父さんに蹴られた。押し入れまで吹き飛ばされ、襖に穴が開いてしまった。それでもお構い無しに叔父さんはウチを蹴り飛ばす。ウチは殺されると思った。必死に体を丸めて暴行が終わるのを待った。暫くして疲れたのか息を切らしながら暴行が終わった。


「はあっ…!!!ひいっ…!!!みく!!!風呂行くぞ!!!返事しろ!!!殴るぞ!!!」


「…はい。」


ウチは抗う事をやめた。殴られたくない、蹴られたくない。それだけを思っていた。


「グフフ、素直に叔父さんの言う事聞けば酷い事はせんからね。」


「…はい。」


「それじゃお風呂行こか!叔父さんが体を洗ってあげるからな。グフフ。」


この日からウチは叔父さんとお風呂に入る事を義務付けられた。幸いな事に性的な事をされる事は無かった。それだけが救いだった。



ーーでもそれは中学に上がる前までの話だった。



中学になり身体が膨らみ始めて来ると叔父さんのウチを見る視線が変わり始めた。お風呂に入る時に男性器をいつも膨らませるようになって来た。ウチは恐怖だった。いつ襲われるかわからない恐怖がいつもウチの心を支配していた。


そんなある日、ついにその日がやって来た。いつも通りお風呂から出て髪を乾かしていると叔父さんがウチに抱き付いて来た。ウチの身体はまた恐怖で震えた。そんなウチに叔父さんは耳元で、


「みくちゃん、叔父さんが今から保健体育の授業をしたるわ。叔父さんは父親代わりなんやからそれを教えるのも務めやろ。だから…ええよな?」


全身に鳥肌が立った。このままじゃ本当に襲われる。ここにいちゃダメだ。ウチは逃げようと立ち上がり、全力で玄関まで駆け出そうとした。だが、身体が震えているので足が絡まり畳に転げてしまった。逃走の失敗だ。脱走しようとしたウチに待っている結末は決まっていた。

うつ伏せにひっくり返っているウチを叔父さんは力任せに仰向けにし、ウチの左頬に平手打ちを入れる。


「みく!!!お前、また逃げようとしおったな!!!」


「ご、ごめんなさい…!!!」


「仕置きが必要やなぁ。罰を与えるのも親の義務や。素直なえぇ子になるよう俺が躾けてやるからの。」


そう言って叔父さんはウチの学校ジャージを無理矢理脱がそうと引っ張り始める。


「いやぁぁぁ…!!!いやや…!!!」


ウチは必死に抗う。でも女の…中学生の女の力じゃ大人の男には全然敵わない。それでも必死に抗った。思うように上着を脱がせられなくて苛立ち始めた叔父さんはウチの上着を脱がすのを諦め、ウチの足を持ち上げ始めた。


「もうええわ!!とっとと入れてしまえばお前も大人しくなるやろ!!へへ!!」


そう言ってハーフパンツに手を伸ばした時にウチは全力で叔父さんの顔面を蹴り上げる。この体勢から全身をバネのように使った事により叔父さんが吹き飛ぶ。ウチはこれを好機と見て今度こそ玄関へ全力で走り、ドアノブを回して外へ出た。ウチは裸足でとにかく逃げた。背後から叔父さんの怒号が聞こえるがとにかく逃げた。捕まったら終わりだ。それだけはハッキリと理解していた。その時たまたま目に入った近所の空手道場にウチは転がるように入って行った。するとそこには70代ぐらいのおじいちゃんがいた。ウチがおじいちゃんに言った第一声は、


「助けて下さい…」


それだった。その言葉の返答を待つ前に叔父さんが道場内に息を切らしながら入って来た。


「はあっ…!!はあっ…!!こんなトコにおったんかみく!!!オラァ!!!帰るぞ!!!」


叔父さんがウチの手首を捻るように無理矢理引っ張り、外へ連れ出そうとする。


「いやぁぁぁ…!!!痛い…!!!」


ウチは悲鳴を上げて外へ連れ出されないようにその場に踏ん張ってみるが男の力には敵わない。諦めかけようとした時、ウチの背後から声がする。


「待て。その手を離せ。」


おじいちゃんの低い声が聞こえると、叔父さんのウチを引っ張る手が止まる。だが、相手が老人だけだと確認すると、次第に高圧的な態度に戻っていく。


「なんや爺さん。人ん家の事に首突っ込んでくんなや。」


「聞こえへんのか?その手を離せ言うとんのや。」


「…痛い目みんとわからんようやな爺さん。」


叔父さんが拳を握り締め、おじいちゃんへと向かっていく。叔父さんがその拳をおじいちゃんへ振り回す。だがおじいちゃんは叔父さんの振り回した拳を左手で横に捌き、空いた鳩尾に右手で正拳突きを放つ。ドンという鈍い音がすると叔父さんはその場に蹲ってしまう。するとおじいちゃんがウチに近づき、


「大丈夫やから。ワシが何とかしたるから。待っとってな。」


おじいちゃんはそう言ってニコっと笑った。おじいちゃんのその言葉を聞いた時にウチは泣きじゃくってしまった。その時にかけてくれたおじいちゃんの言葉と、頭を撫でてくれた温かい手の温もりが堪らなく嬉しかった。


この後おじいちゃんが叔父さんと話をつけてくれてウチは1人で暮らす事になった。ボロアパートやけど叔父さんが家賃から食費からちゃんと出すって事をおじいちゃんが約束させた。約束を破った時は今までウチにしとった事を警察に言うって事で無理矢理そうさせた。

その日はウチはおじいちゃんの家に泊まった。おじいちゃんは奥さんに先立たれて1人暮らしだった。ウチは一緒の部屋でおじいちゃんと寝た。部屋の電気を消した時にウチはおじいちゃんに聞いてみた。


「なんで他人やのに…今日初めて会ったばかりやのにこんな優しくしてくれるん…?」


「泣いてる女の子がいたら助けるやろ。理由なんかそれだけや。」


「…ウチ、おとんもおかんもおらん。おかんは3歳の時に病気で死んでもうたし、おとんは5歳の時にいなくなってしもうた。親戚からは迷惑がられてたらい回しにされ、最後に行ったのがさっきの叔父さんとこや。血が繋がってたって優しくなんかされんかった。それなのにおじいちゃんは優しくしてくれた。他人やのに。」


「だったらワシとお前は家族や。」


「そんなん無理や…ウチとおじいちゃんは他人やもん。」


「血の繋がりなんか関係あらへん。心が大事やろ。」


「ホンマに…?おじいちゃん、ウチの家族になってくれるん…?」


「もう家族や。ワシの孫や。寝るで、みく。」


「うん…おやすみ、じいちゃん。」


この時からウチとじいちゃんは家族になった。血の繋がりなんか関係無い。そんなものより強いものをウチはじいちゃんに教わっていった。空手を始めたのもその時からだった。いざと言う時に助けられるのは自分の力だけや、そう言うじいちゃんの言葉にウチは空手を習う決意をした。強くなりたいって言うのもあったけど、じいちゃんと同じ事をしたいって気持ちの方が強かった。ウチが強くなって試合で勝つとじいちゃんは凄く嬉しそうだった。ウチはじいちゃんの喜ぶ顔が見たくて一生懸命練習した。稽古を休む事は1日もなかった。じいちゃんと道場で稽古をする日々は楽しかった。

勉強も頑張った。じいちゃんが文武両道じゃないとダメって言ってたから必死に頑張った。その甲斐あって大阪で一番の高校である鴇ノ丘学園に全て免除の特待生で入学する事が出来た。


全てが上手く回り始めると思った。そんな矢先、事件が起こった。ウチがバイトから帰り、いつも通り道場へ稽古に向かうと、中から話し声が聞こえた。お客さんでも来てるんかな?そう思って話を聞いてみると、


「な。納得してぇや。」


「……。」


「しゃあないねん。それでないと家族が露頭に迷う事になるんや。親父も自分の息子や孫に辛い思いさせたないやろ?」


話の流れ的にじいちゃんの息子さんって事やろか?でも良い話をしてるわけやない。嫌な話をしてるんやと思う。なんとも言えない不安がウチの胸の中にしこりのように出来ていた。


「わかった。それでええ。」


「ありがとう親父!!ホンマ感謝するで!!ほな、今週中には道場から出てってな。買い手側がはよ壊したい言うてんねん。悪いけど頼みます。」


私はその言葉を聞いた時、つい道場の戸を開けて入ってしまった。


「壊す!?壊すってどういう事!?」


「あん?親父誰や?門下生か?」


「みく、あっち行っとき。」


「じいちゃん!!教えて!!」


ウチはじいちゃんに詰め寄り説明をしてくれという目で訴える。だけどじいちゃんはウチと目を合わせようとしてくれない。


「じいちゃん?おい親父どういうこっちゃ?いつからそんな呼ばせ方しとんや?武道なんやからケジメつけさせなアカンのとちゃうか?」


「…こいつは門下生やない。ワシの孫や。」


「は…?どういう事や?妾の子って事か?」


「そうやない。血の繋がりなんかあらへん。それでもワシの孫なんや。」


「何を言うてんのかわからへんわ。そんな事を言うとるから門下生もおらんのとちゃうか?あの空手の生きる伝説とまで言われた郡山景虎が女子高生にじいちゃんなんて呼ばせてたらそら門下生も逃げ出すわ。」


「一虎、もう帰れ。話は済んだやろ。」


「帰れるわけないやろ。身内が女子高生と淫行なんてテレビ出るようになったら敵わんで。」


ウチはその一言でカッとなり、じいちゃんの息子さんに食ってかかるような口調で否定をする。


「ウチとじいちゃんはそんな関係やない!!何をアホな事ぬかしとんねん!!」


「そんじゃなんや?門下生でも無い、妾の子でも無い、そんなんが親父のトコにおるんはおかしいやろ。」


「ウチはじいちゃんに中学の時助けられたんや!!それで家族になったんや!!」


「お前ら頭大丈夫か?家族?なんやそれ。親父、いい加減にしてぇや。なんかの宗教にでも入ったんか?まともやないで。女子高生と家族って。」


「帰れ。」


「はぁー。ま、ええわ。ここさえ売ってくれたら俺の用は終わりやからな。迷惑だけはかけんでな。ほんでそこの嬢ちゃん。お前ももうここに来んといてくれ。どっちみち今週で郡山道場は終いや。」


「どう言う事…?」


「それは家族の話や。お前には関係あらへん。じゃあな親父。」


それだけ言ってじいちゃんの息子さんは道場から出て行った。ウチはすぐにじいちゃんに問い質す。


「じいちゃん、どう言う事や!?」


「…今日で道場もおしまいや。さっきのアレな、ワシの息子なんや。郡山一虎言うんや。そんで一虎がなんやようわからんが、借金作ったらしくてな。その返済の為にこの道場を売ってくれ言うて来たんや。」


「なんやそれ!?そんなん自分の責任やん!?じいちゃん関係ないやん!?」


「そうやな。でもな、そんなんでもワシの息子や。助けてやらなあかん。そう思ったんや。」


「…せやけど。」


ここには思い出がある。ウチの人生の大切な思い出。ウチにはおとんもおかんもおらん。おかんの事はあんまり覚えてないけど優しかったのは覚えてる。でもおとんは嫌いや。おとんがいなくならなければウチはあんな思いはせんでも済んだ。だから嫌いや。そんな人生を救ってくれたじいちゃんは大好きや。だからその大切な思い出は消したく無い。


「みく。この道場が無くなったらワシとお前は家族やなくなるんか?」


「え…?そんな訳ないやん!!じいちゃんとウチはいつまでも家族や!!」


「せやろ?だから場所は関係ない。ワシとお前は絆で繋がっとるんや。周りからは異常で歪な関係に見えるかもしれん。でもそんなもんは放っておけばええ。これがワシとみくの生き方なんや。」


「じいちゃん…うぅ…」


「みくは泣き虫やな。ほれ、じいちゃんの胸で泣き。」


「うわぁぁぁん…!!!」


ウチはじいちゃんの胸で泣いた。いっぱい泣いた。でも本当はじいちゃんが一番泣きたかったんだ。それから半年程でじいちゃんは亡くなった。道場が生き甲斐だったじいちゃんにとってそれを奪われた事が生きる気力も奪ったのかもしれない。じいちゃんは最期の時にウチにこう言った。


「悲しいな。血の繋がりがあっても今際の際にワシについてくれるのはお前だけや。ワシと本当の家族やったのはお前だけや。でもな、憎くはないんや。それが血の繋がりの怖い所や。どんな事をされても可愛い思うてしまう。だからな、みく。お前のお父さんもなんかワケがあるはずや。実の父親が我が子を捨てて出て行くなんてワシには考えられへん。きっとなんかワケがあるんや。お父さんを探してみい。それで許してやれ。」


「じいちゃん…」


「お前と過ごした期間は3年ぐらいか…でもワシにとっては人生の中で最高の時間やった。ありがとうな。」


「イヤ…イヤや…じいちゃん…イヤや…」


「空手…続けてくれな…みくは強なるで…この郡山景虎の孫なんやからな…」


「じいちゃん…!!じいちゃん…!!」


「ずっと…お前の成長見とるからな…」


「逝かんといて…!!じいちゃん…!!!」


「愛しとったで…みく…ワシの息子よりも…」


「いやぁぁぁ…!!!」



それがじいちゃんの最期だった。ウチは1ヶ月

何もやる気が起きなかった。でもそれじゃダメだと気付いた。じいちゃんはこんなウチを見たくない。じいちゃんに誇れるようにならなきゃいけない。そう思ってウチはまた稽古を始めた。今まで以上に頑張った。


そんなある日、バイト帰りにスマホを見ていると変なバナーを目にした。


『あなたの歴史を変えませんか?』


くだらないものだとは思った。でもウチは自然とそれをタップしていた。



ーーそれが始まりだった。



その内容はとんでもないものだった。俺'sヒストリーというゲームで、そのゲームを進めると過去を改変出来るというものだ。話だけ聞くとばかばかしいと思うだろう。でもプレイすればわかる。それが本物である事を。

ウチには希望が生まれた。これを進めていけばじいちゃんの死を無かったものにできるんじゃないだろうか?道場さえ売らなければもっと長生き出来たはずだ。そう思ったウチは懸命にオレヒスをやった。必死にやった。来る敵、来る敵を叩きのめし、ついには”闘神”という称号までもらった。


ーー出会いもあった。


同じ”闘神”の芹澤楓チャンと島村牡丹チャン。この2人と友達になる事が出来た。基本的に友達が少ないウチにとって2人との出会いは嬉しかった。それと、入替戦とかいうもので出会った田辺ってイケメンもおった。同じ”闘神”の蘇我ってイケメンは優しくないけど、田辺って人は優しそうなタイプだった。ウチは小さい頃の環境がああだったせいか男の本性は見抜く力はある。田辺って人は間違いなく優しい人。だってなんだかじいちゃんに似てる感じだった。ウチはじいちゃんみたいなイケメンじゃないと絶対イヤだ。もちろん顔だけの話では無い。内面、外面両方を備えた人がイケメンだとウチは思っている。だからウチはイケメンが好きだ。


そして夏になり、ウチは空手の全国大会で優勝した。凄く嬉しかった。じいちゃんに誇りたかった。この姿を見ていてくれただろうか。



ーーここでウチにとうとうその日がやって来る。



その日が来ないなんて思ってはいなかった。いつだって不安と隣り合わせだった。とうとうウチは負けた。俺'sヒストリーで負けた。奴隷堕ち。じいちゃんともう一度暮らす夢は絶たれた。いや、それどころかウチに待っているのは想像も絶するような地獄であろう。

ウチに勝った男がみんなが見ている前で服を剥ぎ取ろうとしてくる。ウチは抗う。でも無理だ。もう助けてくれる人はいない。じいちゃんはいない。でも、ウチに馬乗りになっていた男が吹き飛んでいった。ウチは頭の中がクエッションだったが、その人が助けてくれていた。


「大丈夫だから。俺がなんとかするから。そこで待ってて。」


あの日じいちゃんが言った言葉だった。じいちゃんが助けに来てくれたんだって思った。

そのあとはその人の戦いを見ているだけだった。圧勝。ウチが手も足も出んかった男に、その人は圧勝だった。


その人はウチに優しい言葉をかけてくれた。


ウチは泣いた。


その人はウチの頭を撫でてくれた。


ウチはさらに泣いた。


ーーそして、





元の世界に戻されると、ウチは知らない綺麗なお家の玄関にいた。ウチの下で寝ているのはウチを助けてくれた人、田辺慎太郎さんだ。ウチはじっくりと顔を見てみる。やっぱりカッコええな。ドキドキする。ウチ、完全に好きになっとる。王子様やん。絵本で見た王子様が出て来たみたいや。

この人を見てるとなんだかスリスリしたくなる。ウチは本能のままにスリスリしようと田辺慎太郎さんの首に手を回そうとした時、


「ウフフ、何をしているのかしら?」


心臓が口から出るかと思うぐらいにびっくりした。ウチは誰かいるのかと、恐る恐る後ろを向いた。すると、


「か、楓チャン!?それに牡丹チャンも!?な、なんで!?」


何故だかわからないけど、ウチの友達である楓チャンと牡丹チャンがいた。え?ここってまだ入替戦なん?


「ここは私たちが住んでいる家なのよ。牡丹ちゃん、とりあえず落ち着きなさい。話が進まなくなるから。」


「私たち…?どういう事…?」


「言ってなかったけど私と牡丹ちゃんは同じクランなのよ。牡丹ちゃん、膝枕させてあげるからその目やめなさい。」


「ええっ!?そ、そーなん!?」


「ええ。それにそこで寝ているタロウさんもよ。彼がクランリーダーなの。」


開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。それに牡丹チャンがニコニコしながら田辺慎太郎さんを膝枕し始まってる。


「安心していいわよ。彼はみくちゃんを奴隷なんかにしたりしないから。」


「そ、それはわかっとるけど…田辺さん、ウチにそう言うてたし…それに…そんな事する人に見えへんもん…」


ウチらが玄関で話をしているとドアの1つが開いてそこから何かが飛んでウチの頭に乗って来た。


「わわわ…!?なんやなんや!?」


「ぴ!」


「あれ?ここにいたんですかっ?…って、えっと…どちら様でしょうか?」


奥から出て来たのはすっごい美人のお姉さんだった。楓チャンも牡丹チャンもすっごい美人やけどこのお姉さんもすっごい美人だ。


「あ!ちび助!ダメでしょ!」


次に出て来たのは金髪の外国人の女の子だった。お人形さんみたいに可愛い。ていうかこの家の女の子のレベル高すぎひん?


「ぴ?」


「ご、ごめんなさい!すぐにこっちに来させますね!」


そう言って外国人の女の子がウチの頭から何かを取る。スズメや。可愛い子スズメや。


「わー!可愛いなぁ!お嬢ちゃんのスズメなん?」


「はい!お姉さんもスズメ好きですか?」


「動物好きやでー!可愛いもんなー!」


「ぴ!」


そう言うと子スズメがまたウチの頭に乗って来る。


「ちび助!」


「ええよ、ええよ。ちび助言うんか!可愛いなぁ。」


こんなホンワカしたのって久しぶりやな。なんか癒されるわ。温かいな。


「えっと…楓さん…?」


「あ、ごめんね。こっちは綿谷みくちゃん。」


「それはわかります。楓さんと牡丹ちゃんと同じ”闘神”の方ですよね?なんでここに…?」


「さっきまで私たちは入替戦に行っていたの。そこで彼女は負けたの。そして奴隷に堕ち、相手に陵辱されそうになった。それをタロウさんが助けたの。」


「私と同じなんですね…本当にこの人は優しいんだからっ。」


「えっ…?どういう事…?」


「あ、初めましてっ!相葉美波ですっ!」


「あ、綿谷みくです。」


「私は結城アリスです!」


ウチらはお互いに挨拶を終える。それよりも相葉さんと同じってどういう事なんやろ。


「あの、相葉さんと同じって…?」


「美波でいいよっ!私もみくちゃん、って呼んでいいかなっ?」


「私もアリスって呼んで下さい!みくさんって呼んでもいいですか?」


「もちろん!」


「ふふっ!あ。話が逸れちゃったねっ。えっとね、私もバディイベントの時に一度負けちゃったの。その時に戦ったのがタロウさんだった。それでタロウさんのバディの男がすごく嫌な人だったんだ…その人に奴隷にされそうだったけどタロウさんが助けてくれたの。でもね、その時は奴隷を解放していいルールは無かった。だからタロウさんは自分のアルティメットを引き換えにして私を救ってくれたの。」


「え…?その話って…」


「そう。タロウさんの事よ。彼がアルティメットを引き換えにして奴隷を解放したプレイヤーなのよ。」


田辺さんの事やったんや。やっぱり凄く優しい人。なんでそんな事出来るんやろ。自分に何の得も無いのに。


「…凄いね。何でそんな事出来るんやろ。」


「どうしてかしらね。私にもわからないわ。でも…だから私たちは彼といっしょに行動してるのよ。」


あぁ…もうダメや…完全に惚れてもうた。ウチの王子様確定や。

そう思ったウチは、寝ている田辺さん…タロチャンに抱きついてしまった。あぁ…幸せ…


「ちょ…!?何してるのよみくちゃん!?」


「あっ!!牡丹ちゃん!!大人しいと思ったら1人で何やってるのっ!?」


「ふふふ、膝枕をしております。タロウさんはとても幸せそうです。やはり私の膝が気持ち良いのでしょうね。」


こうしてウチらがワイワイやってるとタロチャンが目を覚ます。タロチャンに聞いてみよう。ウチもこのクランに入れてって聞いてみよう。タロチャンに恩を返す。ウチはタロチャンのおかげでここにいられる。この恩は返さないといけない。ここからウチのリスタートや。

それと…出来れば…タロチャンがウチの王子様になってくれるとええなぁ…






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