第209話 ヘンカー

【 慎太郎・牡丹 組 3日目 PM 9:45 山道 】




ーーとうとう洋館から脱出した慎太郎と牡丹は胸を弾ませながら山道を歩いていた。前日まで降り続いていた暴風雨は見事に止み、綺麗な月明かりが2人を照らしている。こんな夜は何か不吉な事が起こる前触れのようでさえ思えてしまう。



「この山道の雰囲気ってさ…最高じゃね…?」


「はい。興奮が抑えきれなくなりそうです。」


「あのさ、首狩り村のイメージって実は出来てるんだよね。山村って聞いた時からとある村を想像してたんだよ。」


「ふふふ、タロウさんもですか。実は私も想像していた村があるんです。」


「マジでか!?当てっこしない!?せーので言い合おうよ!!」


「良いですよ。」


ーー慎太郎と牡丹が見つめ合いながらウキウキしている。殴りたい。


「「せーの、杉沢村!!」」


ーーお互いの答えが合った事により2人は大喜びしている。


「この相性ヤバいな!」


「ふふふ、そうですね。やはり私たちは赤い糸で結ばれているのですね。」


「そうかもしれないな!」


ーーここまで趣味を共有する事が出来る存在が現れた事により慎太郎はいつになく興奮している。それにより普段ならそこまで踏み込んだ牡丹の重い台詞は軽くあしらうのだが、今回は何の考えも無しに肯定してしまう。

それにより牡丹の依存度とLove度が更に上昇するとも知らずに。

今回のイベントで牡丹の依存度とLove度は始まる前と比べて倍になってしまった。これは全て慎太郎の責任である。やはりこの男は一度刺された方がいいのかもしれない。


ーーご機嫌の牡丹がどさくさに紛れて慎太郎と恋人繋ぎをしていると何かを感じ取り立ち止まる。


「牡丹?」


「はい、あなたの牡丹です。今、何か聞こえませんでしたか?」


「いや…俺には何も?」


「そうですーー」


ーーその時だった。


牡丹が何かに気付き、言いかけた言葉を飲み込み、慎太郎を引き寄せ、木の影に隠れる。


「ぼたーー」

ーー牡丹が喋ろうとする慎太郎の口を左手で押さえる。


「…すみません、少し静かにして頂けますか。」


ーー慎太郎は無言で頷く。そして牡丹が見つめる先を見ると先程まで自分たちが歩いていた山道を降りてくるモノがいる。

近づいて来ると月明かりに照らされ、その姿が明らかになる。白い装束を身に纏い、布の様な奇妙な作りの被り物で顔を隠し、死者のような生気の無い歩き方をしている3人組の集団が山道に現れた。


「…何だ…アレ…?」


「…わかりません。ただ、気配を全く感じませんでした。」


前から思ってたけどさ、気配なんて感じられるか?俺全然感じないよ?精々隣の部屋に誰かいるとかぐらいしかわからんよ?100m以上離れてる所の気配なんてわかるわけないよね普通。牡丹って漫画の世界の人なんじゃね?




ーーピロリン




スマホの通知音が鳴り響く。俺は心臓が止まりそうだった。それはきっと俺だけではない。手を握っている牡丹の手が音が鳴り響いた時にグッと強く握られたからだ。

だが今回はスマホ自体から鳴り響いている訳ではなく、脳内に響いているのだとすぐに理解した。それに気づいた俺は心底安堵した。

だが安堵なんてしている暇はない。俺は即座に通知内容を確認する為に脳内でテキストを開く。




『警告

洋館から首狩り村へ侵入したプレイヤーが現れた為、ヘンカーが6体現れました。又、村人が更に増えました。

加えてスキルの使用が禁止になりました。

エリア全土が非常に危険となっておりますのでご注意下さい。

初期に首狩り村に配置されたクランは全滅となりました。残りは洋館内に居る7クランと、首狩り村に侵入した2名のみとなります。

ヘンカーは非常に危険ですので交戦しない事をお勧め致します。又、ヘンカーは村長の屋敷にある”呪符”を破る事により消す事が出来ます。

それでは残り時間、プレイをお楽しみ下さい。』






「…おいおいおい、スキル使えないのかよ。ヘルモードじゃん。」


このゲームってスキル使えない時多いよね。クソゲーじゃねーかよ。


「…つーかまだ3日目であれだけいたクランがそれしか残ってないのかよ。それに首狩り村に配置されたクランが全滅って。」


「…村人というのもかなりの手練れなのでしょうね。そのヘンカーというモノが現れる前に全滅している訳ですから。」


「…あいつらがヘンカーって事か?」


「…そうだと思います。あのモノたちは相当な強さかと。気配すら感じられない程ですのでゲシュペンストの比では無いかと思います。」


「…牡丹がそう思う程なんだから相当なんだろうな。」


ーーヘンカーたちが慎太郎と牡丹が隠れている前を通り過ぎ、洋館へと向かって行く。


「…タロウさん、村長の屋敷へと参りましょう。あの3体をこのまま野放しにしておけば楓さんたちの障害となります。」


「…だな。でも通知では6体って言ってたんだから首狩り村に半分は居るって事だよな。それに村人とかってのも居る訳だ。スキルも使えない状況だけど自信の程はどうですか姫?」


「…あの者たちの実力が読めない以上は危険な橋は渡れません。無駄な戦いはせずに村長の屋敷にあるという”呪符”を破いてヘンカーを消すのが最善かと思います。」


「…オーケー。目指すは村長の屋敷だ。誰とも戦わずに”呪符”を破ればSランクって感じだな。さーて、遊んでる場合じゃなくなっちまったけど緊張感が出てきたな。」


「はい。参りましょうタロウさん。」


「おう!」



ーーこのイベントにて初めて緊張感が出始めた慎太郎と牡丹。果たして彼らは無事に”呪符”を破り、目的を達成出来るのだろうか。

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