第192話 バルムンクの想い
【 慎太郎・牡丹 組 2日目 AM 8:55 洋館 本館 3F 映写室 】
「どうした?かかって来い。まさかあれだけデカイ口を叩いておきながら俺にビビっているのではあるまいな。フハハハハッ!!」
「ならば遠慮無く。」
ーー男に焦りが生まれる。バルムンクとは相応の距離があったにも関わらず宣言と同時に眼前に現れていたからだ。
バルムンクは現れたと同時にゼーゲンを振りかぶっているので男はすぐさま防御へと転じる。
バルムンクの初撃は自身の剣で受け流す事に成功した。それに安堵したのも束の間、第二撃目の膝蹴りが男の腹に綺麗に決まる。
男は悶絶しそうになるがそれを堪え、反撃と言わんばかりに剣を振り上げようとする。だがその振り上げた剣をバルムンクに振るうのではなくまた防御へと転じる事となる。
バルムンクの二の太刀が男の胴体へと迫っていた。男は振り上げた腕を脇へと返して二の太刀を捌いた。反応が遅れていたら真っ二つになる所であった。
ーーだが攻撃はまだおわらない。
男の空いた左脇腹にバルムンクの蹴りが入る。慎太郎の身体による蹴り、つまりミドルキックが綺麗に決まった。
「ガッハッ…!!!」
ーー流石の男も悶絶する。
慎太郎はそれなりに体格が良い。180cm75kg、見た目は細く見えるがかなり筋肉質である。慎太郎は実は筋トレ大好き人間なので中学の時から毎日筋トレを欠かさない程だ。彼のマンションには専用のトレーニングルームもある。そんなミドル級程の体格の彼による蹴りが見事に決まればひとたまりも無い。更にはゼーゲンによる身体能力強化、バルムンクの憑依による能力上昇。これらがコンボで乗ればその威力は絶大だ。
男は膝から崩れ落ちそうになるがそれを何とか堪え、後方へと転がるように逃げてバルムンクとの距離を取った。
「グッ…!!!調子に乗るなよ…!!!」
ーー男を包む銀色のオーラが輝きを強める。
その勢いのままバルムンクへと突っ込みラッシュを試みる。
だが、男の剣をバルムンクは難無く捌き、先程ミドルキックを入れた左脇腹に再度蹴りを打ち込む。
同じ場所への重い一撃により男は完全に膝をついてしまった。
「ガ…!!!バッ、バカな!?なんでこの俺の攻撃が当たらんのだッ!?」
ーー男が怒りを露わにする。
その男に対しバルムンクが冷ややかな口調で語り始める。
「簡単だ。我の方が強い、唯それだけの話だ。」
ーーバルムンクが自分の力を主張した事は初めてであった。
バルムンクという女性は元来そのように自分を誇示するような性格では無い。相手を見下すような事をした事も一度も無い。
それは自分自身がまだ未熟だと思っている事もあるが、何より相手を尊重しているからだ。
だが今回は違っていた。自分自身が甘く見られたり、舐められたりするならば我慢は出来る。だが、慎太郎を舐められる事は我慢ならなかった。バルムンクと慎太郎の過ごした時間は決して長いとは言えない。言えないが2人の間には信頼がある。少なくともバルムンクは慎太郎を認め、信頼以上の感情を持っていた。その慎太郎を甘く見られ、低く見られ、小馬鹿にされるような事は我慢ならなかった。バルムンクは生まれて初めて心の底から怒っていた。主人の為、慎太郎の為に。
「調子に乗るなと言ったはずだッ…!!!この俺をーー」
「もういい。」
ーーすでに黄金色にまで輝くバルムンクのオーラが太陽のように眩しさを強める。
「格の違いを見せてやろう。」
ーー携えるゼーゲンの刀身に蒼い炎が灯る。
ーーその神聖なる炎に男の目は釘付けになる。
ーーそして終焉の時が来た。
「全ての剣の先に我は在るーーブラウ・シュヴェーアト!!」
ーー蒼炎の炎が辺り一帯の空間を引き裂き、螺旋状の衝撃波を形成する。その圧倒的なまでに熱量を帯びた蒼炎の衝撃波が男へと襲い掛かる。
しかし男は避けない。否、避けられない。その速度に身体の回避運動が追い付かない。
男はそのまま蒼炎に飲み込まれ灰と化した。
「我の事はどのように思おうと構わん。だがな、シンタロウの事を貶める事は決して許さん。覚えておけ。」
ーー鬼神の如き強さを見せつけバルムンクの勝利により映写室での戦いは幕を下ろした。
「お疲れ様でした、バルムンクさん。」
ーー戦いを終えたバルムンクへと牡丹が近づく。
「すまない。」
ーー近づく牡丹にバルムンクは頭を下げ謝罪をする。
「なぜ謝るのですか?」
「シンタロウの身体に負荷をかけてしまった。あの男はあのまま斬るだけで勝負は着いた。ブラウ・シュヴェーアトを放つ必要などは無かった。だが…我は使ってしまった。シンタロウを甘く見られた事が許せなくてな…言い訳にはならんのはわかっておる。それによってボタンにも迷惑を掛ける事になってしまった。本当にすまない。」
「謝らないで下さい。私は嬉しく思います。タロウさんの為に怒り、タロウさんの為に戦い、タロウさんの名誉を守ってくれた貴女を誇りに思います。バルムンクさん、ありがとうございます。」
ーー牡丹がバルムンクへと深々と頭を下げる。バルムンクへの深い感謝を込めて。
「ボタン…」
「それにタロウさんをお守りする事が迷惑になるはずがありません。私の命に代えてでもタロウさんをお守り致します。」
「…ボタンよ、シンタロウはそれを喜ばんぞ。」
「え…?」
「シンタロウへ憑依する我にはわかる。シンタロウは自分の事よりお主たちの事を大切に思っておる。ボタンの犠牲の上に生きたとしてもシンタロウは喜ばない。お前も生きてシンタロウも生きる、それがシンタロウが喜ぶ未来だ。だから死ぬ事は許さぬぞ。」
「…タロウさんの身体でそのような事を言うのは狡いと思います。」
「フフ。」
「わかりました。私も絶対死ねませんね。必ず私も生きた上でタロウさんをお守り致します。」
「ああ、頼むぞ、ボタン。時間だ、シンタロウを頼んだ。」
ーー身体の所有がバルムンクから慎太郎へと移っていく。
…シンタロウよ、我も本当は主の事をこの手で守りたいのだぞ。
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