第163話 弱さ

【 アリス・楓・牡丹 組 1日目 PM 6:12 】



午後6時を回り、周囲は夕暮れに包まれ始めていた。逢魔が時、あの世とこの世の境が曖昧になる時と言われている何とも嫌な時間帯だ。

楓さんが私たちから離れ夜ノ森葵と対峙する。私は楓さんの強さを良く知っている。今まで私たちのクランのエースとして勝利に導いて来た絶対的な存在だ。楓さんの勝利を疑うわけではない。けど…何だか凄く嫌な予感がする…


「高飛車ね…別に私のこの性格を否定するつもりはないわ。誰かに媚びへつらうつもりも無い。私は私の性格を悪いとは思っていない。」


「それが傲慢なんだよ。自分の弱さをきちんと認めないとね。人は一人じゃ生きて行けないんだよー?」


「私は一人でも大丈夫よ。」


「たーくんと一緒に生きて行きたいくせに?」


楓さんたちと距離があるから何を言っているかまではわからないが話し込んでいる。一体何を話しているのだろう。


「ふっふっふー、そんな怖い顔しちゃせっかくの美人が台無しだよー?もっと素直になりなよー。そんなんじゃたーくんに嫌われちゃうよー?」


「……。」


「やれやれ。じゃ、始めよっか。どーする?どーやって戦う?楓ちゃんに合わせてあげるよ。」


「…は?」


「だからー、楓ちゃんの条件に合わせてあげるって言ってるの。楓ちゃんが自分の力だけじゃ勝てないから剣帝に助けてもらいたいって言えばスキルを使った戦いに合わせる。楓ちゃんが自分の力だけで勝てるっていうならスキル無しで戦ったげる。私の装備は全部楓ちゃんに合わせてあるからさ。ゼーゲンも2段階解放のにしてあるから条件は本当に五分だよ。」


「…私の事ナメてるのかしら?」


「言い訳できないようにしてるんだよ。条件同じで負けたら個の差だからね。ま、スキル使っても同じだよね。負けたら剣帝の責任じゃなくて楓ちゃんの責任。さ、どうする?」


「スキルなんて必要無いわ。私の力だけであなたを倒す。」


「…はぁ。本当に傲慢だね。協力しようとしないなんて。目を覚まさせてあげるよ。」


ーー楓と葵が鞘からゼーゲンを引き抜く。

どちらから合図をしたわけでも無い。鞘鳴りにより両者が動き出した。2段階解放されたゼーゲンの効果により強化系アルティメットと同等の身体能力上昇の効果が両者に得られる。その超越すべき速力は見る者を置き去りにする程であった。牡丹とサーシャは当然のように2人の戦いを目で追うがアリスは一呼吸も二呼吸も遅れて2人の戦いを追う。何の強化も施されていない一般人には2人の戦いは人知を超えたものに他ならなかった。


ーー夕闇に包まれながらひたすらに剣戟の音が鳴り響く。蒼白いオーラに包まれたゼーゲンの刀身が怪しく輝き、互いの命を狙っている。時折夕焼けに刀身が照らされて刀身が紅く染まると血の色のように感じられアリスの心を抉る。


ーー洗練された技術がぶつかり合う二つの剣は火花を散らし、周囲に燃え移りそうなぐらいの熱量を帯びていた。

互いの実力は拮抗している。アリスの目にはそう映っていた。この戦いに終わりは来るのだろうか?ひょっとしたら終わりなど無いのではないか?そうとさえ思い始めていた。


ーーだが牡丹の見解は違っていた。


「完全に互角…!持久戦になりそうですね…!」


「…いえ、楓さんの分が悪いです。」


牡丹さんのその言葉に胸が締め付けられる。分が悪いという事は楓さんが負けているという事だ。それだと楓さんが…


「ど、どうしてですか!?」


「楓さんは既に全力に近い力を出しています。その証拠に息切れを起こしている。ですが、相手の夜ノ森さんはまだ余力を残しています。実力差は明らかです。」


「そ、そんな…!?」


他の誰かならいざ知らず、牡丹さんが言っているのなら間違い無い。楓さんが劣勢だ。劣勢なんだ。それなら…私がどうにかしなきゃ…!!


ーー楓の危機を感じたアリスは赤のマヌスクリプトを取り出す。楓なら自分の呼びかけに理解を示し反応してくれると見込んで魔法を放とうとする。

ーーだが、


「結城アリス。」


ーーアリスが詠唱を始めようとした時、少し離れた所にいるサーシャが声をかけてくる。虚を衝かれた事によりアリスは唱えようとした言葉を飲み込んだ。


「詠唱を始めた瞬間にその首を落とす。嫌なら大人しくしている事ね。」


ーーサーシャによる牽制が入る。その言葉にアリスは躊躇った。だが楓を助けるにはこれしかない。それならば標的をサーシャに変え、この女を倒してから牡丹と共に楓の助太刀をすれば良いのではないか?そう思った。ならばもう躊躇う事など無い。アリスは覚悟を決めて詠唱に臨もうとする。


ーーだが再度それを止められる。


「アリスちゃん、やめましょう。」


ーー隣に立つ牡丹により阻止される。


「でも…!」


「あのサーシャという女性の言う事に偽りは無いでしょう。アリスちゃんが動けば斬られます。残念ながら私の技量ではそれを阻止できないかもしれません。もしそうなってしまったらタロウさんに顔向けできない。どうか堪えて下さい。」


「でも…!このままじゃ楓さんは…!!」


「アリスちゃん。楓さんは頼りないですか?」


「えっ…?」


「私たちが手助けをしないと勝てないってそう思わせるほど頼りない方ですか?」


「そ、そんな事ありません!!楓さんは凄く頼りになります!!私を救ってくれたんです!!楓さんがいなかったら私は…だから頼りないわけありません!!」


ーーアリスは牡丹の問いに全力で否定する。


「ならば信じましょう。必ず勝つと。楓さんは私に約束してくれました。私はそれを信じます。ですからアリスちゃんも一緒に信じて待ちましょう。ね?」


ーーアリスに対し牡丹が微笑む。


その顔を見てアリスの目からは涙が溢れる。そしてアリスは牡丹に抱きつく。

アリスも信じている、楓の勝利を。

牡丹も信じている、楓の勝利を。


ーーだがその願いを打ち砕く程の実力が夜ノ森葵にはあった。

剣技、身体能力、読み合い、その全てに対して楓は葵を下回っていた。時間が経てば経つ程体力が削られその差は更に開いていく。


ーーそしてそれが決定的なダメージへと繋がる。


「ほらほら、息が上がってるよー。」


「くっ…!」


「はい、隙だらけー!」


ーー楓の切り返しが僅かに遅れた瞬間、楓の脇腹へ葵の膝蹴りが入る。


「がはッッ…!!」


ーーだが楓はそこで崩れたりはしない。歯を食いしばり痛みを堪え、葵に対し反撃の剣閃を与える。

だが葵はそれを何事も無かったように軽々と捌く。


「弱いなぁ。スキル使いなよ。少しはマシになるかもよー?」


「必要ないわッ!!」


ーー楓の鬼気迫る剣を葵は涼しい顔で受け流す。


「ふぅー…つまんないなぁ。そろそろ腕の一本でももらおうかっ!!」


ーー葵が初めて大振りの一撃を楓に放つ。


ーー楓はその一瞬を見逃さなかった。


ーー葵がその一撃を放った先には誰もいない。


ーー楓はこれを狙っていた。天使の翼を羽ばたかせ、葵の背後を取る。


「調子に乗りすぎなのよあなたはッッ!!喰らいなさーー」

ーー楓が葵の背中を斬ろうと全力で振り下ろしたゼーゲンが空を切る。


楓の頭の理解が追いつかない。だが背後からの気配により全身に戦慄が走る。


「ーー楓ちゃんって結構馬鹿なんだね。私言ったよね?『私の装備は全部楓ちゃんに合わせてある』って。なら何で想像できないのかな?」


ーー楓が背後を振り返る。


そこにいたのは天使の翼を羽ばたかせた夜ノ森葵だった。


「第2ラウンド…行こっか?」

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