第123話 私の師匠

タロウさんの家のある小山駅へと着き、私たちはコンビニへと入った。なぜかタロウさんが一緒にコンビニへと向かう中年の男性を見て勝ち誇ったような顔をされていたのが不思議だった。お知り合いなのだろうか?


「じゃあ払って来るから立ち読みでもして待っててよ。」


「わかりました。宜しくお願い致します。」


タロウさんはニコッと微笑みながらレジへと向かった。私の為にここまでしてくれるのがとても嬉しく感じる。だがそれと同時に申し訳なさもある。でもタロウさんが頼ってくれと言われたので私はそれに甘えようと思った。本当にありがとうございます。


待っている間に書籍コーナーに向かうが私が読むような本は置いていない。私は読書が好きだが漫画やファッション誌などは読まないのでコンビニに置いてあるような本は対象外だ。

しかしそう思いながら別のコーナーに行こうとした時だった。棚に立てかけてある題目に目が釘付けになる。


『年上の彼のココロをオトス五つの方法』


私はその書物を光速の速さで棚から取り、ページを開く。


『年上の彼を相手にすると何を話していいかわかんないよねー。でもこれを読んでるそこの乙女!もう安心だよ!この恋愛マスターの星空ヒビキちゃんがビシッと指南してあげちゃうゾ☆』


星空ヒビキさん…恋愛マスターと謳われている以上はとても凄い方に違いない。師匠とお呼び致します。


『1つ目だよー!それは甘える事!!年上の彼ってのはね、年下の女の子に甘えられたいもんなんだよー!甘えて頼る!それがオトコゴコロをくすぐる鉄則なんだゾ☆』


な、なるほど…だから先程タロウさんは私に甘えろと申したのですね…!流石は星空師匠、男性の心をしっかりと把握されているのですね…!す、凄い…!


『2つ目いくよー!彼にお弁当とか作っちゃいなよ!!年上の彼ってのは手作り料理に飢えてるんだよー!胃袋を掴む!それがオトコゴコロを掴む第一歩なんだゾ☆』


な、なるほど…そういえばタロウさんは私の作ったお弁当を凄く美味しかったと言ってました。それは胃袋を掴む第一歩だったのですね…!流石は星空師匠…素晴らしいです…!


『ちゃんとついてきてるー?3つ目いっちゃうゾー?そ・れ・はー、さりげなくボディタッチをする事!!年上の彼ってのはボディタッチに弱いんだよー!ボディタッチをして好き好きアピールをする!それがオトコゴコロを堕とす方程式なんだゾ☆』


な、なるほど…確かに私がタロウさんの手を握ったり抱きついたりした時に少し嬉しそうな感情が垣間見れました…!それが男性の心を堕とす方程式なのですね…!流石は星空師匠…恋愛マスターの名は伊達ではありません…!


『まだ年上の彼は堕とせてないかなー?なら4つ目出しちゃうよー?それはねー、か弱い自分を見せつける事!!年上の彼ってのはか弱い女子を守ってあげたくなっちゃう生き物なんだよー!あなたがいないとダメなのっていう弱さを見せる!それがオトコゴコロを陥落させるスーパーブローなんだゾ☆』


な、なるほど…だから私が苦しんでいるのをタロウさんは助けてくれるのですね…!これがスーパーブロー…!流石は星空師匠…男心の全てを把握されてる達人ですね…!


『これでも年上の彼を堕とせない困ったちゃんなアナタにはヒビキちゃんのアルティメットスキルを伝授しちゃうよー!それはーー』

「牡丹、終わったよ?」


「は、はいっ!?」


真横にタロウさんがいるので変な声を出して驚いてしまう。そしてここで私に天啓が降りる。この本を見られるのは非常に都合が悪い。こんな浅ましい内容の本を読んでタロウさんの心をどうこうしようなどと考えていたと知られれば失望されてしまう。

か、隠さないと…


「あっ!塚原卜伝!!」


「え?」


私がタロウさんの後ろを指差すとタロウさんはそれにつられて後ろを向く。私はその隙を逃さず光速の速さで聖書を棚へと戻す。


「誰もいないけど…?」


「すみません、どうやら勘違いだったようです。」


どうにか誤魔化す事が出来た…心臓が止まるかと思った…


「うん?ま、いっか。はいコレ領収書。」


タロウさんが私に支払ってきた領収書を渡してくる。


「ありがとうございます。本当にすみーー」


…待ちなさい牡丹。ここで謝るのが駄目なのよ。星空師匠の教えその1を実践しないと。


「ありがとうございます。タロウさんが助けてくれるので本当に嬉しいです。」


「そっか、牡丹が喜んでくれるから良かったよ。」


や、やった…!凄く反応が良い気がします…!やはり甘えるのが良いのですね…!流石は星空師匠…!


「でさ、食後のデザートにアイスを買っていこうと思うんだけど牡丹は何が良い?」


「いえ、私は大じょーー」


…待ちなさい牡丹。ここで否定をするのは良くないわ。それが私の駄目な所なのよ…!タロウさんに甘えないと。星空師匠の教えを守るのよ…!


「宜しいのですか?私もアイスが食べたかったんです。凄く嬉しいです。ありがとうございます。」


「おっ!牡丹も食べたかったか!なんか今日は暑いもんなー。一緒に選ぼう。好きなの選んでよ。」


す、凄い…!明らかに反応が違います…!星空師匠、貴女は神です…!


「俺はダッツにしようかなー、牡丹はどうする?」


「私はそんな高いーー」


…待ちなさい牡丹。ここで遠慮をするのは良くないわ。徹底的に甘えるのが一番なのよ…!星空師匠が言ってるんだから間違いない…!よ、よし…!!


「あの…タロウさん…!」


「ん?決まったか?」


「はっ、はっ、はっ、半分コにしませんか!!!」


いっ、言えた…!!言えました星空師匠…!!!


「お!それいいな!ダッツの期間限定プリンアラモード味と期間限定オレンジフロマージュ味の両方とも食べたかったんだよ!牡丹はどっちの味も大丈夫?」


「は、はい!どちらも食べたいです…!!」


「よしよし、なら決まりだな。美波は定番のバニラが好きだし、アリスはストロベリー大好きっ子だからこれで問題は無い。それじゃ買って帰ろうか。」


「はい…!!」


やった…!これでタロウさんと合法的に間接キスが出来るのですね…!やりました星空師匠…!!


「あ、楓さん来てるはずだから楓さんの分も忘れないようにしないと。楓さんはダッツの期間限定アップルウイスキー味でいいだろ。酒好きだし。」


「そうなのですか?」


「そうなんだよ。家に来るようになったら休肝日を作らせないとな。」


「ふふふ、皆さんのいろいろな面が見れてとても面白いです。」


「そうだね。さて、帰ろうか。」


「はい。」



コンビニを出て私たちはタロウさんのマンションへと向かう。そうだ、私は合鍵なるものを貰ってしまったのだ。


「…お母さんじゃないけど同棲だよね。」


「ん?なんか言った?」


「い、いえ…!なんでもありません…!」


「お、おう?」


お母さんのせいで何だか変に意識してしまう。美波さんもアリスちゃんもいるのだから意識するのはやめないと。


悶々としているとあっという間に部屋の前まで着いていた。ドアを開けると美波さんとアリスちゃんが飛び出て来る。


「おかえりなさいっ!」

「おかえりなさい!」


「ただいま。」

「ただいま帰りました。」


「牡丹ちゃん、お弁当すごく美味しかった!ありがとう!」

「本当に凄く美味しかったです!ごちそうさまです!」


「お口に合ったのでしたら良かったです。」


私たちが話していると奥から楓さんが現れる。


「2人ともおかえりなさい。タロウさん、勝手にお邪魔してますね。」


「気にしないでいいですよ。もう楓さんの家のようなもんです。遠慮しないで好きに使って下さい。」


「ウフフ、そう言うと思っていたので小さいお酒用の冷蔵庫を設置しておきました。」


「何やってんですか。絶対休肝日作りますからね。」


「ひっ、酷い!?聞いた美波ちゃん!?アリスちゃん!?牡丹ちゃん!?タロウさんは私の事をイジメるのよ!!」


なんだかいつもの楓さんとは違うような気がします。目もトロンとしてますし。


「酒くさっ!?どんだけ酒飲んでんですか!?めんどくさい性格になってるし!?」


「臭いなんて酷いです…!!訴えます…!!」


「ほら…やっぱり飲み過ぎですよ楓さん…」


「私は一応は止めました。でも『あと一缶、あと一缶だけ…』で一箱開けちゃったんです。」


「一箱!?箱って何!?6缶パックじゃなくて箱を空にしたしたの!?」


「ウフフ、こんなのジュースですよ!じゅ!う!す!」


「うわぁ…なんか楓さんのイメージ狂ったなぁ…」


「ウフフ、じゃあお姉さんがもっとタロウさんのイメージを変えちゃおっかなぁ…!!……うっ、気持ち悪い…」


「ほら楓さんっ!!トイレ行きましょ!!トイレ!!」


「私、お水持って来ますね!!」


3人が慌ただしく玄関から去っていった。


「…楓さんのイメージ変わりました。」


「奇遇だな。俺もだよ。」


「でも面白かったです。ふふふ。」


「ま、賑やかでいいけどね。でも楓さんはしばらく禁酒だな。」


「ふふふ、タロウさん。」


私はタロウさんよりも先に靴を脱いで家の中へ入る。


「ん?」


「おかえりなさい。」



この生活がずっと続きますように。

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