第121話 あなたの優しさ
目が覚めてスマホで時間を確認する。朝の5時半だ。予定通り。目覚ましをかけないで起きられた事には我ながら脱帽だ。右を確認すると美波もアリスもまだ寝ている。左を向くと案の定牡丹はいない。俺は起き上がり、静かに寝室を出る。すると卵焼きとウインナーの良い匂いがキッチンから漂ってくる。キッチンのドアを開くと牡丹がエプロンを着けて朝ごはんの弁当を作っていた。超可愛い。そのエプロン姿だけで襲いかかりたくなるぐらいの破壊力がある。
牡丹が俺に気づきニコッと微笑む。
「おはようございます。お早いんですね。」
「おはよう。まあね。てかすっごい美味そう。」
「お口に合うかわかりませんがタロウさんに喜んで頂けたら嬉しいです。」
「ちょっとつまみ食いしてもいい?」
「はい。ではお口を開けて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「はい、あーん。」
牡丹が箸でウインナーを掴んで俺の口元へと持ってくる。俺はだらし無い顔をしながら口を開けて牡丹にあーんをしてもらった。何このプレイ。甘々じゃん。
「どうでしょうか?」
「…すっごい美味い。美味いけど恥ずかしい。」
「ふふふ、私は朝から幸せです。」
「牡丹が幸せならそれでいいや。」
「あ、もうこんな時間。申し訳ありませんが私はそろそろ出発します。タロウさんたちの朝食とお弁当は用意しておきましたので宜しければお食べになって下さい。」
「はい、ちょっと待った。」
「はい…?」
「絶対そんなこったろーと思ったから起きたんだよ。花の水やりだろ?学校行く前に店に寄って花の水やりをやってから行くつもりだろ?これだけの準備をやるって事は4時半ぐらいに起きたんじゃないのか?」
「……」
「やっぱり。そんな事毎日やってたら絶対続かないぞ。」
「ですが…水やりはかかせません…」
「それは当たり前。花だって生きてるんだから水をやらないなんてそんな酷い事はしちゃいけない。」
「それは家に帰れと言う事でしょうか…?私はここに居たいです…」
「だから俺も手伝うよ。」
「…え?」
「2人でやればすぐ終わる。車で行けば時間も短縮できるしな。そんでそのまま学校まで牡丹を送って行く。それなら7時にここを出れば十分間に合う。起きるのだって6時に起きれば支度もできるだろ?美波もアリスも6時に起きるはずだから朝ごはんの支度もみんなでやればすぐに終わる。な、十分だろ?」
「でも…朝からタロウさんにそんな事をさせてしまってはご迷惑かける事に…」
「迷惑なんかじゃないって。協力できる事はしてあげたいじゃん。それにしばらくやって水やりになれたら俺が朝行ってやればいいだけだしな。」
「…いいんですか?そこまで甘えてしまっても。」
「もっと甘えてくれ。」
「わかりました。お言葉に甘えさせて頂きます。」
「おう。朝ごはん食べたの?」
「いえ、後で食べようとおにぎりを作って起きました。」
「なら時間まで布団に入って仮眠してなよ。それは車の中で食べればいいし。そんなに早く起きてるなら正直眠いだろ。」
「眠くないと言えば嘘になります。」
「時間になったら起こすから寝ておいで。」
「わかりました。ありがとうございます。」
牡丹は嬉しそうにしながら寝室へと戻って行った。
「さっそく牡丹の作ってくれた朝メシ頂くか。」
*************************
7時ちょっと前になったので牡丹を起こしに行く。着替えと歯磨きを終わらすには十分な時間だろう。寝室のドアを開けると薄暗い部屋に牡丹が1人で寝ている。美波もアリスも起きてるので当然だ。
この薄暗い密室で牡丹と2人っきり…しかも布団がある…さらには俺の事が大好きな美少女までいる…ぶっちゃけ襲いたい。
ダメダメダメ!!そんな不誠実な事はしちゃダメだ!!…でもさ、もし来年になっても牡丹の気持ち変わらなかったら…いいよな?そん時はいいよな…?
あまり期待はしないで待っておこう。
「牡丹、時間だよ。」
俺は枕元へ近づき牡丹を優しく起こす。流石はジェントルメンな俺。
「ん…おはようございます…」
「おはよう。少しは眠れた?」
「はい。タロウさんの枕を抱き枕にしていたらぐっすりと眠れました。」
自分の布団へ目をやると枕が無くなっている。
「何やってんの。俺の脂ぎった頭皮の臭いで塗れて臭いだろ。」
「いいえ、とても良い香りがします。私はこの匂いを嗅いでいると落ち着きますし安心します。」
「なんか恥ずかしいからやめて。」
まったく牡丹には困ったもんだな。どんだけ俺の事好きなんだよ。
「名残惜しいですが支度をしなければなりません。続きは帰って来てからにします。」
「続きなんて無いからね!?」
寝室から出て牡丹は洗面所へと向かい顔を洗って歯を磨く。それが終わると空き部屋の一室を女子の更衣室にしてあるのでその部屋で着替えを済ませる。
ーーそれが問題だったんだ。この時の俺はまだそれに気づいてなかった。
制服へと着替えた牡丹が更衣室から出て来る。
「支度が整いました。大変お待たせ致しました。」
かっ、可愛い…!!雉ノ森の制服やっぱり可愛い!!
少し凝った刺繍が入るオシャレなデザインが最高の黒いブレザー、そして白いワイシャツに青のネクタイ、これがまたイイ!!そして下はブレザーと統一された黒のスカート!!そんな漫画の世界のようなデザインの制服を超絶美少女である牡丹が纏っている。堪らない。もう歯止めが効かなくなりそう。この制服のまま押し倒したい。
「タロウさん…?」
この制服姿で家の中うろつかれたらヤバいぞ。絶対に間違いを起こすと思う。これは鎮めとかないと絶対に危険だ。どうにかーー
「タロウさん!」
「え?」
「どうかされたのですか?」
「いや牡丹が可愛いすぎて。」
「え?」
「え?あ…!いや、なんでもないっす…」
「ふふふ、朝から嬉しい事ばかりです。」
頬を赤らめるな!!俺の理性が…やっぱり昨日出しときゃ良かった…今日出しとかないと絶対に危険だな…この制服がさらに唆るからいかんのだよな。…お願いしちゃおうかな。いいよねそれぐらい。
「牡丹さ…その…お願いがあるんだけど…」
「なんでしょうか?」
「しゃ、写真撮っていい…?」
「どうぞ。」
「え?いいの?」
「タロウさんのお願いを断るはずがありません。それに写真ぐらいなんでもない事では?」
なんでもなくはないんだよなぁ…
「…じゃあ撮らせて頂きます。」
「ふふふ、お好きなだけどうぞ。」
*************************
「これで水やりは終了になります。」
タロウさんが手伝ってくれたお陰で予想よりも早く終える事が出来た。2人でお店にいると彼との将来を想像してしまう。もしも結婚する事が出来たら一緒に店を切り盛りしてくれるだろうか。そんな事を想うだけで幸せな気持ちになる。昨日の朝にはこんな未来は想像できなかったな。
「水をどれぐらいあげるかってのが慣れないと結構キツいな。」
「ふふふ、そうですね。やっていればすぐに慣れますよ。」
「ぶっちゃけ月曜からは俺1人で大丈夫かと思ったけど甘かったな。明日からの土日で何とか覚えるように頑張るよ。」
「土日も手伝って頂けるのですか?」
「え?当たり前だろ。9時からは授業があるからそれまでしか出来ないけど手伝えるだけは手伝うつもりだよ。」
嬉しいな。タロウさんと2人の時間が出来て喜んでいる浅ましい私がいる。タロウさんとの仲を進展させたい気持ちは強いが、美波さんとアリスちゃんとの間に軋轢を生みたくはない。彼女たちの気持ちが分からない程鈍感では無いのでそれは理解している。2人ともタロウさんの事が好きだ。当然男性として。美波さんもアリスちゃんも凄く良い人だからタロウさんを巡って争う事はしたくは無い。でもこの気持ちを諦める事は出来ない。私なりに彼の心を掴めるように頑張る。仮に彼が私では無い人を選んだとしてもそれは仕方がない。だが私の気持ちは決して変わらない。生涯愛し続ける。それが私の彼への気持ちだ。
「ありがとうございます。嬉しいです。」
「おう。よし、じゃあ学校に向かうか。」
「はい、よろしくお願い致します。」
私は戸締りをしてタロウさんの車へと乗り込んだ。車種というものはよく分からないが、タロウさんの車は大きいので室内がとても広い。私としてはもっと密着感があってもいいのだけれど。
タロウさんは運転しながら色々な話をしてくれる。私はその横顔を見ていると胸がとても暖かくなる。本当に幸せだ。この人とずっと一緒にいたい。そればかりが私の頭の中にはある。
だがその幸せな時間も終わりを迎えてしまう。幸せな時間というものはあっという間に過ぎてしまう。
学校近くのコンビニでタロウさんは車を停めた。
「ここでいいかな?正門まで行って教師とかに見られたら面倒だしね。」
「ご配慮ありがとうございます。ここで大丈夫です。」
「仕事終わったら店に行くよ。1人で俺の家まで来るのは危ないからな。」
「よろしいのですか?」
「もちろん。」
優しいな。タロウさんに優しくされると胸が高鳴る。ここでお別れするのは凄く寂しい。夜まで頑張れるだけの力が欲しい。
「…タロウさん。お願いをしてもよろしいでしょうか…?」
「ん?いいよ?」
「今日一日頑張れるように手を握って充電してもらってもよろしいでしょうか…?」
私がそう言うとタロウさんは優しく微笑んで私の手を握ってくれた。凄く温かい。彼の温もりを感じられる。
「こんなもんでいい?」
「はい、ありがとうございます。頑張れそうです。」
「よかった。じゃあ気をつけてな。」
「はい、タロウさんも気をつけて下さい。」
「あ、そうだ牡丹。」
「はい、あなたの牡丹です。」
「はい、コレ。」
タロウさんから渡されたのはカードだった。何のカードだろう?
「何のカードでしょうか…?」
「俺の家の鍵だよ。もう牡丹の家だから合鍵渡しとくね。」
「えっ…?よ、よろしいのですか…?」
「そりゃあ家族だもん。」
そのような台詞をさらっと言ってしまうのは狡い。そんな事を言われたら私は嬉しくなってしまうし期待をしてしまう。この人にとっての一番は私なのでは、と。
「…ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「そっか、ならよかった。じゃあ今後こそ気をつけてな。」
「はい、タロウさんも。」
車から降り、タロウさんを見送ってから私は学校へと向かった。正直学校での私は孤独なので楽しい事は無い。同級生の男の子からの売春を断ってから私には変な噂が流れた。
『島村牡丹は援助交際をしている』
そういったものだ。噂を流したのはその男だろう。そのせいで私は完全にクラスから孤立してしまった。別にそんな事はどうでもいいが男子たちからのいやらしい視線には嫌悪感を覚えてしまう。でもタロウさんに充電をしてもらったし合鍵ももらった。これだけ幸せなならこれぐらいの事なんて耐えられる。
ーーだが私は少し舞い上がり過ぎていた。それによりいつもやらかさないようなミスを犯してしまった。
席へ着き授業の準備をしようと鞄から教科書とノート、筆箱を出そうとした時に気づく。筆箱が無い。持って来るのを忘れた。私にはペンを貸してくれるような人はいないし、恥ずかしい話だがお金が無いので購買部で買う事も出来ない。お財布には数十円しか無かったはず。100円でもあれば何とかなるが恐らく無い。それでも藁にもすがる思いでお財布の中を確認しようと鞄から取り出す。だがここで違和感に気づく。お財布に重みと厚みを感じる。不思議な感覚に首を傾げながら中を開くとお札が入っている。それも一万円札と千円札が数枚ある。小銭も確認するが五百円玉や百円玉が数枚入っている。私のお財布じゃ無いのではと思い確認するが間違い無く私のだ。高校入学のお祝いとして父から貰った革のお財布なので間違いようが無い。どうしてこんな大金が私のお財布に入っているのだろうと再度お札を確認しようとした所、メモ紙が挟まっている事に気づく。私はそのメ
モを開いてみる。すると、
『勝手に財布を開けてごめん。何かあった時にお金が無いと心細いだろうから入れて置きたかったんだ。
今日は気温上がりそうだから体育の授業の後に飲み物でも買ってしっかり水分補給をする事。遠慮はしちゃダメだよ。』
…狡いな。これで好きにならないっていう方が無理ですよ。あなたの事がもっと好きになりました。
「ありがとうございます。あなたのお気持ち、有り難く頂戴致します。」
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