第95話 エリアボス
日直の仕事で職員室にチョークを取りに行く途中、古賀に鉢合わせる。顔をニヤつかせながらこちらへと近づいて来るので私は身構える。
「よう、相葉。」
「…なんですか。」
「嫌われちったみてぇだな。へへへ。田辺の野郎だったらそんな顔しねぇくせによ。」
「あなたに関係ありません。失礼します。」
この男と会話する事など無いので古賀の横を通り抜けようとする。すると去り際に古賀が呟く。
「そうそう。田辺の野郎シメる事にしたから。」
私は足を止める。
「…は?」
「気に入らねぇから仲間集めてボコボコにするんだよ。」
「何でそんな事するんですか!タロウさ…タロウくんは何もしてないでしょ!?」
「新入りが調子こいてんなら躾してやんのも先輩の役目だからな。」
タロウさんがこの男に負けるとは到底思えないが複数人集めて来るならそれはわからない。バルムンクを使えば負ける筈は無いけれど本当にシーンで使えるかの保証は無いし、例え使えたとしても100%の力を出せるとも限らない。ここに来て一気に状況が悪くなったのは確かだ。どうすればーー
「田辺の事勘弁してやってもいいぜ?」
私が思案していると古賀が下卑た笑みを浮かべながら提案をする。
「その代わり放課後理科室に来い。もちろんお前1人でだ。」
「…それで本当に彼に何もしないんですね?」
「ああ、約束してやるよ。」
「…わかりました。」
「わかってると思うがこの事は誰にも言うなよ?言ったらーー」
「わかってます。」
「ならいいんだけどよ。ちゃんと来いよ。」
舐め回すように私を見てから古賀は去って行った。
これぐらいの事は何でもない。いつもタロウさんには守ってもらってるんだ。今度は私が守らないと。
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放課後になり私は理科室へと向かう。
タロウさんと夕美ちゃんを誤魔化すのは大変だったが何とか納得してもらった。後は私が何とかすればいいだけだ。ノートゥングがいるんだから大丈夫。剣王が中学生なんかに負けるわけないもの。
理科室にたどり着き、私は軽く深呼吸をしてから扉を開く。室内に一歩踏み出すが入った時に奇妙な感覚に襲われる。何だろう。
「ほっほっほー!来た来た!!」
私が室内に入ると同時に実験台の下に隠れていた男たちが出てくる。示し合わせてたかのように男たちが私を取り囲み理科室の扉の鍵を閉められる。
「へへ、相葉、お前馬鹿だな。こうなるに決まってんのがわかんねぇのか?」
「ひょっひょっひょー!可愛いじゃねぇか!?噂になってるだけの事はあるよなぁ!?」
「ヤッベ!!超ヤッベ!!」
「俺超興奮してんだけど!!」
4人の男たちが過剰に興奮している。本当に男は気持ち悪い。でもこんなのは予想の範疇だ。
「…どういう事ですか?一体何をするつもりなの?」
私の声を聞き男たちは下卑た笑みを浮かべて私を見る。
「わかんだろ?気持ちイイ事すんだよ。みんなでな。」
「そんな事をしたら警察に言います。」
「わかってねぇなぁ。動画に撮っちゃうからそんな事したら拡散しちゃうよ?ヘッヘッヘ。」
…本当に下劣な男たちね。救いようが無い。こんな奴らなら同情の余地は無いわ。ノートゥングに始末してもらおう。
「一度だけ聞くわ。私を解放してタロウくんにも手を出さないって誓えば見逃すわよ。」
私の言葉を聞くと男たちは笑い始める。
「クックック、相葉!!笑わすなよ!!どうやってこの状況でお前が逃げられんだ?」
「…なら仕方ないわね。」
私はノートゥングを召喚する為、アルティメットを発動させようとする。だがーー
「発動しない…?」
どれだけスキルを使おうとしても発動しない。金色のエフェクトが現れる事は無かった。
「無駄ですよ。」
4人の男以外の男の声が聞こえるのでそちらの方へ向くと、先程まで居なかった筈の男が実験台の上に座ってこちらを見ている。
「スキル封じのトラップを仕掛けました。10分間あなたはスキルを使う事が出来ません。」
「スキルって…どうしてそれを…!?」
「そんな事よりご自分の心配をされては?いきり立った男たちがキミを犯そうとしているんですよ?ハハッ。」
4人の男たちが呼吸を荒くしながら私との距離を詰めようとしている。
マズい。あの男の言う事が正しいなら10分間は逃げないといけない。だけどこの状況でどうやって…
「チェックメイトですね。イイ声で喘いで下さい。ハハッ。」
「ツッーー!!!」
ーーその時だった。
背後から轟音が聞こえ理科室の扉が倒れて来る。全員の目がそちらへ注がれるとそこにいたのはーー
「美波はもう俺から離れるの禁止な。」
ーーやっぱり私の王子様だった。
タロウさんが瞬時に行動に移し、私の背後にいた男の襟首を掴んで華麗に投げ飛ばす。
あまりにも早い投げだったので男は受け身を取る事が出来ずに完全に気絶してしまった。
タロウさんは私の腕を引き自身の胸へと抱き寄せる。私はタロウさんの胸に顔を埋める形になる。…良い匂い。
「美波、ダメじゃないか。」
タロウさんがちょっと怒っている。その為いつもの優しい顔ではなく厳しい顔になっている。
「ご、ごめんなさい…!」
「美波に何かあったらどうするんだよ。美波がどうしてここに来たかはわかるよ。でもそんな事しちゃダメだ。もう美波は俺から離れるの禁止。わかった?」
「は、はいっ!!離れません!!…一生。」
「何をイチャイチャしてやがんだ1年坊主が!!!」
古賀を含めた3人の男たちが私たちへと襲いかかる。
だがタロウさんは私を胸に抱えたまま手前の男のお腹に前蹴りを喰らわす。ドンという大きな音が聞こえると男はその場に蹲り動けなくなる。
もう1人の男には左手で鼻面に正拳を喰らわせる。ゴッという鈍い音とともに男が悲鳴をあげてのたうち回る。
最後に残った古賀は仲間がみんなやられてしまった事に戸惑っているがタロウさんは冷静に左の上段回し蹴りを古賀に当てて床に這い蹲らせた。
反則だよ…いつもピンチに助けてくれて、こんなに強くて守ってくれてキュンキュンしないわけがない。胸が苦しくて過呼吸起こしそう。
「くだらねぇ事してんじゃねぇよ。美波に2度と近づくな。」
ーーパチパチパチ
実験台に座り傍観していた男が手を叩き拍手をする。
「お見事です。」
「お前もやるのか?」
「そうですね。僕はエリアボスですから。」
「エリアボス…?」
「タロウさん!あの男は何か変です!スキルの事まで知っていましたっ!」
「スキルを…?」
先程までとは違い危機感を持った強い目でタロウさんは男を見ている。
「簡単な話ですよ。僕は運営側の人間です。」
「運営…!?何で運営がシーンにいるのよ!?」
「この前のアップデートの時に低確率でシーンにエリアボスが配備される事になりました。」
「だから何でお前らはいつも後出しジャンケンなんだよ。」
「ハハッ。細かい事は気にしないで下さい。でも話は楽ですよ。僕を倒せばシーンはクリアです。クリアに必要な条件をあなたがたは満たしましたからね。」
「何だか知らないがお前を倒せばいいんだろ。話が早くて助かるわ。」
「タロウさんダメです!!私たちはスキルを使えませんっ!!あの男がトラップを仕掛けていたんです!!」
「あ、田辺慎太郎は大丈夫ですよ。あのトラップは1人にしか効果がありませんから。さあ、始めましょうよ。僕はあなたがたを葬ればリッターに昇格できる。そのための贄となって頂きます。」
男が金色のエフェクトを発動する。
アルティメットを持っているんだ。まさか楓さんと戦ったあの男ぐらいの実力だったらどうしよう。楓さんで薄氷の勝利だったのだから2人がかりで戦わないと勝ち目は無い。早く私の封印時間が経過してくれないと…
「そのゴミどもが邪魔ですね。消えてもらいましょう。」
男がパチンと指を鳴らすと床に伏している古賀たちが闇に包まれ消えていった。
アレがあの男のスキルなのだろうか。だとしたら脅威だ。タネを解明しないと一撃で勝負が着いてしまうかもしれない。
「…美波、危ないから廊下に出てな。」
タロウさんが警棒のような物を懐から取り出す。
「わかりました。スキルが使えるようになったら私も参戦します。」
タロウさんと目配せをして私は廊下に出る。どうか勝てますように。
タロウさんが金色のエフェクトを発動させ、バルムンクを召喚する。
ーー私のシーン最後の戦いが始まる
『バルムンクだと!?』
私の隣に突如としてノートゥングが現れる。
「え!?の、ノートゥング!?な、なんで!?まだ10分経ってないはず…」
『妾がそんなモノで抑えられるとでも思っておるのか?…まさかバルムンクがおるとは思わなかった。』
ノートゥングが怖い顔をしてバルムンクを睨みつけている。そして私の方へ向き替えるとノートゥングが私にこう言った。
『ミナミ、身体を貸せ。』
「え?ちょ、ちょっとーー」
私の中にノートゥングが無理矢理入り、意識が薄れていったーー
「バルムンク、敵は結構強そうだ。任せていいか?」
『フッ、当然だ。我はシンタロウの頼みを断りはせん。必ず勝利に導く。』
「そりゃあ頼もしいーー」
出ていった筈の美波がツカツカと戻って来るので俺は美波へと意識が行く。
「美波?どうした?」
様子が変だ。いつもの優しげな瞳では無くてSっ気たっぷりの女王様みたいな目つきをしている。美波にあんな目で見られるとちょっとヤバいな。何かに目覚めそうだ。
だが良く目を凝らすと美波の身体にナニカがダブって見える。バルムンクに似た勝気な美人が美波の身体に入っている。あれが剣王か。
「まさか貴様がここにおるとはな。」
とても美波の口調とは思えない言葉が美波の口から出る。そしてその目線の向いてる先にはバルムンクがいる。知り合いなのか?
『ノートゥングか…久しいな。ミナミが主人になっていたとは知らんかった。』
「主人だと?たわけた事をぬかすな。此奴が妾の主人なわけがない。」
やっぱり知り合いだな。とても仲が良さそうには見えないがどんな知り合いなんだろう。
『フッ、相変わらず傲慢なのだな。』
「妾は王だ。傲慢なのは当然であろう。それに引き換え貴様は…剣聖と謳われているくせに使役されているとは情けない。それもそんな誑しに使われおって。」
ノートゥングが視線を俺へと向け、ゴミを見るような目で見てくる。美波の身体でそんな事されると何かが本当に目覚めてしまう。
「つーか、誑しって俺の事かよ!?」
「気安く妾に話しかけるな。この誑しが。」
「誑しって…何もしてねぇじゃねぇかよ。」
「惚けるな。貴様の周りは女ばかりではないか。この女誑しが。」
「なんか俺に恨みでもあんの!?辛辣すぎじゃない!?初対面なんですけど!?」
『ノートゥングよ。シンタロウの悪口を言うならば我とて容赦はせんぞ。』
そうだバルムンク。言ってやってくれ。俺は何も誑してなどいない。そもそもそんな甲斐性があるわけがない。モテねぇんだからよ。童貞ナメんじゃねーぞ。
「ほう。剣聖様まで誑されたていたとはな。流石は女誑し。」
バルムンクの目が鋭くなる。俺を悪く言われて怒るとか超嬉しい。それもこんな超絶美人にだと尚更だ。
だが身内で争っている場合ではない。俺たちの相手はエリアボスとかいってるそこの男を倒さないといけないのだ。今は一時停戦をしないと。
俺が2人を宥めようと声を出す前にエリアボスが先に動く。
「僕を無視するとはいい度胸じゃないか。その態度を後悔させてーー」
「五月蝿い。」
そう言ってノートゥングが左手をエリアボスに向けて蝿を払うかのように振るとエリアボスの首がゴトリと床に落ちた。残された胴体が一歩遅れて力無く崩れ落ちる。
何それ。一撃かよ!?てかノートゥング、手を払っただけじゃん!一体何をしたの!?鬼のように強えんだけど!?てかエリアボスって何なの!?何にもしてないよね!?エリアボス(笑)じゃん!?
『お前…ミナミの身体を何だと思っている?そのような動きをして耐えられると思っているのか?』
「何だと思っているのか、だと?フン、何とも思っていないに決まっておろう。なぜ妾がそんな事を考えねばならん?使えなくなれば他の身体を使うだけよ。まさか貴様、その誑しの身体を気遣っておるのか?ククククク、これは面白い。貴様ともあろうモノがまさかそんな男を気遣って力を抑えているとはな。まさか本気で誑されておるのか?」
『…もういい。このシーンは終了した。これ以上話す事もあるまい。』
「何を言っておるのだ?楽しみはこれからであろう。今日こそ決着をつける時が来たのだ。」
『お前と戦う理由は無い。』
「妾にはある。貴様が戦わぬというならその誑しを殺してやろう。」
『お前…』
「ククク、やる気になったようだな。扱い易くなったなバルムンクよ。余程その男が大切と見える。頑張って抗うが良い。貴様が敗北するとその男の命も尽きる事になるのだからな。」
『…すまんシンタロウ。身体を借りるぞ。』
「わかった。だけど美波の身体は傷つけないでくれ。」
『心得ておる。ノートゥングを戦闘不能にすればミナミは解放されるからな。』
「…因みに勝算は?」
『今まで戦った相手の中で群を抜いて強いとだけ言っておこう。』
「ウールヴヘジンよりも遥かに強いって事ね。そりゃあ厄介だな。」
『だが我は負けぬ。我の負けはシンタロウの死に繋がるからな。』
「頑張って下さい。魔法使いのまま死にたくありません。」
『言っている意味がわからぬが全力でその言葉に応えよう。』
ーーバルムンクが俺の身体に憑依する。
「別れの挨拶は済んだようだな。受け取れ。」
ノートゥングがバルムンクへ向けて剣を放り投げ、それをバルムンクが眉ひとつ動かす事なく受け取る。
「このゴミが丁度2本、ナマクラを持っておった。ナマクラでも無いよりはマシであろう。」
バルムンクがノートゥングに向けて剣を構える。バルムンクが放つ剣気により理科室内の備品が吹き飛ばされ道具の割れる音がこだまする。
「さぁ、始めるか。簡単に死ぬで無いぞ?」
ーー剣聖と剣王の戦いが始まる。
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