第94話 暴走

「美波、おいで。」


タロウさんに呼ばれ、私は古賀の横をすり抜け、大好きな人の元へと駆け寄る。私が近づくとタロウさんは私を守るように古賀から私を隠す。もうその行動だけで美波のハートはリミットブレイクです。


「…誰だお前?」


「お前が誰だよ。」


タロウさんの返答に古賀は苛立ちを隠せずにいる。こめかみの血管は青筋を立て、眉間にはシワが寄っている。すごく気持ち悪い…


「テメェ、見ねぇツラだが1年だろ?3年に対する態度じゃねぇんじゃねぇのか?ナメてんだろお前。」


タロウさんは鋭い目つきで古賀を無言で睨む。凛々しい。カッコいいですっ!!

…これってさ、私がちょっかい出されたから怒ってるんだよね?そうだよね?少女漫画の展開だよねこれって。


「おいおい、ビビっちゃってんのか?フハハ!調子に乗って出て来たはいいがブルっちゃったか?」


タロウさんがあなたなんかにビビるわけないでしょ!!


「で?」


「あ?」


「お前は口喧嘩したいわけ?」


「…女の前だからってあんま調子に乗ってんじゃねぇぞ?」


不穏な空気が漂う。いつ喧嘩が始まってもおかしくない空気だ。タロウさんがこの男に負ける筈が無いけどドキドキする。守られてるってシチュエーションがそうさせてるんだろう。こんな時にアレだが胸が苦しい。


だがその時、私の背後から怒鳴り声が聞こえる。


「コラ!!そこで何をやってるんだ!?」


振り返ると生活指導の松沢先生が走ってこちらへ向かっていた。


「チッ、テメェ覚えてろよ。」


「覚えとくわけねーだろ。馬鹿じゃねーのお前。」


「こんの野郎ッ!!」


タロウさんの返しに古賀は手が出そうになるが松沢先生が迫っているので踵を返して逃げ出した。松沢先生は私たちを素通りし古賀を追いかけて行った。


「大丈夫か美波?何もされなかったか?」


あぁ…今なら鏡を見なくてもわかる。私の目は間違いなくハートマークになっている。なんでこの人はいつも私のピンチに駆けつけてくれるんだろう。やっぱり運命だよね。赤い糸で繋がってるわけだし。


「美波?どうした?」


どうしたじゃないですよ。美波のハートはオーバーキルされっぱなしですよ。責任取って下さい。お嫁さんにして下さい。


「おーい?」


「えっ?」


「どうした?大丈夫か?」


「だっ、大丈夫ですっ!!」


危ない…トリップしてたよ…何だかシーンに来てからいつもの私とは少し違うなぁ。いくらなんでもここまでタロウさん見てキュンキュンはしてない。流石に節度は守っている。でも何でだか暴走してるというか…変な感じだ。


「どうして私がピンチなのわかったんですか?」


「いつも美波の心配はしてるから。危ない事がないか見てただけだよ。」


…しれっとそういう事言うのがズルいんだよなぁ。


「ここにいつまでもいるとさっきの教師が戻って来るかもしれないから行こうか。美波もランニング中みたいだし。」


はっ…!!しまった…!!こんな汗臭い状態でタロウさんに近づいていたんだ…!!


「す、すみません…!汗臭かったですよね…」


「え?全然?むしろいつもより良い匂いがする。」


「そ、そうですか!?それなら良かったです!!」


タロウさんって汗の匂いが好きなのかな?確かに私も仕事から帰ったタロウさんの洗濯物の匂いを嗅ぐと落ち着くけど。


「じゃあ俺は剣道部でも見に体育館に行くよ。美波も頑張って。」


「はいっ!タロウさんも!!」


さてと、タロウさん成分も少し補給したし、走りますか!











ーー教師に追われた古賀は体育倉庫へと逃げて来た。


ツッパって見ても所詮は中学生。教師を倒すという選択肢は無い。汗にまみれて必死にここへと逃げ着いたのだ。


「くっそ…あの1年坊主!!!ブッ殺してやる!!!」


慎太郎への怒りに燃える古賀。だが小者である彼には慎太郎を殺す事は出来ない。倒す事すら到底不可能だ。彼1人では。


「ハハッ、マラソンでもしてるのかい?」


誰もいる筈の無い倉庫内から突如声が聞こえ、古賀は驚愕する。辺りを見渡すと先程まで居なかった筈の男が居る事に気づく。


「か、筧…!?何でお前が…!?」


「僕だってサボりたい時はあるのさ。そんな事よりどうしたんだい?随分と苛立っているじゃないか。」


「…ムカつく1年坊主がいやがってよ!!俺を誰だと思ってんだ!!」


「うんうん。古賀クンを苛立たせた男は田辺慎太郎という奴だよ。形式上今日転入して来た転入生さ。」


「ヨソモンかよ!!そんな奴に上等こかれたのかよ!!」


「そうだね。それは腹立たしいよね。キミの気持ちはとても良く理解できる。古賀クン、ストレスは身体に良く無い。発散しないといけないね。」


「発散…?」


「キミが楽しいと思える事は相葉美波をモノにする事だ。相葉美波をモノにしてしまえば田辺慎太郎は悔しくて堪らなくなる。それが最高のストレス発散になると思わないかい?」


「モノって…犯すって事か…?それは流石に…」


「大丈夫。行為を撮影しとけば良いんだよ。チクったらネットに拡散するぞ、ってね。そうすれば今後もずっと相葉美波はキミの肉便器になるよ。最高だと思わないかい?」


「…マジでか?相葉を俺のモノに出来んのかよ。」


「ああ。僕が協力するよ。」


「…よし!やってやるよ!!」


「ハハッ、じゃあ後からまた連絡するよ。楽しいイベントになりそうだね。」


「そうだな。それにしても生徒会長のお前が何でーー」

「余計な事は良いんだよ。さ、お帰り。」


「…ああ。そうだな…」


筧に睨まれると催眠にかかったかのように古賀がフラフラと体育倉庫から出て行く。


「さあて、楽しいイベントの始まりだ。」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ただいまー。」


部活が終わり帰宅するが玄関にタロウさんの靴は無い。校内も探したけれどタロウさんは見当たらなかったから先に帰宅したのだと思って帰って来たのだがやはり居ない。一体どこに行ったのだろう。早くタロウさん成分を補給したいのに。洗濯物も無いし。困ったな。

すると玄関の戸が開きタロウさんが帰宅する。


「ただいま。」


「タロウさんっ!」


「…美波、タロウさんはマズいだろ。変に思われちゃうよ。」


「あ…」


「呼び捨てか君付けじゃないとな。それに敬語も禁止だぞ。」


タロウさんは私に顔を近づけて言ってくる。狭い玄関で顔を近づけられるとドキドキして大変な事になる。絶対顔が真っ赤になっているよ。手に取るようにわかるもん。


「あぅ…はい…」


「ほら、また敬語になってるぞ。」


タロウさんがさらに顔を近づけて来る。

も、もうこれ以上近づかれると私…私…!!!



「何やってんの姉ちゃんたち。」


声がする方を向くと弟が居間から顔を出してこっちを見ている。


「か、海!!何覗き見してるのよっ!!」


「え?何が?そんな事より慎太郎くん、早くゲームやろうよ!俺待ってたんだから!」


「お!待たせちゃったか。よしよし、手洗ったらすぐに行くから起動しといてくれよ!」


「オッケー!」


タロウさんが急いで家の中へ入り洗面所へと向かって行く。

…え?何この距離感。いつの間にタロウさんは海と仲良くなってるの。私だってタロウさんとゲームなんかした事無いのに。


洗面所からタロウさんが出て来て居間に向かう。私と目が合って声をかけてくる。


「美波はゲームやらないのか?」


「や、やりま…じゃなくて、やる!!私も一緒にやる!!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





食事もお風呂も済ませて自室で宿題をしているとドアをノックする音が聞こえる。


「どうぞ。」


ドアが開きタロウさんが入ってくる。タロウさんなのはわかっていた。


「失礼するよ。」


「ふふっ。何だか私の部屋にタロウさんがいるなんて変な感じです。あ、ベッドに腰掛けて下さい。」


「ありがとう。そうだな。俺の家にいるのが当たり前になっちゃったけど美波の部屋なんて入った事無いもんな。」


…ここまでは計算通り。タロウさんは絶対に私の部屋に来る。今日1日の成果の報告と明日の打ち合わせの為に絶対に来ると確信していた。

そして私の部屋に来たらベッドに座らせる。そうすれば既成事実を作るまであと一歩。押し倒せば事が済む。

弟はもう寝てる。お母さんは絶対に私の部屋へは来ない。邪魔者は誰もいない。さあ美波、行きましょう。大人の階段を登るのよ。


だがここで誤算が起こる。押し倒そうと思っても身体が動かない。勢いに任せて行っちゃえって思っても身体がビクともしない。

忘れていた。私はヘタレなのだ。ヘタレな私にできるのは精々ーー


「タロウさん。」


「ん?」


「一緒の布団で寝ませんか?」


ーーこれぐらいしか言えないのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




翌朝私はタロウさんと一緒に登校する。一緒の布団では寝れなかったけど頭を撫で撫でしてもらったから良しとしよう。

今回のシーンでずいぶんタロウさんとの距離は縮まったんじゃないかな。何だかすごく良い雰囲気な気がするもんっ!何とか既成事実を作って見せるんだからっ!!


「美波ちゃーん!タロウくーん!おはよー!!」


背後から夕美ちゃんの声が聞こえる。いつもの風景だ。


「おはよっ!夕美ちゃん!」


「おはよう、夕美。」


「おやおやー?2人で仲よさそうにしてー。夫婦みたいだねー。」


「ふっ、夫婦!?」


そう見えるのかな…?やっぱりこれは結婚するしかないよねっ…!!周知の事実だもんっ!!


「夕美は困った子だな。朝からからかわないでくれよ。」


「からかってないよー。事実を言ったんだよー。ね、美波ちゃん!」


「ふえっ…!?え、えっと…その…」


タロウさんの顔を見るけど恥ずかしくて直視できない。

でもすごく嬉しい。ふふっ。




ーー私は浮かれ過ぎていた。シーンに対する真剣味が足りなかった。これは俺'sヒストリー。遊びのゲームでは無い。それなのにタロウさんとの仲を進展させる事だけに躍起になって本来の目的を完全に見失っていた。







「…」


「ん?どうしたの美嘉?」


「あれ。」


「え?あれは…相葉と高森じゃん。てか一緒にいる男カッコくない!?あんなのウチの学校に居た!?筧くんとか古賀よりカッコいいじゃん!!」


「あー、私知ってる。昨日転入して来た奴だよ。」


「つーかなんで相葉と高森が一緒にいんの?気にいらねぇんだけど。」


「相葉、昨日古賀に告られたらしいよ。」


「はぁ!?マジで!?それなのにあのイケメンとヨロシクやってんの!?何アイツ!!」


「…気に入らねぇ。」


「お!美嘉がキレちゃったんじゃない!!」


「あいつ締め出すわ。イラついてしゃあねぇ。」


「おけ!んじゃやっちゃいますか!」



ーーシーンの力が私たちに牙を剥き始めた。

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