第93話 これって少女漫画ですか?
朝食を食べ終えた私は急いで学校へと向かう。
でもまさかタロウさんが実家にいるとは思わなかったなぁ。弟が隣にいるんだと思ったもん。
どうやらタロウさんの役は私の幼馴染で両親同士が親友、そしてタロウさんは私の実家に居候という設定らしい。もうさ…これって神様も私の味方だよね…?タロウさんとくっついちゃいなさいと、既成事実を作っちゃいなさいと、そう言ってるよね?
が、がんばっちゃおうかな…おと、大人の階段を登っちゃおうかなっ…!?
悶々としながら歩いていると背後から声をかけられる。
「美波ちゃん、おはよー!!」
声をかけて来たのは親友の高森夕美ちゃんだった。夕美ちゃんとは小、中、高、そして大学までずっと一緒の長い付き合いだ。
「夕美ちゃん!おはよっ!中学生の夕美ちゃんなんて懐かしいなぁ!」
「ん?懐かしい??昨日も部活で会ったのに??」
しまった。ついうっかり口をついて出てしまった。
「ううん、何でもないよっ!まだ寝ぼけてるのかな。」
「美波ちゃんにしては珍しいねー。でも美波ちゃんは気を張りすぎだからそういう時が必要だよ。疲れちゃうよ?」
夕美ちゃんは私の苦しみを理解してくれる唯一の人だった。お父さんが死んだ後も夕美ちゃんが支えてくれた。彼女がいなかったら私はきっと立ち直れなかっただろう。私にとってとても大事な人だ。
「ありがとう夕美ちゃん!でも大丈夫だよっ!」
「そう?辛い時はいつでも言いなねー。あ!そうそう!今日から転入生が来るらしいよ!夕美ちゃんの調査によると男の子みたいだよ!!」
タロウさんの事だ。タロウさんは今日から上郷中学に転入して来るって事になっている。だから私とは一緒に登校せずに後で私のお母さんと学校に行く事になっている。
「へ、へぇー。ソウナンダー。」
「んー?なんか棒読みだなー?何か知ってるのー?」
「し、知らないよー。」
「えぇー?美波ちゃん絶対嘘吐いてるよー!」
どうしようかな。できれば秘密にしたい。一緒に住んでるなんて噂が広まったら大変な事になる。そんな噂を聞いたら面白がらない人はいない。特に中学生なんて年代には格好のネタだ。でも夕美ちゃんは私の大切な親友。隠し事はしたくない。…正直に言おう。隠し事なんてしたら親友じゃない。うん!
「…絶対秘密にしてね?」
「モチのロンだよ!!」
「実はね、今日転入して来る子は私と一緒に住んでるの…」
「ええええええぇぇぇぇぇ!?」
「ゆ、夕美ちゃん!!しーっ!!!」
「ご、ごめん!」
「私の両親とその子の両親が親友で昔から知ってる幼馴染みたいな関係なの。それでその子の両親が海外に行っちゃうからその間だけ私の家に居候する事になったの。」
「なるなる。そういう事ね。その子ってカッコいいの?」
「え?えっと…その…」
「そうかー。私の美波ちゃんがメロメロにされるぐらい良い男なのかー。」
「ゆ、夕美ちゃんっ!!」
「あははー。でもそれは早く会ってみたいなー。どこのクラスに来るんだろうねー?」
「そうだね。どこのクラスだろう。」
同じクラスだといいなぁ。そうすれば授業中も観察できるし、行事とかも一緒にできる。それに学級委員とかも一緒にやって…それで…
「あ、ヤバいよ美波ちゃん!!あと1分でチャイムが鳴っちゃう!!」
「ええっ!?い、急がないと!!」
「よーし!じゃあ学校まで競争だー!」
「ふふっ!負けないからねっ!」
「あ、待って!美波ちゃん速いよー!!」
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なんとか先生が来る前に席に着く事ができた。中学1年の時の身体は動きづらいなぁ。20歳の身体と13歳の身体では身体能力の差が凄まじく大きい。いつもの感覚とは相当なズレがある。それに慣らしていかないと大変だな。
「よーし、席に着けー!」
先生が教室に入って来る。朝の出欠確認だ。確か朝の会とか言ってたな。懐かしい。
「朝の会を始める前に今日はお前らに新しい仲間を紹介する!」
教室内がどよめきたつ。
「先生!!男?女?」
「男だ。」
「何だよ!!男かよ!!」
男子たちは一気に落胆する。
「男子だってー!カッコいいかな?」
対して女子たちは活気付く。
「じゃあ入って来てもらうぞ!!よし、入って来て!!」
ドアが開きタロウさんが教室内に入って来ると女子たちが黄色い声援を上げる。
「初めまして。小山中学から来ました田辺慎太郎です。よろしくお願いします。」
自己紹介が終わると女子連中がさらにキャーキャー言い始めている。どこもかしこもカッコいいカッコいいと連呼している。
まったく。タロウさんの良さは顔じゃないのよ。そりゃあ顔もアルティメット級にすごくいいけれど、タロウさんの魅力は中身なんだからっ。
「みんな仲良くしてやれよ!それじゃあ田辺の席は…」
「はーい!ここ空いてまーす!」
窓側である私の席とは真逆の通路側の席に座る夕美ちゃんが手を挙げる。
「高森の隣が空いてるか。田辺、お前の席はあそこな!」
「はい。」
タロウさんが一番後ろの夕美ちゃんの席へ行く途中も女子たちの熱い視線が注がれる。まったく。
学生服のタロウさん最高だなぁ。スマホに写真撮ったら消えないで現在に持って帰れるかなぁ。
「よろしく。高森さんだよね?」
「高森夕美だよー。夕美でいいからね。」
「俺もタロウでいいよ。親しいやつはそう呼ぶから。」
「おっけー!タロウくん、美波ちゃんに聞いてるよー。」
「あ、美波の友達か。」
「大親友だよー。」
タロウさんと夕美ちゃんが何か話してる。すごく楽しそう。何を話してるんだろう。モヤモヤする。
…ダメよ美波。何を嫉妬してるの。親友の夕美ちゃんに嫉妬するなんていけないことよ。自重しなさい。
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昼休みになり私はタロウさんを連れて社会科準備室にやって来た。ここなら誰にも邪魔されずにイチャイチャ…じゃなくて今後の方針を決められる。シーンに来てから攻略の為の段取りをまだ何もしていない。しっかりと作戦を練らないと。
「さてと。先ずはシーンをクリアする為の情報を得ないといけないな。俺たちが持ってるヒントは『誤解を解け』って事だけだ。これが誰を指してるのかがわからないとなかなか厳しい。今の所何か心当たりとかはある?」
「いえ…まったくありません。」
…言えない。そんな事考えてませんでした、どうやってあなたとの仲を進展させるか、既成事実をどうやって作るかしか考えてませんでした、なんて口が裂けても言えない。
「そうか…。だが間違いなく美波は誰かに誤解を与えてしまってそれにより仲が拗れた筈だ。それを思い出してもらうしかないな。」
うぅ…タロウさんが真剣に考えているのに私は一体何をしていたの。しっかりしなさい美波!
「…それか自覚が無いだけって事もありえるよな。」
「どういう事ですか?」
「美波はわかってないだけで誰かが美波に対して何か誤解をした。それによって悪い感情を持った。そしてそれが何らかの形で美波に返って来る。そういう事もありえるんじゃないかな。」
それはあるかもしれない。それなら私の記憶に無くても辻褄は合う。でも知らない間に誰かに恨まれてるって事だよね。何か嫌だなぁ。
「…それだったら私って嫌な女ですよね。自分がわかってないだけで誰かに嫌な思いをさせたって事ですものね。」
「そんな事は無いよ。だから誤解なんだろ。美波が嫌な子なわけないじゃないか。美波は凄く優しい良い子だよ。俺が保証する。」
…私ってチョロいなぁ。ちょっと落ち込んじゃったけどタロウさんにそう言われるだけで他の事なんてどうでもよくなっちゃう。この人にだけ嫌われなければいいやって思ってしまう。ハート掴まれちゃってるなぁ。
「…じゃあ頭撫でて欲しいな。」
「え?」
「え?」
待って。声に出てたの!?どっ、どこから声に出てたんだろう!?もし最初からなら切腹するしかない。
絶望を感じているとタロウさんの手が私の頭を撫でる。
「最近は美波と2人の時間ってないからな。たまにはそういう気分にもなるよな。」
タロウさんは優しい顔で私の頭を撫でる。すごく気持ち良い。あぁ…やっぱりこの人の事好きだなぁ…お嫁さんになりたいなぁ…
「そろそろ昼休みは終わりか。美波、俺は放課後、部活見学をする事になってる。俺は別の視点から調べて見るよ。美波はいつも通りの行動で調べて見て。」
「わかりましたっ!続きは家でして下さいねっ!」
「…うん?」
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放課後になり私は夕美ちゃんと部室へと向かう。テニス部かぁ、懐かしいなぁ。久しぶりに軟式テニスをするのもワクワクしちゃうよねっ!
だがワクワクしながら部活へ向かう私に、忘れていた記憶を呼び覚ます出来事が起こる。
ジャージに着替えてからネット張りをしていると先輩たちが私の元へとやって来る。
「おい、相葉!」
第一声から高圧的な態度で私を威嚇して来る。
「ガットが切れてるから直しとけって言ってあったよな?」
女の子の口調じゃないでしょ。何でそんなに高圧的なのよ。
「言われてましたでしょうか?」
「あ?お前アタシが嘘言ってるって言ってんのか?」
あ、思い出した。この人3年生の権代美嘉だ。取り巻きの他の2人は忘れちゃったけど権代美嘉の事は覚えている。この人に散々いびられたからなぁ。
「そうは言ってませんけど…」
「罰としてお前はランニングして来いよ。20周な。グラウンドじゃなくて校舎の敷地に沿って大きく走って来いよ。校舎裏も体育館裏も走るんだからな!サボんなよ。!」
段々と思い出して来た。権代美嘉たちは私にこういう理不尽な事をさせて来たんだった。これが引退するまで続いたのよね。顔は可愛いのにやる事がキツい人だったな。
「ちょっと!おかしいじゃないですか!!私は昨日美波ちゃんと一緒に居たけどそんな事頼まれてませんでしたよ!?」
夕美ちゃんが権代美嘉たちに不満の声を上げる。夕美ちゃんは友達が嫌な事をされてたら黙っていない性格だ。見て見ぬフリなど絶対しない。すごく友達思いな優しい子だ。
「高森は黙ってろよ!お前は他の1年と一緒に素振りの練習でもしてろよ。」
「美波ちゃんも一緒に練習します。何も悪い事はしてないし。そもそもガットなんて自分でやればいいじゃん。」
「あ?何だお前?」
険悪な空気が流れる。ここで喧嘩をしても仕方がない。おとなしくランニングをしてこよう。私がやれば丸く収まるのだから。
「夕美ちゃん、ありがとう。でも大丈夫だよっ。私走って来るねっ!」
「美波ちゃん…」
「最初っからそうすりゃいいんだよ。オラ、さっさと行けよ。」
「はい…」
私が走り出すと背後から権代美嘉たちの笑い声が聞こえた。ムカムカするなぁ。家に帰ったらタロウさんに慰めてもらおう。
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大きく外周していると流石に疲れる。身体ができてないからタイムもかかるし。それに体育館裏は薄気味悪いから嫌だなぁ。早く終わらせよう。
だが12周目に入った体育館裏で私は呼び止められる。
「相葉!」
私は立ち止まり振り返ると、男子生徒がこちらへ駆け寄って来た。
「1人でマラソンか?」
誰だっけ…?見た目は整った顔をしているが、すごくチャラチャラしたような人だ。タロウさんとは全然違う。タロウさんに会いたいな。もう美波は充電切れだよっ。
「えっと…?」
「おいおい、いつも話しかけてるのに忘れんなよ。古賀大輝だろ。」
あぁ…思い出した。上郷中の不良の人で結構キャーキャー言われてた人だ。私もしょっちゅう口説かれてた。全然興味無いけど。今はもっと興味無い。タロウさんどこに行ったんだろ。早く会いたいな。
「何か用ですか?」
「また権代たちにイジメられてんのか?俺が助けてやろうか?」
質問を質問で返す人って苦手だなぁ。振り返ってみると私って変な男に付きまとわれる傾向にあるよね。
「大丈夫です。」
「俺と付き合えば学校でデカい顔してられんぜ?」
「いや、大丈夫です。」
「相葉…」
古賀が私に迫って来る。
「な、何ですかっ!?」
マズい。体育館裏だから人通りが少ない。少し離れた
所に体育館へと続く連絡通路があるが部活が始まっているので通る人はいない。
「いいだろ?俺って顔イイじゃん。お前と釣り合うのは俺しかいねぇだろ。」
「ちょっと!!近づかないで下さい!!」
どうしよう…女の私では男の力に絶対勝てない…ノートゥングに頼むしかないけどシーンで召喚できるのかがわからない。前回タロウさんはバルムンクを召喚してなかったし。それにノートゥングを召喚できたとしてもラウムが使えないから剣を取り出せない。武器も無い今の状態で本当に勝てるのだろうか。
「俺の女になれよ。」
逃げ道を塞がれ壁に追い込まれる。背中は壁、前には古賀、逃げられない。
それにその台詞はこの男から聞きたいんじゃない。私が聞きたかったのは…
「何やってんだよお前。」
古賀の背後から声が聞こえる。
古賀が振り返る事によりその声の主の顔が見える。
でも私は顔が見える前から声だけで誰なのかは理解できた。
だってーー
「美波から離れろよ。」
ーーこの人はいつも私のピンチに駆けつけてくれるから。
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