第91話 日常

「とりあえず今日の所はこれで終わりだな。」


俺たちは高速を使ってアリスの転校手続きの為に筑波山市に来た。

先ず初めに筑波山市役所にて必要書類の申請をしてからアリスの通っていた小学校に来た。ここでは書類の申請とアリスの学用品の回収をした。回収の際に教室に赴いたらアリスと同学年の女子にキャーキャーと悲鳴を出されたのにはヘコんだ。家庭教師でもそうなんだが、俺は女子にキャーキャー言われる事が多い。授業中にもチラ見される事なんか日常茶飯事だ。いくらなんでも傷つく。メンタルの弱い俺には到底耐えられないので基本的に小学生と中学生の女子は断っている。高校生ならまだいい。『先生カッコいい!』とかイジってきたりお世辞を言ってきたりするぐらいだから軽く流して終われるからだ。小学生は本当にキツい。化け物にでも遭ったかのように悲鳴を上げるから本当に泣きたくなる。

でもなぜかアリスは、俺がキャーキャー言われてるのを見て誇らしげな顔をしていた。

きっとアリスは俺に気を使ってたんだろう。『タロウさんはキモくありませんよ。男の人は顔じゃありません。』的なやつだろう。……はぁ。


「ふふふっ、タロウさんは人気者でしたね。」


「え?人気者?どこが!?」


「わかりませんか?」


わからんよ。悲鳴上げられてるのにドコが人気者なんだか。


「全然わからん。」


「タロウさんがカッコいいからですよ。女の子が見たらドキドキするのが普通です。」


よし!寿司だ!寿司を食うぞ!!回るやつじゃないぞ!!時価の店に行くぞ!!!


「アリスは良い子だな。」


アリスの頭を撫でるといつものように幸せそうな顔をする。


「本当ですよ?」


「アリスにそう思ってもらえるんなら俺は嬉しいよ。」


アリスが照れくさそうに笑う。可愛い。絶対アリスは美波や楓さん、それに牡丹さんと同等の超絶美女になる。その成長が見れるだけで俺は幸せ者だ。


「昼になるし何か食べようか。アリスは何が食べたい?」


「タロウさんが食べたい物でいいです。」


「俺に気を遣わなくていいんだよ。アリスが食べたい物言ってよ。」


「できるだけ安い物でいいです。」


なるほど。アリスはどうしても気を遣ってしまうんだな。そうだよな、アリスは頭の良い子だ。アリスの目の前であれだけの金額のやり取りをして引き取ったんだからワガママなんて言える筈が無いんだ。俺がアリスを気遣ってあげないと。


「アリスは寿司は嫌いか?」


「お寿司ですか?高いのであまり食べた事はありませんが美味しいと思います。」


「よし、じゃあ寿司を食べよう。」


「えっ!?そ、そんな高いものじゃなくて大丈夫です!!食べさせて頂いてるだけで感謝してますので安いもので大丈夫です!!」


「アリス。アリスが俺に感謝してくれてるのはよーくわかる。そう思ってくれてる事はとても嬉しい。でもな、俺はアリスに甘えてもらう方がもっと嬉しい。ワガママ言って良いんだよ。俺はアリスの幸せそうな顔を見てるのが幸せなんだ。」


「タロウさん…」


「ま、アリスが寿司を嫌いじゃない限りは拒否しても食べる事は決まってるんだけどな。どうする?」


「…お寿司でもいいですか?」


「おう!じゃあ美味そうな寿司屋に行くか!」


「はい!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




俺のグルメセンサーが働く方向に向けて車を動かしていると高そうな寿司屋を発見した。店の外観は銀座の高級料亭のように高そうな雰囲気が醸し出している。そんな店行った事ないけどな。

でも俺のグルメセンサーによればこの店は当たりだ。間違いなく美味い寿司を出す。俺は迷い無く駐車場に車を停める。


「えっ?ここですか?なんだか凄く高そうなお店ですけど…」


「美味そうな雰囲気出てそうじゃない?」


「美味しそうではありますけど…本当にいいんですか…?」


「アリスはお金の心配しなくていいの。アリスが幸せそうな顔してくれれば俺は満足さ。よし、行こうか。」


「…タロウさんは優しすぎます。だから好きになっちゃうんです。」


アリスにも美波病が伝染ってきたようだ。ひとり言を言ってる時はスルー安定だ。


駐車場から店までは距離は無い。恐らく10mも無いぐらいだ。店の正門を潜るとちょっとした石段があるのでそこを登り、店の戸を開く。


「いらっしゃい。」


店内に入ると店主らしき中年の男性がぶっきらぼうに挨拶をする。典型的な頑固職人という感じだ。でも俺にはわかる。この親父はできる。間違いなく美味い寿司を出す。

俺たちはカウンターに座る。アリスはキョロキョロとしてるがそれがまた可愛い。

席に着くと親父はあがりとおしぼりをすぐさま出して来た。無駄が無い。

先ず俺が確認したのはお品書きだ。やはりそこには時価と書いてある。高級店確定だ。


「最初から握りましょうか?」


「車で来てるのでそれでお願いします。」


「何を握りましょうか?」


「アリスは好きなネタはある?」


「えっと、マグロが凄く好きです!あ、イクラも好きです!」


「わさびは平気?」


「ちょっと辛いのが苦手ですけどわさびは美味しいから大丈夫です。」


本来なら寿司屋での基本は、白身、赤身、こってり、巻き物の順番と言われている。でもそんなのをわざわざ通ぶって守る必要は無い。食べたい物を食べる。それが一番だ。


「わかった。大将、大トロ一貫ずつお願いします。」


「はいよ。お嬢さんのはわさびを少なめにしておきます。」


「あ、ありがとうございます!」


やはりこの親父はできるな。最初から大トロを頼んでも嫌な顔もしないし、払えるのかコイツみたいな顔もしない。確かに今日はスーツを着て来てるから身なりはしっかりしている。だが俺は若造に見られがちだ。だからこういう高級寿司店ではナメられる事は過去に結構あった。それでもこの親父は対応が変わることが無い。流石だな。


「…タロウさん!」


「ん?どうした?」


アリスがコソコソと俺に話しかけてくる。


「…大トロって凄く高いんじゃないですか!?」


「あはは。アリスは心配しなくていいんだって。」


「お待ち。」


そうこうしている間に大トロが目の前に出された。霜降りの松坂牛みたいに脂の乗ったやつだ。もはや芸術の域に達している。

そして親父がまたまたやってくれた。俺の大トロとアリスの大トロは明らかに大きさが違う。きちんと一口で食べれる大きさに調整してあるのだ。


「うわぁ…!牛肉みたいです…!」


「そうだね。俺もそう思うよ。じゃあ食べようか。」


「い、頂きます!」


うん、良いマグロだな。舌の上で溶けていくような大トロだ。シャリの固さも申し分ない。やはりこの親父はできる。


「んー…!!美味しいです!!溶けちゃいました!!こんなに美味しいお寿司なんて食べた事ありません!!」


「うん、美味しいね。じゃあ次はイクラお願いします。」


「はいよ。」


親父が無駄の無い動きで軍艦を作っていく。ベタベタとシャリを触らないでただ形を整えるだけで握りが完成していく。洗練された熟練の技だ。


「お待ち。」


俺たちの前に出されたイクラの軍艦巻きは宝石のように光り輝いていた。食べるのが惜しいぐらいだ。

俺は添えてある胡瓜を使って軽く醤油を垂らす。これが軍艦巻きを食べる際のカッコいい食べ方だ。アリスも俺の食べ方を真似て醤油を軽く垂らす。2人同時に一口で軍艦を口にほうばる。至福の時だ。イクラが弾けるようにプチプチと言っている。一級品のイクラだ。


「んんー!!プチプチです!!前に食べたイクラと全然違います!!」


アリスが幸せそうな顔して俺に言ってくる。こんな顔が見れるならいつでも連れて来るよ。


「あはは。じゃあ次はーー」






俺たちはあの後大トロとイクラを中心にそれぞれ20貫ぐらい食べた。親父がアリスのサイズを調整してくれたおかげで同じ数だけ食べれた。ナイス親父。


「さて、そろそろ帰ろうか。お勘定お願いします。」


「はいよ。86400円になります。」


「えっ!?」


親父から値段を聞いたアリスが思わず声を出す。トイレにでも行かせてから会計しとけばよかったな。


「た、タロウさん!!」


アリスが心配そうな顔をしている。ぼったくり店にでも入ったんだと思っているのだろう。狼狽えてるアリス可愛い。


「あはは。こういう所は普通だよ。」


「そ、そうなんですか!?だとしたら余計申し訳なく…」


「気にしないでいいって。俺は結構稼いでるから。さっきも言っただろ、アリスが幸せならそれでいいって。笑ってくれれば満足だよ。」


「…はい!ありがとうございます!」


「よしよし。じゃ、これでお会計お願いします。それと僕たち茨城市から来てるんですけど持ち帰りって出来ますか?」


「出来ますよ。保冷剤で鮮度を保ちますので。ただここで食べるのより味は数段落ちますが。」


「構いません。10貫程度で大トロとイクラ、ウニ、トロの炙りを中心に適当なのを2つお願いします。」


「はいよ。そんな遠い所からいらしたのならおまけさせてもらいます。合計で10万円ちょうどで大丈夫です。」


「本当ですか?ありがとうございます。」


俺は親父に10万円を手渡す。いい親父だったな。またここに来よう。


「タロウさん。1つは美波さんへのお土産ですよね?もう1つは…?」


「うん、ちょっと渡したい人がいるからさ。その人用にだよ。」


「そうなんですね。美波さんも絶対喜びます!こんなに美味しいお寿司なんですから!」


「お待たせしました。こちらお持ち帰りになります。またお越し下さい。お待ちしてます。」


「また来ます。ごちそうさまでした。」


「凄く美味しかったです!ごちそうさまでした!」


親父が最後にニッコリと笑って俺たちを見送ってくれた。本当に良い店だったな。次はみんなで来よう。


「さて、夕方から仕事だから帰るか。本当はもっとゆっくりしたかったけどな。」


「いいえ。凄く楽しかったです。本当にありがとうございました!」


「アリスに楽しんでもらえたなら良かったよ。さーて、じゃあ行くぞー!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




店の戸を開くと花の香りが嗅覚をくすぐる。香水のような人工的ではない自然の香りが俺の心に安らぎをもたらす。

店内の花々を見ていると奥から牡丹さんが現れる。


「いらっしゃいま…あ!タロウさん!」


俺を発見すると嬉しそうな顔をしてこちらへ駆け寄ってくる。


「こんばんは。今日もいらしてくれたんですね。」


「こんばんは。時間があったので寄らせてもらいました。」


これは嘘だ。今日はこちらの方面で指導は無い。牡丹さんの事が気になっていたので来てしまった。


「そうだ。もう夕飯は済ませてしまいましたか?」


「いえ…?店を閉めてから夕飯は食べますのでまだですが…?」


「それならよかった。」


俺はリュックから保冷バッグを取り出し、中から寿司を取り出し牡丹さんに手渡す。


「日中に茨城にある筑波山市に行く用事があってそこで立ち寄った寿司屋がとても美味しかったので買って来ました。寿司は嫌いじゃありませんか?」


「お寿司は大好きです。こんな高価な物を頂いてよろしいのでしょうか?」


「もちろん。牡丹さんに買って来たんですから食べてくれたら嬉しいです。」


「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします。」


そう言って微笑む牡丹さんはやはりとても美しい。打ち解けたせいか初めて会った時よりも儚さが薄れている。


「あれからあの連中は来ましたか?」


「いいえ。だから平和です。」


「それなら良かった。お母さんは大丈夫ですか?」


「はい。夕方にお見舞いに行って来ましたが元気そうでした。タロウさんによろしく伝えてくれと言われました。本当に昨日はありがとうございました。」


「気にしないで下さい。だって「俺が勝手にした事ですから。」」


俺が言う前に牡丹さんが言うとクスクスと笑いだした。


「まいったな。」


「本当にあなたは優しい方です。」


「…そんな事はありませんよ。」


そう、そんな事はない。優しくなんてあるわけがない。俺は自分の損得だけで動いているだけだ。澤野が俺を偽善者だと言っていたが強ち間違えではない。

そんな俺が大嫌いだ。


「牡丹は…花の牡丹はどうですか?」


「とても綺麗です。朝起きた時に見ると元気になります。」


「ふふ、それなら良かったです。」


「今日も牡丹を頂いてもいいですか?」


「よろしいのですか?また同じ花になってしまいますが。」


「俺は牡丹が大好きですから。」


牡丹さんがジッと俺を見ている。あ、そうか。言葉って難しいな。誤解が生まれた感じかこれ。どうしよう。


「き、昨日はピンクの牡丹だったので今日は赤のを頂こうかと思います。」


「…わかりました。」


うわぁ…変な空気になっちゃったよ。


「お包み致しますので少々お待ち下さい。」


何とも言えない表情で牡丹さんはカウンターに行ってしまった。言葉遣いも普通のお客さんに対するそれだ。せっかく縮まった距離が開いちまった。だからモテねぇんだよ俺は。はぁ…


しばらくして牡丹さんが戻って来る。


「お待たせ致しました。1000円になります。」


「え?いやいや値段間違えてませんか?」


「タロウさんにはお世話になりましたから。」


「それはダメですよ。ちゃんとお代はもらって下さい。」


「ですが…」


「牡丹さん。俺は牡丹に惚れたから欲しいんです。それに対する正当なお金は頂いて下さい。」


「…わかりました。」


…ん?何でまた微妙な顔をしてるんだ?俺はおかしな事は言ってない筈だぞ。


「では3480円頂いてよろしいのでしょうか?」


「もちろん。あ、それと家に飾りたいので生花ももらえますか?相場がわからないのですが1万円ぐらいでお願いできれば。」


「い、1万円ですか!?」


お、意外だな。牡丹さんが狼狽えるとは思わなかった。て事は安すぎるのか。


「失礼な事を言ってすみません。いくらぐらいが相場ですか?」


「違います!普通は切り花をご自宅用に買われる方は3000円もしない程度をご予算に挙げられます!」


「あ、そうなんですね。安すぎて失礼な提示をしたのかと思いました。じゃあ1万円でお願いします。なるべく寿命が近くなってる子をお願いします。」


「…昨日の件ですか?」


牡丹さんの問いかけに俺は首を傾げて答える。


「タロウさんはとても優しい方です。損得では無く本心でそれができる素晴らしい方です。そんなあなただから私を気遣って売り上げに貢献しようとしてくれているのではありませんか?そのお気持ちはとても嬉しいです。こんなに人に優しくして頂いた事は初めてでした。ですがタロウさんに負担をかけたくはありません。どうかお気になさらずにーー」

「 牡丹さんは勘違いしてますよ。」


「え?」


「俺は花が欲しいから買うだけです。この店の花に惚れたから買うだけです。寿命が近くなってる子を頂きたいのは買われないで終わっていくのが可哀想だから引き取りたいだけです。それ以外に理由はありませんよ。」


牡丹さんがまた泣きそうな顔で俺を見ている。


「どうして…どうしてあなたはそこまで…」


俺は牡丹さんの肩をポンと叩き話を終わらせる。


「さ、アレンジメントお願いします。牡丹さんの腕の見せ所ですよ。」


「…わかりました。心を込めて作らせて頂きます。少々お待ち下さい。」


牡丹さんは笑顔でアレンジメントを始めた。


俺は牡丹さんに嘘を吐いた。俺が花を買うのは牡丹さんへの同情だ。少しでも足しになればと思っての自己満足だ。きっと俺は毎日ここへ通うだろう。そして花を買い続けるだろう。自己満足の為に。



ーー俺は自分に吐き気がしていた。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「ただいま。」


家のドアを開けると美波とアリスがキッチンから急いで出て来る。そして俺の顔を見ると笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりなさいっ!」

「おかえりなさい!」


この光景癒されるな。俺の天使たちだよマジで。


「お土産ありがとうございましたっ!すごく美味しかったですっ!」


「それなら良かった。今度は一緒に食べに行きたいね。」


「はいっ!ご飯にしますか?お風呂にしますか?」


「先にご飯にするよ。2人ともお腹空いてるだろうし。美波はあまり空いてないかな?」


「今日はサークルがあったのでお腹ペコペコでしたからまだまだ食べられますっ!」


そうだ美波はテニスサークルなんだよな。俺の偏見かもしれないけどテニスサークルってアレだよな。良い噂聞かないよな。心配だな。


「夕飯食べて風呂に入ったら美波のシーンに挑もうか。」


「はいっ!お願いしますっ!」


「アリスは待っててな。」


「私もマイページまではついて行っていいですか?ここで待ってるんじゃなくて少しでも近い所にいたいです!」


本当にアリスは可愛いな。明日はケーキ買って来よう。


「いいよ。アリスは優しいな。」


恒例となったアリス撫で撫でタイムに入るとアリスはいつも通り幸せそうな顔をする。俺の生き甲斐だなこれ。


「さっきから気になってましたけどそのお花はなんですか?」


美波が牡丹さんの所で買った花に気づく。


「買って来たんだ。家に飾ろうと思って。それと昨日の牡丹の友達も連れて来たんだ。」


「凄い豪華なお花ですね!とっても綺麗です!」


「そうだね。俺もそう思うよ。」


アリスが目をキラキラ光らせて牡丹さんがアレンジメントしてくれた花を見ている。やっぱり女の子だからこういうの好きなんだろうな。買って来て良かった。


「へぇ…昨日と同じお花屋さんなんですね…」


ーーこの時美波の目が鋭くなっていた事に慎太郎はまた気づいていなかった。

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