第83話 ドーム

「カカカカカ!やっぱりワイと美波は運命で結ばれとるんやな。」


目の前の澤野も厄介だけど今はとにかくタロウさんの事だ。あのドーム型のモノは何なんだろう。中は霧がかかっているようで見る事ができない。少なくとも閉じ込められている事は間違いない。早く救出しないと。


「答えなさい!タロウさんに何をしたの!?」


「そんなんどーでもええやん。そんな事より楽しい事しよか。」


澤野が私に近づいて来る。でも弱い時の私とは違う。今はノートゥングがいる。また怒られるかもしれないけど呼ぶしかない。

澤野と戦う為、アルティメットを発動させようとした時だった。澤野を目掛けて横から真空の刃が飛んで来る。


「チッ…!!誰や!?」


高速で私と澤野の間に入ったのは天使の羽を羽ばたかせた楓さんだった。


「もう現れおったんか!!!空気の読めない女やな!!!」


「楓さんっ!!」


「美波ちゃん、タロウさんは?タロウさんはどこ?」


…あれ?なんかいつもと雰囲気が違うような…?

楓さんはキョロキョロしてタロウさんを探している。親を探す雛鳥みたいだ。


「タロウさんはあのドームの中です…すみません…澤野の罠に嵌ってしまって…」


「あの中なのね。」


それを聞くと同時に楓さんはドームへと向かいゼーゲンで斬りかかる。

…なんか楓さんらしくないよね?冷静さが無いというか…暴走してるというか。


だが楓さんの一撃をもってしてもドームが壊れる事はない。それどころか傷一つついていない。


「何をそんなにイライラしとるんや楓ちゃん。生理か?ん?なんならワイが楓ちゃんの下のお口から血を吸って鎮めたろか?カカカカカ!!」


楓さんがドームへの攻撃をやめて振り返る。女の子がしちゃいけない顔をしている。


「タロウさんに何をしたの?」


「さぁー?なんやろなぁ?」


「答えなさい。」


「楓ちゃんがワイのブツをしゃぶしゃぶしてくれたら教えちゃうかもなぁ。カカカカカ!!」


…おかしい。何で澤野はこんなに楓さんを煽るの…?これだけ煽れば楓さんが攻撃を仕掛けて来る可能性が極大だ。どう考えても澤野が勝てる筈が無いのに。何かを狙ってる…?それしかないよね。


「ウフフ、ならその身体に直接聞くとするわ。次は全身サイボーグになっちゃうかもね。」


楓さんが澤野へと向かって行く。


だが私は楓さんの腰にしがみつきそれを必死に止める。


「楓さん!!待って!!待って下さい!!」


「離しなさい美波ちゃん。」


「おかしいです!!澤野は何か企んでます!!勝てる筈の無い楓さんをけしかけて何か狙ってるんだと思います!!タロウさんがいない今、楓さんまで囚われてしまったら大変な事になってしまいますっ!!」


楓さんが動きを止める。


「…わかったわ。ごめんね美波ちゃん。何だか目が覚めてからおかしいのよ。タロウさんがいないとイライラするというか…だから頭に血が上っちゃって…」


「楓さんの気持ちはわかります。あんな中に囚われてしまったんですから。」


…ん?目が覚めてからって言った?そうしたらドームに囚われる前からって事…?あれ…?なんか嫌な予感が…


「美波さん!!楓さん!!」


遅れてホテルからアリスちゃんが来る。


「何があったんですか!?楓さんが飛び起きて行ってしまったので私もついて来ちゃったんですけど…タロウさんはどうしたんですか?」


「タロウさんはあのドームの中なの…ごめんね、私がもっとしっかりタロウさんを止めてればこんな事には…」


「ドームの中って…!?一体どういう…?」


「なんや、新しいお仲間かいな。」


澤野が話しかけてくるのでアリスちゃんが澤野の方を向く。


「誰ですかこの人は?」


「ワイか?ワイはなーー」

「人間のクズよ。女を喰い物にしようとするクズ。それにタロウさんに酷い事をしたゴミ野郎よ。」


楓さんが憎しみいっぱいの口調で澤野の人となりをアリスちゃんに教える。


「ちょいちょいちょい!!!いくらなんでも酷すぎやろ!?ワイにもハートがあんねんで!?」


楓さんは澤野とは一切目を合わせず視線をドームへと向けて何かを考えている。


「いいか嬢ちゃん。ワイはなーー」

「喋らないで下さい。気持ち悪い。」


アリスちゃんがすごく怖い目で澤野を睨み毒を吐く。敵対心剥き出しの憎しみいっぱいって感じだ。そりゃあタロウさんに酷い事をしたなんて聞いたらそうなるわよね。アリスちゃん、タロウさんにすごく懐いてるんだから。


「おいシンさん!!アンタんトコの女どもはどーなっとんねん!!口悪すぎやろ!!ちゃんと躾しーや!!」


今はこんな男に構ってる場合ではない。早くタロウさんを救う術を考えないと。

すると楓さんが金色のエフェクトを発動させブルドガングを召喚する。


「ブルドガング、あのドームを破壊してちょうだい。タロウさんが中にいるの。」


『…ごめんなさいカエデ。それは無理よ。』


楓さんの頼みをブルドガングは悲しさと悔しさを併せたような表情で断る。


「ど、どうして!?」


『あれは結界よ。あの中にいる間はどんな事があっても干渉する事が出来ない。そういう術式がかけてあるわ。結界の中に居る術者を倒さない限りは結界は消えない。』


「そんな…」


「じゃ、じゃあ魔法ならどうですか!?」


アリスちゃんが赤い表紙の本をブルドガングに見せる。

魔法…?魔法ってあの魔法の事…?アリスちゃんはそんな事ができるの…?


「赤のマヌスクリプトか。確かに魔法なら結界の中に居る術者に直接喰らわせる事ができる。でもシンタロウも一緒に焼き尽くされる事になるわよ。結界がある以上魔法の効果範囲の外に出られないわ。」


「そっ、そんな…」


絶望に包まれ場の空気が重くなる。どうすればいいの…?外からは何もする事ができないなんて…


「カカカカカ!!残念やなぁ。今からシンさんがフルボッコにされるトコを指咥えて見る事になるんか!!」


澤野の煽りに楓さんがいち早く反応し、向かって行く。私は再度楓さんの腰にしがみつき必死に止める。


「待って!!楓さん!!落ち着いて!!あ、アリスちゃん!!アリスちゃんも手伝って!!」


「は、はい!!」


私たちは何とか楓さんを宥めて落ち着かせる事ができた。

楓さんらしくない。いつでも冷静だったのにタロウさんが絡むと血がのぼるって…やっぱり…


ーーその時だった。


ドーム内の霧が晴れて中が見えるようになる。

私たちはドームに近づき中を確認する。

すると、







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー









「しまった…!見事に罠にかかるとか馬鹿すぎるだろ…美波の言う事ちゃんと聞いとけばよかった…」


外にいる美波は心配いらないだろう。《剣王》がある以上は澤野程度に負ける事なんて無い。仮に複数人がいたとしてもスキル発動すれば楓さんが気づく。楓さんとアリスが加われば負けはありえない。

問題なのは俺だ。ここから出られるかどうかも問題だが、この霧が毒とかなら死亡確定フラグが立っちまう。


「やべーな。でもこの霧結構吸っちまったけど身体に何も影響が出ないって事は即効性じゃなくて遅効性か。アリスの《全回復》でこれも治るのかな。」


「安心しろよ。この霧は毒じゃねぇ。」


霧の向こう側から声がする。目を凝らして相手が来るのを待つ。すると現れたのは俺もよく知る男だった。


「な、なんでお前が!?」


「お前がじゃねーよ。誰に口利いてんだお前?」


角田だ。前回のシーンで出て来た小学校、中学校と一緒だった角田忠明だ。何でこいつがいんだよ。オレヒスやってるって事か。


「シカトしてんじゃねぇぞテメェ!」


「はぁ?いい歳して何イキってんだよお前。相変わらず頭悪そうだな。」


中学以来会った事は無いが年相応に老けてはいる。だが髪はいい歳して茶色に染めている。とてもじゃないがまともな職に就いてるとは思えない。


「生意気な口利くようになっちゃってんなお前。タロウのクセによ。」


「お前小学生の時に俺にブッ飛ばされたくせによくそんな事言えんね?記憶障害なの?」


「あぁ?いつの話してんだテメェ?1年の頃だろ。その後何回俺にやられたのか忘れたのか?記憶障害はテメェだろ。」


マジかよ。あの時だけ変えてもその後はヘタレな俺のままって事か。難易度によって現代への影響が変わるのかな。


「抵抗もできねぇダッセェ野郎のクセにナメた口利いてんじゃねぇぞ。」


コイツ34にもなってこんな感じなのかよ。情けねーな。こうはなりたくねー。


「ま、いーわ。とりあえずよ、お前クッソイイ女2人も連れてんだろ?澤野から聞いたぜ。それよこせよ。」


「何言ってんのお前?」


「女譲れって言ってんだよ。お前みてぇなダセェのがあんなレベルの女はもったいねぇよ。俺みてぇな奴に相応しいんだ。わかったか?ならとっととよこせ。それで勘弁してやっからよ。」


「渡すわけねーだろ。」


「…あ?」


「あ?じゃねーよ。さっきからおとなしくしてればいい気になりやがって。美波も楓さんも渡さねーよ。」


「…お前勘違いしちゃってんな。時間が経ち過ぎて忘れちまったんなら思い出させてやるよ。」


「おもしれー。やってみろよ。」


こんな馬鹿に構ってる暇は無い。どうせこの中の空間は角田のスキルだろ。コイツ倒せばスキルも消える。霧もとっくに晴れてるし大した意味はなかったってわけだ。ならバルムンク呼んでとっとと終わらせよう。


俺はバルムンクを召喚する為にアルティメットを発動させる。だが…発動しない。金色のエフェクトが出ない。

…何でだ?使用回数の1回はちゃんとある筈だぞ。


「ハッハッハ、何キョドってんだよ。スキルが出なくてビビっちまったか?」


「…お前、なんかしやがったな?」


「こん中じゃスキルは使えねーよ。このドームにはスキル封じの効果があんだよ。」


おいおいマジかよ。それはマズイだろ。角田がSSとか持ってたら俺やられんじゃん。


「安心しろよ。俺もスキルは使えねぇ。そういう縛りがある。」


「…なるほどね。一応は平等ってわけか。」


「平等?そうかねぇ?」


角田がニヤけたツラで俺を見ている。何でコイツはこんな余裕なんだ?スキルが使えねーって事はガチバトルするって事だろ?剣道三段の俺が間違っても負ける訳がない。まあいいや。とっととコイツを倒してここから出よう。

俺はラウムから剣を取り出し…取り出せない?ラウムが開かない?


「ハッハッハ、ラウムも使えねぇよ。お前が唯一頑張れた剣も使えねぇってこった!」


「…だから何だよ。俺は剣道だけじゃねぇよ。」


「いい事を教えてやる。俺はキックボクシングやってんだよ。それも日本ライト級2位だ。ビビった?ビビっちゃったか?ハッハッハ!少しボコって女あげますって言えたら許してやるよ!」


「…死んでも言わねぇ。」


「どこまでその態度が続くか見してもらうか。オラ、行くぜ!!」


ーー20年以上の時を超え、俺と角田の戦いが今一度始まる。

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