第78話 剣帝 VS 拳聖×3

『なかなかそそる状況じゃない。』


楓さんに召喚され、ブルドガングが姿を現わす。この状況が楽しいのだろう、無邪気な顔をして笑う。その顔はやはり年相応だ。もし私たちの世界に彼女がいたら高校生くらいだろう。そうすればきっと今とは違った人生があったのだと思う。普通にお喋りをし、普通にショッピングに行き、普通に恋をする、そんな生活が彼女にもあったのかもしれない。どうしてだかふとそう思ってしまった。


「さっきみたいな強化系2人とかじゃないわよ。行けそう?」


『フフッ、誰に言ってんの?全員蹴散らしてやるわよ。』


「あら、頼もしい。流石は剣帝様ね。」


信頼があるからこその2人のこのやり取りなのだ。出会いからの日数は決して多いものではないが、2人の間には時間以上の信頼が生まれている。


『ただ…あっちの変態みたいな男には注意が必要ね。アレはちょっと得体が知れないわ。』


「やはりあなたもそう思うのね。肝に命じておくわ。」


『そんじゃま、3つ子をちゃちゃっと片付けちゃいますか。カエデ、身体借りるわよ。』


楓さんが頷きブルドガングが憑依する。力が解放され金色のエフェクトの輝きがより一層強まる。


「さてと、ミナミ。あの変態に気をつけていてね。でも何かをしようとはしちゃダメよ?何か気になる事があったら私に教えて。」


「うんっ!わかったわ!」


「頼んだわよ。じゃあそこの3つ子。本当にみんな同じ顔ね。左からA、B、Cでいっか。ほら、かかって来なさい。」


ウールヴヘジンたちを3つ子といってブルドガングは煽る。ウールヴヘジンたちは明らかに不快感を露わにしている。


「まさか剣帝ともあろうモノがそのような軽口を叩くとは見損なったぞ。」


「相手の力量すら見定められんとはな。」


「剣帝などという大層な肩書きを小娘なぞに与えるからこうなるのだ。」


「息ピッタリ。流石は3つ子。」


「武人を敬う心も無いか。」


「いやー、よく言うわー。幼気な女子をゴッツいオッさんが取り囲んでるのが武人なんですかねー?ミナミンもそう思うでしょ?」


「ええっ!?わ、私!?まぁ…確かに女の子を男が3人で取り囲んでいるのを武人なんて言わないよね。」


ていうかミナミンって。何でいきなりブルドガングはそんな口調になってるのかしら。


「…それに関しては俺たちも本意では無い。だが武人として貴様と戦おうとしている事に偽りは無い。」


「なにそれ。ただの身勝手でしょ。自分の都合で自分を正当化してるだけじゃん。そういうのを『ジコチュウ』って言うんでしょ?カエデの漫画に書いてあったわ。」


これブルドガングも絶対漫画好きよね。私も後で楓さんに漫画見せてもらおう。


「貴様…これ以上俺たちを愚弄するなら許さんぞ。」


「キャー、こわーい。ミナミン、あいつらキモいね。」


このブルドガングのキャラは何なのだろう。楓さんの身体でこんなに身体をくねらせてキャピキャピしてていいのかな。楓さんのキャラとはずいぶん違うんだけど。


「その口調を止めろ…!」


「おじさんこわーい…ぷっ!あっはっはっは!」


ブルドガングが笑いを堪えられずに吹き出す。やっぱり笑いを堪えていたのね。なかなかに酷いわね。ウールヴヘジンに少し同情する。


「殺すッ!!!」


沸点が限界に達したウールヴヘジンたちがブルドガングへと襲いかかる。


「さぁて、行こうか!」


ブルドガングもそれを迎え討つ。

ウールヴヘジンたちがゼーゲンを携えるブルドガングへと攻撃を向ける。

3人の攻撃をゼーゲンで軽く流すように一撃一撃を捌き、4人の戦いの舞台は荒れ果てている書店の方へと移行する。

ゼーゲンと手甲が激しく当たり合う事により、激しく火花が飛び散る。書店で火花が飛び散っているので引火しないかどうかがかなり心配だ。


人間の駆動を無視したような超人的な動きによりウールヴヘジンたちはブルドガングの急所を狙いに来る。

威力、速度が明らかに必殺のそれに近い。当たれば間違いなくブルドガングにとっては致命傷、いや、絶命に至ってもおかしくはない。


拳、蹴り、いずれも人間が放つ速度をゆうに超え、上下左右から無数の打撃がブルドガングへと迫る。

これをブルドガングは涼しい顔で同様に人間の速度を超えた動きによって華麗に躱す。無駄な動きはせずに最小限の動きによって躱し、時にゼーゲンで手甲を滑らせ軌道を変える。防御に於いては無駄が無い完璧な動きだ。

だが気がかりなのは反撃をしないのか反撃をできないのかどちらなのかという事だ。それによって状況は相当変わる。バルムンクが手こずった程の男が3人もいるのに本当に勝てるのか、私は非常に不安だった。



「どうした剣帝!逃げてばかりでは俺たちを倒す事などできんぞ!!」


「口が臭いから喋らないでくれるかな?ラウムの中に『ますく』は無かったんだよねー。『ますく』知ってる?口が臭い奴から身を守る事ができるんだよー。あっはっはっは。」


ウールヴヘジンたちがブルドガングを睨みつけながら攻撃の速度を速める。その視線にブルドガングは終始ニヤつきながら見下したような目つきで応える。


ここまでの余裕があるのが不思議だ。どう贔屓目に見てもウールヴヘジンたちが圧倒的優位に立っている。現にブルドガングは一度も反撃できていない。何よりもウールヴヘジンの力は私は良く知っている。だからこそブルドガングの態度が解せない。


「ていうかさ、アンタらそんな速度出してて身体が持つとでも思ってんの?」


「フン、理解している。所詮この身体など使い捨て。壊れれば次の肉体を使えば良いだけだ。」


「そう、だからこそ俺たちはこの速度で動く事ができる。」


「そして短期決戦なのも理解している。その為の戦いを俺たちはしていた。気づかなかったか?貴様は誘われたのだーー」


あっ…!しまった。完全に誘導されていたんだ、気づかなかった!!!


「ーーッツ!!ブルドガング!!後ろは壁よ!!!」


ブルドガングの退路が断たれた。左右と正面にウールヴヘジンが陣取る。


「貴様は俺たちを舐めすぎていたようだ。自分の愚かさに悔いるがいい。」


ーーウールヴヘジンたちが纏う金色のエフェクトが黄金に輝く。


「眠れ、ヴォルフ・ゲブリュル!!」


ウールヴヘジンたちの右腕から白光が放たれ、その光が弾け飛んだ時だったーー








「「「ぐががァァ!!!」」」









ウールヴヘジンたちの悲鳴が聞こえ、宙に彼らの右腕が飛び交う。閃光が晴れ、4人の姿が確認できると、ウールヴヘジンたちが片膝を着き、右腕を押さえている。腕からは夥しい程の量の血が滴り落ちている。



「ばっ、馬鹿な…!?何故俺たちの腕が…!?」


「アンタら馬鹿じゃないの。」


ブルドガングが冷酷な目つきでウールヴヘジンたちを見下ろす。先程までのニヤついた感じは微塵も無い。完全にいつものブルドガングだ。


「な…なんだと…!?」


「アタシが誘われた?誘われたのはアンタたちでしょ。」


「何を言っている…!?」


「アンタらはアタシに煽られて頭に血が上ってた。だけどアタシが舐めた態度で戦いに挑んでいるから次第に冷静さを取り戻し、アタシが舐めているのを逆手にとって退路を断つように誘い込んだ。そしてそれが見事に的中した。」


「そうだ…!!俺たちの戦略は完璧だった…!!」


「完璧なわけないでしょ。アンタらの奥義が満足に放てる筈が無いのよ。」


「なんだと…!?」


「先ずは出だしね。最初からあんなに飛ばして普通の人間の筋や骨が持つわけがない。アタシに煽られて予定よりも速く動いていたのよ。無意識にね。」


ウールヴヘジンたちが沈黙する。反論ができないのだろう。


「次にアタシの退路を断ったつもりになってるだけでアンタらは誘い込まれてたのよ。アタシが速度を少しずつ上げて調整していたの。アンタらはアタシにまた煽られて頭に血が上ったから気づかなかったのよ。」


だから執拗に煽っていたのか。そこまで全部計算に入れていたんだ。すごい…すごい人だ…


「致命的なのは奥義の発動ね。アタシにアテられて全力以上で攻撃を仕掛けていたのにその人間の身体が持つわけが無い。奥義の速度が一番遅かったわよ。」


「ぐッ…!!」


「アンタらがアタシの煽りに冷静に対処できていたら無傷では済まなかった。ひょっとしたらやられていたかもしれない。アンタらの敗因はプライド高すぎんのよ。拳聖の名は返上しなさい。アンタには重すぎる。一から出直し。」


「だっ、黙れ!!!まだだ!!!まだ終わらん!!!」


ウールヴヘジンたちが立ち上がりブルドガングへと攻撃を仕掛けようとする。


がーー



「見苦しいわね。アンタら程度に奥義なんて必要無いわ。」


ブルドガングは鞘に収めてあるゼーゲンを引き抜く。居合のように。一振り、たった一振りでウールヴヘジンたちを斬り裂き、勝負が着いた。


「つ…強い…!」


圧倒的だった。ブルドガングの力がここまでとは思わなかった。彼女に勝てるプレイヤーなんて存在するのだろうか。召喚系のアルティメット3人が束になってかかっても全く相手にならない程の力があるブルドガングにどうやって勝てばいいのだろうか。


「さあ、後はアンタだけよ。」


ゼーゲンの切っ先を向け、男を挑発する。

だが男の表情は特に変わらずニコニコとしている。相変わらず目の奥が笑っていない薄気味悪い笑顔で。


「あははは、やっぱり量産型じゃダメですねぇ。弱い弱い。はぁ…結局僕が働かなきゃダメか。ま、その美貌を堪能できるし、剣帝の手足を削いでサンドバッグにでき…おっと失礼。僕が働きますよ。あははは。」


「気持ちの悪い男。反吐がでるわ。」


「あなたも手厳しいですね。じゃあ始めましょうか。」


男の身体から金色のエフェクトが発動する。

魔法陣が発動しないという事は強化系だろうか。てっきり召喚系だと思っていた。

これなら過度に警戒する事は無かったかもと考えている時に何か黒いものが床に映っている事に気付く。

影…?一体何があるのだろうと上を向いた時だった。


ーー魔法陣が上空に出現している。


「なに…あれ…?」


「…」


「さあ、始めましょうか。お好きにかかって来てください。レディファーストです。」

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