第79話 私たちの一撃
ーー悪い夢でも見ているなら覚めて欲しい。
私は目の前で起きている光景を受け入れる事ができない。今まで圧倒的に、完膚なきまでに立ちはだかる者たちを倒して来た楓さんが、ブルドガングが、ただの一撃も…いや、相手に触れる事すらできないでいるなんて想像できただろうか。
男との戦いが始まり数十分が経過したが、その間繰り出されたブルドガングの斬撃は数百にも及ぶ。だがその全てが男には一撃足りとも届かない。触れる事すらできない。
そして攻撃を躱される度に男から身体の至る所に打撃を受ける。着ていた白のスタンドカラーシャツのボタンは弾け飛び、胸元まで開く事によって下着が見えている。履いているレーススカートも破れ、太腿が露出してしまっている有様だ。さらには楓さんの美しい顔も右頬を殴られ口元に紫色の痣ができてしまった。
ブルドガングの息は上がり、運動量も目に見えて落ちている。やられるのは時間の問題だ。どうにか勝機を見つけようと模索するが何も見つからない。一体どうすれば…
「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」
「あははは。イイ!イイですねその顔!!凄く興奮しますよ!!最高の眺めです!!ブラまで見せてつけて僕を誘っているのですか?」
「黙れ変態…!!」
「あははは!ボロボロなのに心が折れていないのも素敵です。あぁ…!その目を絶望に染め上げたい!!」
「絶望になんか染まるわけないでしょ…!!絶対そのニヤケ面へこませてやる…!!」
「うんうん、頑張って下さい。もうそろそろスカートも破れてパンツが見えそうですからね。芹澤さんは上下揃えてるのかな?と言う事は白か!!高飛車だから黒とか赤を想像してました。ピュアなんですね。」
「黙れって言ってんでしょ!!この変態!!下着なんか見せないわ!!そんな事をしたらカエデに申し訳が立たない!!」
「あははは!!申し訳が立たないって!!僕は剣すら使ってないんですよ?それどころかこの場から動いてもいない。申し訳が立たないどころの話じゃありませんよ。まぁ…これが芹澤楓の限界なんですかね。」
「…何?」
「あ、気を悪くしないで下さい。あなたが悪いわけではありません。剣帝であるあなたの実力は重々承知しています。あなたが全力で戦っていたら僕が勝てる筈がない。でもあなたは芹澤楓の身体を使うしかない。その器である芹澤楓はゼーゲンを1段階解放しているにも関わらずこのザマだ。剣帝をまるで使いこなせていない。能力が低すぎるんですよ。」
こいつを殴れるものなら殴りたい。楓さんを馬鹿にする事なんて許さない。私は怒りで体が震えた。だが襲いかかる事はできない。そんな事をすればブルドガングがより一層苦境に立たされる事になる。堪えるしかない。そんな事をしてる暇があるなら考えるんだ。勝ち筋を、勝つための道を。私にできる事を。
「ま、顔だけは恐ろしい程に美しいですけどね。だからこの後に僕が手足を斬り落としてサンドバッグにするんです。あぁ…楽しみだなぁ…おっと、失礼。また少し暴走してしまいました。という事ですからもう芹澤楓を明け渡して下さい。あなたにはもっといい器を提供しますから。」
「…フフフ。」
片膝を着き、ゼーゲンで身体を支えていたブルドガングが立ち上がる。彼女の目は死んでない。いや、さらに力強さが目に宿っている。
「代わりなんかいないわよ。ううん、カエデの代わりなんかいらない。アタシはカエデだからこそ契約を履行した。カエデが死ぬ時はアタシが死ぬ時。アタシとカエデは一つなの。きっとカエデもそう思ってくれてる。」
鋭い目で男を睨みつける。同時にブルドガングの纏う金色のオーラが輝きを強める。
「そんなアタシにとって大切なカエデを馬鹿にする事は許さない。万死に値するわ。覚悟しなさい。」
ブルドガングがゼーゲンを構える。その構えは五行の構えの内の脇構えに近いがかなり変則的な構えを取っている。左手の柄の持ち手は基本通りだが右手は鍔の部分に当てている。恐らくは右手が照準なのだろう。そこで狙いを定め、トリガーである左手で弾を撃つ。それがブルドガングのスタイルだ。
そして金色のオーラが黄金の輝きを放つ。
そう、ブルドガングの奥の手である奥義の発動だ。
「奥義ですか。面白い。これであなたも諦めがつくでしょう。あはははっ!!剣帝を嬲る事が出来るなんて!!想像するだけでイキそうです!!!」
「お望み通り逝かせてあげるよ変態野郎!!!」
ゼーゲンの刀身部に雷のエフェクトが集まる。
そして黄金の輝きが高まりブルドガングの奥義が発動する。
「アタシの前に平伏しなさい、ブリッツ・シュトゥルム!!」
脇構えからゼーゲンを乱暴に上へと振り抜く。レーザーキャノンのような光の塊が前方に放たれる。そのエネルギー粒子の量は人など軽く飲み込んでしまう程の巨大さだ。さらにそのスピードはとても躱せるモノではない。防ぐ以外に術など無い。だが剣も出していない、盾もない男にはそれは不可能だ。ブルドガングは勝利を確信した。
ブリッツ・シュトゥルムが男を飲み込むーー
ーーかに見えたが、
無常にもブリッツ・シュトゥルムは男の横を通り過ぎ、モールの外壁を叩き壊して遥か彼方に消えて行った。
「そ…そんな…」
「あはははははッ!!!残念でしたね。さぁて、お楽しみの時間といきましょうか。」
奥義が破れた。ブルドガングの脳裏には敗北の二文字がよぎっていた。それと同時に彼女の思考は芹澤楓をどう逃すか、相葉美波をどう逃すか、それらを模索する事にシフトしていた。男を倒す事はもう考えられないでいた。事実上の負けを認めた時であった。
男はどうやってブルドガングを拷問するかを考えていた。手足を斬り落とし、絶望という絶望を与えてからその身体にある、穴という穴を犯してサンドバッグにしてからどうやって殺そうかと愉悦に浸りながら考えていた。男はもう戦いが終わった事を確信した。事実上の勝利を得た瞬間であった。
両者の間に共通して考えた事は、この戦いはもう終わったという事だ。事実、誰が見ても男の勝ちで終わると思うだろう。
相葉美波を除いて。
ーー見えた。
わかった。あの男のスキルが。どうしてブルドガングの奥義が、攻撃が当たらなかったのかがようやくわかった。
「さぁて、年貢の納め時です。」
「ーーッツ!!」
「ブルドガング!!!」
相葉美波が声をあげる。
戦闘を行う両名が相葉美波の方を向く。
「その男のスキルがわかったわ。恐らくは斥力よ!!」
「斥力…?」
「簡単に言えば自分から遠ざかる力。さっきのブリッツ・シュトゥルムで確信したの。ブリッツ・シュトゥルムは躱されたんじゃないわ、自分から避けて行ったのよ。私の角度からはそれがよく見えた。」
そう、第三者である相葉美波は冷静かつ客観的に2人の戦いを見れていた。ブルドガングが放ったブリッツ・シュトゥルムに対して男は何ら回避行動は取っていない。それどころかその場から一歩も動いていないのだ。それはブリッツ・シュトゥルムが自ら避けた事を裏付けるには十分であった。
「スキルの発動条件は見る事。その男はブリッツ・シュトゥルムが通り過ぎるまで一瞬も目をそらさずに凝視していたわ。それはあまりにも不自然。ブルドガングの追撃があるかもしれないのに通り過ぎるまで見ている必要性は無いもの。幾度となくブルドガングが剣を振った時もその男が躱したのではなくブルドガングが剣をそらしてるだけだったのよ。」
これが相葉美波が暴いた男のスキルの全貌だ。
実際美波の推理は当たっていた。男が使用している範囲のスキルについて言うのであれば完全に解明したといっても過言ではない。この功績は非常に大きい。
だが当の本人は特に気にするそぶりはない。バレたから何なの?とでも言いたげな顔をしている。
「素晴らしいですね。僕は少し誤解していたようです。相葉さんは田辺慎太郎にくっ付いてる腰巾着みたいな存在だって思ってました。何の役にも立たないくせに顔だけで生きてるしょうもない女だって思ってました。訂正しますね。ですが、それがわかったから何なんです?確かにあなたの言う通りです。僕の目で見ているモノは僕から遠ざかってしまう。人でも物でもモノでもね。でも僕の目からどうやって逃れるんです?どんなに速くても視界に映らないなんて事はありえない。一瞬でも視界に入ってしまうのが常です。そうなれば僕からは遠ざかってします。2人がかりででも戦うなら可能性はありますがあなたはもう剣王を使えない。ジ・エンドです。ですが悲観する事はありません!あなたは観察眼が優れている。興味が湧きました。あなたはこの場で殺すつもりでしたが芹澤楓と一緒に連れ帰って僕のサンドバッグ…じゃなかった連れ帰る事にします。」
「隠す必要なんか無いわ。あなたの異常性と猟奇性はよーくわかったから!!腰巾着で悪かったわね!!」
「あはははっ!!怒らないで下さいよ!!褒めてるんですから!!さぁて、早く連れーー」
ブルドガングの纏う金色のオーラが再度輝きを増す。一度は諦めた気持ちを今一度奮い立たせ彼女は剣を握る。
「ありがとうミナミ。勝ち筋が見えた。あなたのおかげよ。あなたの事もアタシは大好きよ。」
「ブルドガング…」
ブルドガングはもう一度奥義の構えを取る。これが最後の一撃と覚悟を決めて。
対する男の方はようやくニヤケ以外の顔を見せる。だが真剣になったというわけでは無い。ブルドガングに失望したようなそんな表情だ。
「またそれですか。奥義が通用しないってのがわかんないのかなぁ。剣帝って意外と馬鹿なんですね。」
「これがアタシにとっての最後の一撃よ。こいつに全てを賭ける。これでダメならアタシの負けよ。」
「やれやれ。わかりました。それであなたの気が済むなら付き合いましょう。絶望に絶望を与えてからの方が拷問のしがいがありますもんね。さぁ!いつでもどうぞ!」
男は此の期に及んでもまだ真剣に戦おうとは思っていない。微塵も負けるとは思っていないどころか自身に触れられるとも思ってはいないのだろう。だからスキルについて美波に答えたのだ。余裕の表れとして。
ブルドガングの纏うエフェクトが黄金の輝きを放つ。その顔に不安は無い。必ず勝てるという覚悟と、剣帝としての誇りが備わっていた。
「イイですねその顔!!その顔を絶望に染めたい!!ああ…イッてしまいそうだ…!!!」
相葉美波の顔にも不安は無い。剣帝の、ブルドガングの勝利を微塵も疑ってなどいない。
ーーブルドガングの全てを賭けた一撃が放たれる。
「アタシの前に平伏しなさい、ブリッツ・シュトゥルム!!」
雷を纏ったエネルギーの粒子が男へ迫る。
男はブリッツ・シュトゥルムを凝視する。
それによりブリッツ・シュトゥルムが男の左側へと回避行動を取り始める。
男はブリッツ・シュトゥルムが完全に通過するまでしっかりと目で追う。これだけは一切の油断も慢心もしない。
ブリッツ・シュトゥルムが完全に男の傍を通過する。ここまで1秒すらもかかっていない。たったこれだけの時間で勝負が決した。
男は歓喜に震えた。剣帝を、芹澤楓を、相葉美波を、彼女らを自分の好きにできる。男の特殊な性癖である手足を斬り落としての強姦という基地外地味た所業を行える事に震えていた。
早くその対象である剣帝を、楓を見よう。絶望に染まっている表情を確認しようと思い、ブリッツ・シュトゥルム回避の為にそらしていた顔を正面に戻そうとする。
それだけで射精に至りそうな感覚を必死に抑えて正面を向いた。
だが男は言葉を失う。思考が完全に止まる。
目が腐っているのか、興奮のあまり脳が壊死したのかと考える。
何を考える?
それは簡単だ。
正面にいる筈のブルドガングが、芹澤楓が忽然と消えていたからだ。
逃げた?
そう思い左を向いて相葉美波がいるか確認する。
いる。確かにいる。それなら逃げる筈が無い。美波を置いて逃げるなどありえない。
じゃあどこに?
男は気づく。
違和感に。
相葉美波がこちらを見ている。
なぜ?
男も美波を見る。
だがやはりおかしい。
美波と目線が合わない。
何を見ている?
男は考える。
男は美波の目線の先を考える。
後ろだ。男の後ろを見ている事に気づく。
何を見ている?まさか剣帝?いや、それはありえない。
そんな高速で移動などできる筈が無い。それならばとうの昔にやっている。
じゃあ何をーー
ここで男は気づく。
自分の過失に、失念に気づく。
なぜ失念していた?
油断?慢心?
いや、考えてももう遅い。男は完全に理解した。
そう、芹澤楓には高速で動く術がある事を。
天使の翼、エンゲルがある事を。
男は理解する。自身の敗北を。
せめて天使の姿を見ようと振り向こうとする。
だがそれは叶わない。
だって、男の命の刻限が来たから。
「あなたは非常に強かったわ。私1人では…私とブルドガングだけでは勝てなかった。あなたが侮っていた美波ちゃんがいたから勝てた。」
芹澤楓が天使の羽を羽ばたかせながら振りかぶっているゼーゲンを振り下ろす。
「あなたの敗因は私たちを侮った事よ!!」
背中から男の身体は斬り裂かれた。楓の、楓たちの一撃によって。
「ああ…天使が見たかった…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます