第60話 闘神
「ここは…?」
ほんの数秒前までみんなでパーティーをしていたのに知らない場所に居る。
真っ暗な空間に円卓が置かれ、その一席に私は座している。
円卓には私以外に6人が座り、この状況を不審に思っている者もいるが、大多数がこの場に居る者たちを警戒している。
私も6人の様子を伺っているが…気になるのは私の両サイドだ。
右側に座る端正な顔立ちの男は底の知れない恐ろしさのようなものを感じる。私の細胞が危険だと警鐘を鳴らす。できればこの男との対峙は避けたいものだ。
そして左側に座る女性も同様だ。美波ちゃんと同じぐらい綺麗な人だけどその見た目とは裏腹に凄まじい圧を感じる。ただそれはなんとも言えない危なさをも併せ持っている。まるで背水の陣で臨んでいるようなそんな儚さを感じてしまうのはどうしてだろう。
そしてそれ以外に、私のほぼ正面に座る中年の男…この人も気になる。どこかで見たような…ダメ、思い出せない。
ーーその時だった。闇からアイツが現れる。
『大変お待たせ致しましタ。この場の案内を務めさせて頂きますツヴァイと申しまス。初めての方もいらっしゃると思いますがよろしくお願い致しまス。』
「はいはいはいはい!!しつもーん!!!」
高校生ぐらいの女の子が挙手をして何か主張しようとしている。
『何でショウカ、ワタヤミクサマ。』
「何でしょうか、やないで!ここドコ!?ウチ、友達とファミレスに居たんやで!?勝手にこんな事されても困るわ!友達と大事な話してたのに!!オレヒスに飛ばされたら時間も飛ぶやろ!!」
綿矢という少女がツヴァイに対し不満をぶつける。
当然よね。私だってパーティーをしてたんだから早く戻りたいわ。まだお酒も飲んでないし。
『大変申し訳御座いませン。ですガ、それは御安心下さイ。今回のアップデートによリ、俺'sヒストリーをプレイしている時の時間の進行は現実世界では止まるように致しましタ。ですのデ、これが終わって戻っても時間はそのままで御座いまス。』
「そうなん?ま…ならええか。んで?ウチらは何でここに集められたん?リザルトとちゃうやろコレ?」
『リザルトといえばリザルトでス。ただシ、ここに御集り頂いた皆様は一般プレイヤーとは違いまス。貴方方は特別に選ばれたプレイヤーでス。』
「特別…?どういう事ですか?」
少し暗い感じの男の子が口を開く。
『ここに御集り頂いた皆様は前回のイベントであるトート・ツヴィンゲンにて100体以上討伐したプレイヤーでス。つまりはトッププレイヤーという事でス、ナナハラリクサマ。』
「へぇ…じゃああれだけプレイヤーがいるのに、この7人しか100体以上倒せなかったって事なんですね。」
『そういう事になりマス。そしてその功績を讃える為に我々運営事務局ハ、貴方方7人を”闘神”に任命する事に致しましタ。』
「へー!なんかカッコええやん!で、その”闘神”って何?」
『”闘神”は俺'sヒストリーにおける全プレイヤーの目標とするべき存在になる為に設立した称号デス。圧倒的なまでの実力を持つ貴方方だからこそその地位に相応しいと言えマショウ。』
「なら特典とかあるんですか?ほら、普通ならアイテムがもらえる場面じゃないですかコレって。」
『もちろん御座いまス。”闘神”は模範とならねばなりまセン。よって皆様にゼーゲンを1本差し上げまス。』
「ゼーゲン?なんなんそれ?」
『ゼーゲンとはあらゆる能力や封印を解放する為の武器でス。その形状は戦い方によって様々な形に変化致しまス。同じ”闘神”といえど戦略が露見してしまっては都合が悪いでしょうから特殊な箱にお入れして御帰りの際にお渡し致しまス。』
「ふーん。なんかしらんけど強くなるならウェルカムやわ。ゼーゲン持ってるプレイヤーって沢山おるん?」
『いいエ。ゼーゲンを持っているプレイヤーは現段階では”闘神”である貴方方以外にはおりませン。』
「なら楽勝やん!ウチらが無双できるゆーことやろ?」
『ワタヤミクサマ、そう簡単に考えてはいけませン。確かに貴方方はトート・ツヴィンゲンにて多大な功績を収めましタ。ですが”闘神”と同等かそれ以上のプレイヤーは沢山おりまス。傍観するモノ、やる気の無いモノ、最低限の事しかしないモノ、多種多様で御座いまス。このゲームはイベントをクリアシ、メモリーダストを集メ、皆様の過去を変えるのが目的のゲームで御座いまス。それなのにやる気が無いというのは理解不能デス。そしてそのようなプレイヤーに負けられては困ル、その為のゼーゲンなのでス。』
「…つまり俺たちは貴様らの犬になれという事か?」
私の前にいる中年の男が口を挟む。
『タチバナマサヒロサマ、どう解釈して頂いても構いませン。ですガ、お互いの利害は一致するのではないでしょウカ?貴方方は過去を変えタイ、我々も無能なプレイヤーは駆逐シタイ、ほラ、一致していますでしょウ?』
「まぁいい。俺は強者と戦えればそれでいい。」
橘という男は一先ずは納得したようだ。
「強者って…戦闘狂かよ…拗らせちゃってんなぁ…」
七原という男はブツブツと何かを呟いているがよくは聞き取れない。
かなりクセのある人間たちなのはわかった。ここで口を挟むのは避けよう。手の内を読まれるのは得策ではない。傍観に徹して情報を引き出せるだけ引き出してタロウさんたちと相談をしよう。幸いな事に綿矢という子が引き出し役になってくれているし。
『今回のアップデートによって大きく変わったのがクランの導入デス。』
「クラン?クランってあれやろ、チームみたいなやつやろ?」
『はイ。最大5名の主人プレイヤーがパーティを組む事が出来る新機能でス。クランで組んだプレイヤーはイベントで一緒に戦う事が出来まス。』
それは凄いわね。私たちにとっては願ったり叶ったりの機能じゃない。でもそんな有利な機能を運営が出してくるなんて裏がありそうね。
「ええやん!そしたらクラン組んだ方が圧倒的に有利やん!」
『そうでスネ。だがそんなに甘い事ばかりではありませン。信用の出来ない者をクランに入れれば裏切られる事もありますシ、クランリーダーが負ければ連帯責任として全員敗退となりマス。』
「え、敗退ってどう言う事ですか?」
『負けたクランの支配下に置かれる事になりマス。』
「えぇー!そんなんあかんやん。基本リーダー狙いになるやん。」
『だから甘い事ばかりでは無いと申したのでス。しかシ、リーダーが誰なのかは相手にはわかりませン。過剰に心配なさらなくても大丈夫デス。怖いのは裏切りの方デスヨ。』
裏切りなんて私たちには全く関係の無い話ね。
「でもなぁ…デメリットが多すぎーー」
「ガタガタとうるせえな。」
ーーずっと興味の無さそうにしていた私の右隣の男が口を開く。
「クランだかなんだか知らねぇがどうでもいい。裏切りなんて群れなきゃいいだけの話だろ。」
「なんや自分!イケメンだからって調子に乗ったらあかんで!」
『ソガムゲンサマはクランを作られないのですカ?』
「必要無い。俺1人で全員殺す、それだけだ。」
「中二病全開かよ…そんな事できるわけねぇじゃん。」
『ソガムゲンサマなら出来るかもしれませんヨ。なんセ、トート・ツヴィンゲンにてエリア内の全プレイヤー、全ゾルダートをたった御一人で殲滅したのデスカラ。それも開始5分デ。』
「え…!?」
「マジかよ…!」
エリア内の全プレイヤー、全ゾルダートを倒す事は不可能な話ではない。私だってやろうと思えばやれた。恐ろしいのは開始5分でそれを行なったという事だ。配置されたエリアがどんな所かは知らないが、距離の移動をどうやってやったのか見当もつかない。一体どんなスキルをこの男は使うのだろう。
「ほう…1度手合わせをしてみたいものだな。」
橘が眼を鋭くし、蘇我に対して敵意を向ける。橘からは剣気に似たモノが漏れ出ている。やはりこの男も只者では無い。
「やめておけ。”闘神”とやらの席が1つ空く事になる。」
「面白い。ならばここでーー」
『そこまでデス。』
2人の間に流れる不穏な空気をツヴァイが払い除ける。
『”闘神”同士での争いは禁止デス。禁を破った者には制裁を科しまス。』
「え?ウチらは争わんでえーの?」
『現状ではそのつもりデス。イベントでも貴方方は同じエリアに配置される事はありまセン。』
「なら仲間やん!みんな仲良くしよーな!イケメンくんもよろしくー!」
「俺は馴れ合うつもりはない。俺はこのゲームをクリアする事が目的だ。それを邪魔するなら”闘神”だろうが運営だろうがブッ潰す。」
「つれないなー。てかクリアって何?オレヒスにクリアなんてあんの?」
「オレヒスをクリアしたら望みが叶えられる。どんな望みでもな。」
蘇我の発言に、場に居るものの視線が注がれる。
「本当にクリアなんてあるん…?」
「私も聞きましたよ。」
左隣の美しい女性が口を開く。
「俺'sヒストリーをクリアしたら望みが叶えられるそうです。私もそれを目的として頑張っています。」
「え、マジな感じですか…?」
『本当デス。クリアした者にはどんな望みでも我々が叶えさしあげましょウ。』
ツヴァイがそう断言するという事はそれが真実であるという事だ。オレヒスの不可思議さから考えればどんな望みでも叶えられるという信憑性は増す。この会合での収穫はかなり多いわね。
「じゃあどうやったらクリアになるん!?」
『それは御自身で見つけて下さイ。』
そう言うと思ったわ。肝心な事は絶対に答えない。
「なんやそれ!」
綿矢が不満を露わにしている。
『話を戻しましょウ。クラン導入によって新たにクランイベントの開催も決定致しましタ。明日チュートリアルを兼ねて開催致しますので準備に励んで下さイ。詳細は今日中に通知を送りまス。』
「はぁー!?そんなの急すぎやん!!メンバー見つからんやろ!!」
「俺みたいな陰キャは時間かけたって見つからないんですよ。少しは考えて下さいよ。」
『今回はあくまでもチュートリアルでス。負けてもペナルティーはありまセン。ノルマも当然無いので危険だと思えば逃げる事デス。それに貴方方はゼーゲンがありマス。まず負ける事はありまセンヨ。』
「いいように乗せられてる気するなぁ。そんなゼーゲンってすごいん?」
『えエ。使えばわかりまス。それと貴方方はこれから追われる立場にナリマス。他のプレイヤーから狙われる事になるので気をつけて下さイ。』
「は?なんで?」
『他のプレイヤーにはトート・ツヴィンゲンでの戦績と”闘神”の顔触れを映像にて現在御知らせしてオリマス。貴方方はもう有名人デス。』
「ちょっと!!何しとんねん!!しかも戦績って何!?順位を教えたって事!?」
『そうデス。ソガムゲンサマを起点として時計回りに序列が下がっていきまス。』
「ウチがビリやん!!”闘神”最弱みたいでカッコ悪いやん!!ホンマ何してくれてんの!?」
なるほど。だから両サイドの2人は雰囲気出てるのね。
「もう終わりでいいだろ?人間なんかといつまでも一緒に居たくない。俺は失礼させてもらうぜ。」
蘇我が不快感を前面に出しながら席を立つ。
『わかりマシタ。ではゼーゲンをお持ちくださイ。帰ると念じれば転送されマス。』
ツヴァイが掛け軸を入れるような細長い箱を蘇我に手渡す。その箱は真っ黒な作りで、気味の悪い文字列が箱に描かれている。まるで封印でも施されているようだ。
蘇我はそれを乱暴に受け取るとこの空間から消えて行った。
「世の中って不公平ですよね。あんな拗らせたような発言してても顔が良ければ許されるんですからね。俺みたいな奴がやってたらクソキモいって思うくせにさ。」
「あはは!そらしゃーないわ。イケメンくんの顔のレベルはヤバいやん。ウチだって興味あるもん。」
顔で判断するなんて馬鹿げているわね。人間の本質を見抜く事が大事だと思うけど。
「俺も失礼させてもらおう。」
橘も席を立ち、ツヴァイからゼーゲンを受け取り去って行く。
「…ん?終わったのか?だる。」
会合が始まってから終始寝ていた男が目を覚ます。
「お兄さん寝てたん?」
「いや、所々話は聞いてた。でもだるくてな。面倒なの嫌いなんだよ。帰っていいなら帰るわ。」
『ゼーゲンでス、サカモトカイトサマ。』
ゼーゲンを受け取り坂本も去って行った。
「じゃ、俺も帰ります。」
次いで七原も去って行った。
「ウチも帰ろかな。もしウチとクラン組みたくなったら連絡してな!じゃ!」
綿矢も去った。じゃあ私も帰ろーー
「私たちだけになってしまいましたね。」
まさか話しかけられるとは思わなかったので一瞬驚いてしまった。
「ご挨拶が遅れました。島村牡丹と申します。」
顔だけなく立ち居振る舞いも美しい。凛としたような力強さが彼女から伝わる。だがどうしてだろう。それと同時に儚さも彼女から伝わって来る。その眼の奥がとても寂しげに感じてしまう。
「私は芹澤楓です。」
「”闘神”の方々は独特の雰囲気を持っていらしたので声をかける事を躊躇ってしまいましたが芹澤さんは他の方とは違う雰囲気が出ていましたのでお話してみたかったのです。」
「雰囲気ですか?」
「はい。下手に発言をしないで状況を精査し傍観する。とても頭の良い方だと思いました。その時に芹澤さんと仲良くなりたいって思ったんです。初対面なのにすみません。図々しいですよね。」
「ウフフ、そんな事ありませんよ。そう思って頂けて嬉しいです。私も島村さんと仲良くなれたら嬉しいです。私の事は楓って呼んで下さい。」
「ふふ、ありがとうございます。私の事も牡丹って呼んで下さい。今日は久しぶりに良い日になりそうです。」
「久しぶり…ですか…?それはーー」
『すみませんがそろそろ終了とさせて頂きまス。』
せっかく牡丹さんと話していたのに無粋な事するわね。
「残念ですね。もっと楓さんとお話をしたかったです。」
「またお話しましょう。」
「はい。ではまた。」
ゼーゲンを受け取り牡丹さんも去って行った。残るは私だけだ。早く帰ってパーティーの続きをしよう。
私もゼーゲンを受け取ろうとツヴァイに近づくーー
『ゼーゲンだけでなくエンゲルまで入手するとは流石ですネ。そしてこれでゼーゲンが2本目となり1段階の解放が始まるわけでス。』
「解放?どういう事かしら?」
『ゼーゲンは所持数が増えるわけではありません。手にした時に吸収される形になりマス。』
「なるほど。より強力になるって事ね。」
『ぜひクランイベントにて試してみて下さイ。タナベシンタロウサマと組まれるのでしょウ?』
「当然。私はあの人以外とクランなんて作りたくないわ。」
『カカカカカ!…では終わりマショウ。御機嫌ヨウ。』
視界が暗転し、転送されていく。
『期待していますヨ。セリザワカエデ。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます