第50話 トート・ツヴィンゲン終了

私たちは洞窟から離れて森へと移動した。森を移動する中で小屋を発見しそこを拠点とする事にした。

私と美波さんは朝まで休んで、それからタロウさんと見張りを交代した。


見張りを始めて1時間程が経過した。森の中は朝だというのに夜のように真っ暗だ。ただ奇妙なのは森の中だというのに生き物の気配が全く無い。普通、森は鳥や虫などが巣食う場所だ。それなのに全く無いというのはおかしい。そもそもここはどこなのだろう。本当にゲームの空間なのだろうか?それにしてはあまりにもリアルすぎる。日本なのだろうか?それとも海外?疑問は尽きない。


「どうしたのアリスちゃん?」


深刻な顔でもしていたのだろうか。美波さんが心配した顔で私に話しかけてくる。


「いえ、どうして生き物の気配が感じないのかなって思って。」


「そう言われればそうだね。確かにエリアでプレイヤーとゾルダート以外の生命体は見た事がない。やっぱりここは造られた空間なのかな?」


私よりもずっと前からプレイしている美波さんでもわからないって事は謎は何も解明されてないって事だ。

そもそも俺'sヒストリーの運営は何でこんなゲームを作ったのだろう。メリットが無ければやるわけがない。何らかのメリットがあるんだ。過去を変える事によってメリットを得ているか、プレイヤー同士で戦わせる事によってメリットを得ているか、そのどちらかの可能性はあると思う。

…こんな事を真剣に考えても仕方ないか。ここから無事に帰れたとしても私を待つ運命は決まっている。もう俺'sヒストリーを頑張ろうという気持ちは無くなると思う。今の私はただタロウさんの為になりたい。それだけだ。



「あれ?アリスちゃん、森のずっと奥の所、今光らなかった?」


美波さんがそう言うので私も目を凝らして奥の方を見てみる。しばらく見ていると確かに一瞬何かが光った。


「光りましたね。何でしょうか?」


「…嫌な予感がするなぁ。あの色ってーー」

「アルティメットだな。」


「「ひゃあっ!!」」


後ろを向くと私たちを驚かせた相手はタロウさんだった。いきなり背後から声がするので素っ頓狂な声を上げてしまった。恥ずかしい。


「おっ、驚かさないで下さいっ!!心臓が止まるかと思いました…」


「本当です!!変な声出しちゃったじゃないですか!!」


「ごめんごめん。何だか嫌な予感がして目が覚めちゃってさ。予感が大当たりだったな。」


「やっぱりアルティメットですよね。誰かと戦闘中でしょうか?」


「それにしては静かすぎる。この距離で戦闘音が聞こえないなんてありえない。恐らく俺たちをロックオンしてるんだろう。」


「迎え撃ちますか?」


「そうだな。俺がやるから2人は周りを警戒しといて。」


「「はい!」」




森を抜け段々とその存在がはっきりとしてくる。タロウさんより少し若いぐらいの20歳前後ぐらいの男の人だ。髪の毛も茶色にして軽い感じの人に見える。タロウさんと同様に金色のエフェクトが身体を覆っているのでアルティメットなのは間違いない。


「よう!待っちゃったか?」


意外な事に男の方から話しかけてきた。


「別に待ちたくはなかったけどな。」


「安心してくれ。すぐに終わらせる。お前も、後ろの女どももすぐにあの世へ送ってやるよ。俺は面倒なのは嫌いでな、一瞬で終わらせるから苦しくもない。だから恨むなよ。」


「面倒ならここから立ち去ってくれないか?その方が早いと思うぞ?」


「うーん、一理あるな。でもなー…やっぱダメだ。考えるのが面倒。殺した方が早い。どうせ数秒で終わるし。」


「お前さ、自分を中心に世界は回ってるって思ってない?アルティメット持ってるのお前だけじゃねぇよ。」


タロウさんの身体からも金色のエフェクトが発動する。


「げぇっ!!アルティメット持ちかよ!!」


男が明らかに不快感を露わにしている。アルティメット持ちのプレイヤーと出くわすとは想像していなかったのだろう。先程までのやる気満々の姿勢が完全に消えている。


「面倒だな…あ、もしかして後ろの女どももアルティメット持ってんのか?」


「…そうだ。」


タロウさんがハッタリをかます。あまりにも嘘っぽい言い方に私は笑いそうになってしまった。


「オーケーオーケー。停戦しようぜ。どう見たって俺の方の分が悪い。ここで戦う方が面倒だ。」


「俺たちは争いたいわけではないからお前が退いてくれるならそれで構わない。だが武装解除が先だ。そんな臨戦態勢で停戦なんて言われても信用できねぇよ。」


「それな。でも悪いがそれはできない。」


「…停戦する気は無いって事か?」


「そうじゃねぇよ。1度発動しているスキルは解除できねぇんだよ。お前らだけをターゲットにしていたわけじゃなくてエリアにいる奴ら全部に発動させてたからな。」


「1度のスキルでエリア全部を対象にしたって事か?そんなの不可能だろ。」


「あ、知らない感じか?SSスキルの《探知》っての使えばエリアにいる奴らの場所を把握できんだぜ?これ使ってアルティメットとのコンボが現状最強デッキだろうな。」


「マジか。知らなかったな。」


「じゃあこれで今回の借りはナシな。じゃ、俺はそろそろ行くぜ。エリアの探索して時間潰すとするよ。」


「探索?他のプレイヤーやゾルダートを倒しに行かないのか?俺たちを倒す事に拘ってたんだから100体以上の報酬狙ってんだろ?」


「あー、このエリアにいるのはもう俺とお前ら3人だけだ。後は時間が来るのを待つだけ。」


「マジかよ…お前強いんだな。」


「アルティメット持ってりゃ普通だろ。お前ら以外にアルティメット持ちはいなかったからな。でも200人にも満たないプレイヤーしかいないのに4人もアルティメット持ってるなんて希少価値が薄れてきたのかもな。」


アルティメットはあなたとタロウさんしか持ってませんよ。希少価値は健在です。


「…かもな。貴重な情報ありがとう。」


「礼には及ばないぜ。じゃあな。次に会ったらこうはいかないからな。」



そう言い残して男は森の奥へと消えていった。


「ふぅ…戦わなくて済んだなら儲けもんだな。バルムンクの事は信頼してるけど相手もアルティメットだ。絶対勝てるとは言い切れない。」


「そうですね。本当にあの男は襲っては来ないんでしょうか?」


「どうだろうな。俺たち3人がアルティメット持ちだと思ってるから来ないとは思うけど。」


「私、タロウさんがあんな嘘吐くので笑いそうになっちゃいました。タロウさん嘘が下手です。」


「それは私も思いました。笑いを堪えるのが大変でした。」


「うっ…仕方ないだろ。咄嗟の事だったんだから…」


そのタロウさんの顔が可笑しくて私と美波さんは堪えきれずに噴き出してしまった。笑ってる私たちを見てまたタロウさんが微妙な顔をしているのが可愛かった。



ーーこんな時間がもっと続けばいいのになぁ…



「とにかく!!アイツの言う事を鵜呑みにはできないから時間まで周囲の警戒は怠らない事!!以上!!」


「ふふっ!はーい!」


「ふふ!わかりました!」





それから私たちは時間まで周囲の警戒をしたが何も起こらなかった。そしてどんどんと減る時間の中で私の心は締め付けられそうだった。タロウさんたちには勝利へのカウントダウンだが私にとっては処刑台への階段を上がるカウントダウンだった。でも私の気持ちをタロウさんに気づかれるわけにはいかない。明るく努めよう。



ーーそして



周囲が突然真っ暗になり、私たちは闇に包まれる

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