第40話 現実は想像通りにはいかない

アスカは俺の幼馴染だ。俺が幼稚園の頃、俺の親父が全財産を持って愛人と夜逃げし、残された俺と母さんは栃木の山奥にある温泉宿へと衣食住を求め流れ着いた先でアスカと出会った。アスカも母子家庭で神奈川から栃木にやってきた。アスカは薄い栗毛色の髪色で長さは肩より少し長いぐらい。顔は俺のひいき目無しに人形のように整っていた。当時の俺はアスカの事が好きだった。俺の初恋だ。だが今は好きという気持ちがあるわけではないから美波に嘘をついたわけではない。

俺の妄想とか思い込みとかではなくてアスカも俺の事を好きだったんじゃないかと思う。だが、この年代の子供特有の病気が俺にも発症してしまいアスカに随分と意地悪をするようになってきた。最低な男だったな。

色々な理由から俺の家族とアスカの家族で茨城へと生活の拠点を移す事にした。


だがそれによりアスカとの別れが近づいて来てしまう。


俺とアスカはちょうど小学校にあがる前に茨城に来たのだが、田舎にはいないようなアスカの容姿とファッションのセンスが子供たちの反感を買ってしまう。これはおそらく田舎あるあるだと思うのだが、田舎の人間は都会の人間が嫌いなのと余所者を嫌う傾向にある。今の時代では随分薄れているかもしれないが当時はその色がとても濃かった。入学から数日でアスカはイジメられるようになった。暴力行為には発展はしてないが陰口や仲間外れにするといった具合だ。俺は幸いな事に友達がすんなりと出来たのでその時点ではイジメられたりはしなかった。非常に最低な話だが俺はアスカがイジメられているのを見て見ぬ振りをしていた。当時の俺は気が弱くイジメられっ子のような体質だった。だからどうする事もできなかった。しかし、弱いながらも行動ができれば何か変わったのかもしれない。

…そして5月にはアスカは転校してしまう。転校を決める数日前にアスカが俺に『イジメが辛いから転校したい』と、打ち明けた。それなのに俺は何もしてやれなかった。いや、何もしなかった。

どうして助けられなかったんだろう。なぜ勇気を出せなかったんだろう。

そして小学校6年の時にアスカは交通事故でこの世を去ってしまう。あの時俺が守ってやれていれば死なずに済んだかもしれない。俺の人生においての最大の後悔だ。

そのアスカをこのような形でまた見ることになるとは思わなかった。運命の悪戯なのか、それとも作為的に起こっているのかはわからないが複雑な気持ちだ。


朝食を摂りながらまずは情報収集に走る。情報は大事だ。情報があるのとないのとでは戦局を大きく変える。いくら過去の出来事だとはいえ昔の事を完全に把握するのは不可能だ。得られる情報は少しでも手に入れないといけない。

現状で得られた情報はカレンダーからここが1991年4月26日金曜日ということがわかった。俺が小学1年生の時の時代だ。俺が確実に言える事は残された時間は少ない。近日中にアスカが苦しい胸の内を告白しに来る。恐らくはそれを発生させてはいけない。発生させる事自体がゲームオーバーなのだと思う。転校を決意したから、心が折れたから俺に伝えに来たんだ。だから…それを防がないと。


だが現状一番気がかりなのは美波だ。お助けキャラとして一緒に来たはずなのにこの場にいないという事はクラスメイトの一員になっている可能性が高い。恐らくは心配はいらないとは思うけど学校にいなければ美波の捜索を優先しよう。


朝食を食べた後家を出た俺たちは登校班に合流し、学校へと向かった。小学校への道なんて小学校の卒業式以来通っていない。ただ何にも考えず遊んで過ごしていた日々。今の俺にはとても眩しかった。そんな事を考えているうちにとうとう着いた。俺が戦わなくてはいけない舞台、小山小学校だ。センチメンタルな感情を抱いてる場合じゃない。俺はアスカを救うために来たんだ。今一度気合を入れ直し、俺は戦場へと、1年1組の教室へと向かった。


まずは情報収集。でもその前に…席がわからん。俺の席はどこだよ。


「タナベくん!何やってんだよ!早く!」


俺に声をかけて来たのは村上弘という奴だ。コイツとは小学4年まではそれなりに遊んでいた。ハタから見れば親友に見えていたかもしれないが俺はコイツが嫌いだ。先生の前だといい子ぶり、先生がいないと途端に性格が悪く暴力を振るい出すような典型的なクズだ。それでも俺はこの頃は気が弱くコイツに従うしかなかった。


「タナベくん何してたの?早く迷路作ろうよ!」


「あーごめん。席がわからなかったんだ。僕の席どこだっけ?」


「何言ってんの?僕の隣じゃん。早く迷路やろうよ!」


どんだけ迷路作りたいんだよって思うかもしれないが、この頃は迷路にハマっていた。この年代ではあるあるだと思うのは俺だけだろうか。ひとまず俺の席はわかった。あとはクラスの雰囲気を探ろう。美波はいない。来るとしたら転校生としてだろう。今日来なかったらどうにかして探さないとな。ちょっと待てよ、美波が俺とタメで現れるって事だよな。幼女の美波か。つまりはロリ美波。俺は断じてロリコンでは無いが美波の小さい頃は見たい。ヤバイな…楽しみかも。

さて、それまではアスカを中心とした雰囲気を探り、解決しなきゃな。


「オッケーオッケー。迷路やろっか。ねー村上くん。クラスの女の子で友達いない子っていたっけ?」


「えー?いたかな?あんまり女子に興味ないからなー。あ!工藤アスカはいないよね。いつも一人だし。」


「なるほどね。イジメられてるって思う?」


「うーん。イジメとかってよくわかんないけど谷口には意地悪されてるよね。あれがイジメなのかな?」


忘れていたピースがどんどんと埋まっていった。そうだよ。谷口亜由美。コイツが元凶だったんだ。コイツと山川千穂がアスカをイジメてやがったんだ。村上弘も偶には使える。あとは俺がアスカを守るだけだ。今の俺の気の強さを舐めんなよ。


とりあえず俺がやる事はアスカの転校の阻止。要はアスカを守ればいい。今の俺なら楽勝だろう。村上弘と迷路なんかで遊んでないでやる事は一つ。アスカの所へ行こう。


「村上くん、ごめん。ちょっと用ができたわ。」


「えっ?田辺くん?」


俺は村上弘との迷路遊びを切り上げアスカの席へと行く。


「アスカ。何やってんの?」


「え?本読んでるんだよ?私と話してるとからかわれちゃうよ。村上くんと遊んでなよ。」


「別にからかわれたって構わないよ。アスカが一人でいるのに俺は見過ごせないよ。」


決まった。俺ってすごいイケメンじゃないか。小学生が女子と仲良くするのはとても勇気がいる中でこのセリフを言える俺ってマジイケメン。全日本イケメングランプリ総合優勝確定だな。


「いつもは見過ごしてるくせに…なんで今日になって…」


「うん。確かにいつもそうだった。ごめん。でももう俺はアスカを一人にはしないよ。いつだって側にいるよ。」


「…ばかタロウ。じゃ、お絵描きしよ!私お絵描きしたい!」


暗い顔をしていたアスカに明るい笑みが浮かぶ。

よし!変えられただろ!俺の過去!変えられた!


「オッケー!僕はペンギンを書くことに関しちゃ誰にも負けないぜ!」


「何それ。本当にタロウはばかなんだから。えへへ。」


勝った!勝ったぜ!歴史は変わっただろ!






だが俺は失念していた。そんな簡単に事が運ぶわけはないという事を、これはオレヒスだという事をーー






「タロウ何お絵描きなんかしてんのー?男のくせに女と遊んでんのかよー!」


谷口亜由美と山川千穂だ。アスカをイジメていた元凶ともいえる存在がニヤニヤしながら俺とアスカに近づいて来る。まるで獲物を見つけた肉食獣とでも言いたげな、いやらしい笑みを浮かべていた。


「聞いてんのかよ!ダセェ奴らのくせによ!」


本当に小1かよってぐらいの口の悪さ。育ちの悪さが滲み出ている。実際の年代ならビビるだろうけど俺の中身はオッさんだからビビる訳がない。だがアスカは明らかに肩が震えている。守れるのは俺だけだ。俺がアスカを守る。その為に俺は過去に来たんだ。


「ギャーギャーうっせーんだよブス。キモい面並べやがって。整形して出直せや。」


意気地なしと言っても過言ではない存在の俺が逆らったのが理解できないのか2人は目を白黒させている。そりゃあそうだ。俺が反抗するなんてあり得ない事だろう。だがコイツらも伊達に不良はやっていない。すぐさま攻撃的な態度に切り替わる。


「キモイとかセイケイって何?どこの言葉だよ。都会人ぶってんなよ。しかも何がブスだよ!タロウのくせに生意気なんだよ!」


確かに現代言葉のキモいをこの時代に使っても意味がわからないか。だが煽るのには成功したようだ。2人とも本気でキレてやがる。


「どこの言葉だぁ?日本語に決まってんだろバーカ。お前らの面が気持ち悪いからキモいっていってんだよ。そんな事もわかんないの?頭悪いなお前ら。」


「本当になんなの!タロウのくせに生意気!角田!なんとかしてよ!」


山川千穂がそう叫ぶと後ろの席から男の子がこちらへと近づいて来る。


「おい!すぐ泣くくせに生意気言ってんなよ!タロウのくせによ!ぶっ飛ばすぞ?!」


男の子はここへ来るなり怒声を上げ俺に対してマウンティングをしてくる。あぁ。そういえばこんな奴いたな。角田忠明。今風で言えばリア充キャラ気取ってるようなやつだ。強い奴に寄生して生きているような男、まさに虎の威を借る狐という言葉が当てはまる奴だ。だがそんな門田に俺はイジメられていた。情け無い事に当時の俺は反抗する事ができなかった。でも今は違う。俺はこんな奴に負けはしない。


「うるせえよ角田。お前は黙ってろ。金魚のフンみてえな野郎はすっこんでろ。」


「何訳わかんねえ言葉喋ってんだよてめえ!ん?あはは!お前足震えてんじゃねえかよ!」


…は?何を言っているんだコイツは?足なんか震えるわけがないだろ。大人が小学生にビビるわけがない。




ーーだが俺の足は震えていた。感情としては全くビビってなどいない。だが、体は恐怖で震えていた。


「あははは!お前は弱虫なんだから威張ってんなよ!謝ったら許してやるよ。」


「はぁ?調子に乗ってんなよ猿野郎ーー」


そう言い放った時に俺の頬に衝撃が来た。俺は角田の野郎にビンタをされていた。


「あんまり調子に乗るなよお前。泣き虫タロウが。」


反撃に出たかったが体が言う事を利かない。全く動かない。そうか、体自体は当時のままなんだ。弱虫が体に染み付いてるから体が動かないのだ。よく考えたら当然だ。そんなに簡単に歴史を変えられないって事か。

さて、どうしたもんか。ハッタリだけで何とかなる状況じゃない。だが体は震えて動かない。打つ手なしの状況だ。


必死に脳をフル回転させこの状況を打開する為の策を考える。だがここで救いの手が出るーー


「はい!席に着きなさい!」


担任が入って来た。正直ありがたい。今の状況では残念ながら勝ち目は無しだ。しっかりと冷静になって作戦を練らないと。


「チッ!おいタロウ、覚えとけよ!!」


何が覚えとけだ。漫画みたいな台詞吐いてんじゃねぇ。


残念ながらアスカを助け切れなかったのは不本意だがまだ時間はある。落ち着こう。


「今日はみんなに嬉しいお知らせがあります!」


嬉しいお知らせ?あ、ロリ美波か!良かった、美波は無事だったんだな。


「着任の遅れていた副担任の先生が来てくれました。」


そうそう、副担任で参戦だよな。やっぱり予想通り…は?副担任?


「入って来て下さい!」


教室のドアが開くーー


「皆さん初めまして!相葉美波と言います!よろしくお願い致します!」


えっ?そっち!?ロリ美波じゃないのかよ!?

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