第29話 剣聖 VS 拳聖

 ウールヴヘジンが凄まじい速度でバルムンクとの距離を詰めて来る。そして間合いへ入ると同時に両腕に装着されている銀色の手甲から拳の弾丸が投じられた。


あくまで弾丸というのは比喩的表現だ。高速で繰り出されるその拳からは弾丸のような速度があった。人間が放てる拳の速度の限界を超えたそれは、音を置き去りにバルムンクへと迫り、命を刈り取ろうとしていた。


だがバルムンクは襲いかかる拳の弾丸を自身の右手に携えている剣を巧みに使いその全てを角度を変える事によって全て弾き落とした。だがウールヴヘジンは弾き落とされるそれを見届けもせずにバルムンクの正面へ突進する。砂上を転がるようにバルムンクへ迫り、拳が振り上げられる。


「動きが鈍いぞ、その程度か剣聖。」


ウールヴヘジンの拳が振り抜かれる刹那、バルムンクが斜め後ろへ半歩下がり、右手に携えている剣を強く握り締めた。

そして次の瞬間、半歩下がった事による反動を利用して、右手に携えている剣を横一閃薙ぎ払う。

剣からは鎌鼬のような真空の刃が帯びていてそれがウールヴヘジンを斬り裂こうとするが、寸前でそれを自身の拳で強引にかき消す。


「かぁっ!!」


バルムンクの剣から放たれた真空の刃はそれにより力を失う。だがさしもの拳聖もこのバルムンクの一撃により距離を取る為間合いの外へと外れた。


「思ったよりもやるな。流石は剣聖というべきか。」


「ふむ。最初からそんなに激しく動いて大丈夫なのか?」


「大丈夫か、だと?ククククク!こんなものが激しいなどと思っているようでは貴様の底も知れているな。」


ウールヴヘジンが砂を蹴りバルムンクへと再度迫って来る。先程とは違い直線的な動きだけではなく狙いを絞らせないトリッキーな動きと速度、私がこれまでに見た事のない生物のような動きをしてバルムンクへ迫る。

何よりも驚嘆すべきなのはその速度だ。明らかにその速度は人間の出せる速度を遥かに超えている。


それに対してバルムンクは戦闘開始当初からほぼ動いていない。自分から仕掛ける事は無く、ウールヴヘジンの攻撃からの返し技に徹している。そしてまた剣を正面に構えて、ウールヴヘジンの攻撃に対して備え、自身へ迫るウールヴヘジンの拳とバルムンクの剣が相見える。周囲は耳触りの悪い金属音が鳴り響き、灼熱の太陽の気持ちの悪い暑さと混ざり合い見ているものの気分を不快にする。


ウールヴヘジンが左の拳でバルムンクの顔を砕きにかかるが、バルムンクは剣でその拳を振り払う。


たが、ウールヴヘジンの拳はもう1つある。


左の拳はバルムンクに払われたが間髪入れず右の拳をバルムンクの顔面を潰しにかかる。だがこれはバルムンクが瞬時に屈む事で辛くも回避するにとどまった。そして屈む事でできた反動によってバルムンクは後方へと飛ぶ。この戦いで初めてバルムンクが大きく動いた瞬間だった。


「辛くも逃れたようだが俺と貴様の実力の差が見えてきたようだな。」


「ふむ。少し好機があったからといってその程度で得意になるとは案外拳聖も大した事はないのだな。」


「強がりはよせ剣聖よ。貴様が一番理解しているはずだ。俺と貴様にはかなりの差がある。それは事実だろう。」


残念ながら私もウールヴヘジンの読みに同意せざるを得ない。バルムンクは大きな動きを”しなかった”のではなく”できなかった”のだ。

大きな動きは当然の事ながら隙が大きくできる。ウールヴヘジンは大きく動く事によりできる隙を帳消しにするほどの異常なまでの速度がある。

だがバルムンクにはその速度が無い。反応と読みだけで戦っているのがバルムンクの実情だ。

それ程までにウールヴヘジンという男は圧倒的に強い。私にはバルムンクが勝つイメージが全く見えなかった。


「フッ、お前は男の癖にお喋りが好きなのだな。」


そのバルムンクの言葉と態度にウールヴヘジンは明らかな苛立ちを見せバルムンクへと距離を詰める。最初の数発は先程までと同じ攻防を互いに行う。ウールヴヘジンの方が手数に勝る状況にバルムンクは堪らず砂上を蹴り上げ後方へと退避する。だが息つく暇もなくバルムンクを追って超人的な速度でウールヴヘジンが一気にバルムンクの間合いへ入る。そして腹を目掛けてウールヴヘジンの蹴りが放たれる。


直撃だった


ゴズンという軋む音が私の耳に届いた。


バルムンクはその一撃を堪える事ができずその場に膝をついてしまう。戦況が大きく動いた瞬間だった。


「終わりだな。思ったよりは楽しめた。」


バルムンクの顔には苦悶の表情が見て伺えるが目の光は潰えていない。自身の勝利を微塵も疑ってなどいない力強い意志がその目から伝わってくる。


「せめて武人として誇り高く死ねるよう俺の奥義で葬ってやろう。」


ウールヴヘジンの纏う金色のオーラの輝きが増す。眩い黄金の輝きが、より気高い神々しさを帯びている。

そして右手の拳には一際濃度の濃い金色のオーラを纏っている。


「覚悟はよいか剣聖。」


片膝をついていたバルムンクが立ち上がりウールヴヘジンへと向き直る。


「奥義か…。それで我を本当に倒せると思っているのか?拳聖、お前は愚かだな。」


「潔さまで無いとはな。惨めな女だ。貴様に剣聖などと謳う資格は無い。」


ウールヴヘジンが両脚を肩幅よりも大きく広げ、左手を前に出し右手を後方に下げるような構えを取る。


「さらばだ剣聖。眠れ、ヴォルフ・ゲブリュル!!」


ウールヴヘジンの纏う金色の輝きが爆発したように弾け飛び、右手から白光がバルムンクへと放たれ辺り一帯が光に包まれる。そのあまりの眩しさに私は眼を瞑ってしまう。


そしてそれと同時にゴキンという骨の折れるような鈍い音が私の耳に届いた。


「バルムンクっ!!」



剣聖と拳聖の戦いが佳境を迎えるーー

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