男は脱出できるのか10
星成和貴
第10話
壁一面の本。まさか、この本の裏に扉がある?
「コウちゃん、もしかして、この本の裏に扉があるのかな?」
アユも同じことを思っていたらしく、一冊の本を手に取っていた。そして、それをアユが開いた瞬間、妖艶な女性が現れた。
俺達は突然の事に困惑していた。
そして、その女性はアユの頭を優しく撫でると、顔を近付け、キスをした。
アユは驚きで両目を見開いていた。けれど、それは一瞬で、次第にその両目からは力が抜けていった。そして、聞こえる水っぽい音。
俺は見ていてはいけない、そう思って後ろを向き、目を閉じた。
さっきの部屋では俺が新しい扉を開いた。今度はアユが?いや、まさか、そんな……。
アユに心の中で謝って、俺は振り返った。アユの乱れている姿を見たい、とかではなく、状況を確認するために。そう、だから、これは疚しいことなんかないんだ、そう思いながら。
そこにはどこからか現れた女性はいなくなっていた。そして、アユはその場に座り込み、焦点の合わない目で中空を眺めていた。その頬は上気し、息は乱れていた。
「……アユ……?」
声をかけても返事がない。不安になって近付き、肩に触れた。その途端、アユは正気を取り戻したのか、
「コウちゃん……?ち、違うの、今のは……」
と、必死に弁解を始めた。俺はそれを聞きながら考えていた。何が起こったのか、を。
俺は床に落ちている、アユが開いた本を見た。それで全てが分かった。そして、おそらくは次の部屋への扉のありかも。
「分かってる。アユ、たぶん、さっきのはこの本のせいだよ」
そう言って、アユにその本の表紙を見せた。そこには
Succubus
と書かれていた。
サキュバス。淫魔。女性の悪魔。男性の夢の中に入り、淫らなことをするらしい。
「じゃぁ、これが実体化した、ってこと?」
アユも理解したらしい。俺はそれに頷き、周囲の本の背表紙に書いてあるタイトルを見ていった。
Iron Maiden
guillotine
Grim Reaper
Poison
Clothes
Tree
Pen
恐ろしいものから、日常的なものまで様々なものがあった。だから、きっと、この中からDoorを探し出せればいいんだ。
「もしそうなら、この中からドアを探せば次の部屋に行けるんだよね?コウちゃん、頑張って探そう」
「……うん」
そして、俺達は二人で探し始めた。けれど、俺は別のものを探していた。もしかしから、ないかもしれない。だから、アユには言っていなかったもの。
Exit(出口)
もし、それがこの中にあったら、そのまま出られるんじゃないか、そう思った。けれど、なかった場合、期待だけ持たせる事になってしまう。だから、言えずに一人黙々と探していた。
そして、どれだけの時間が経っただろう、ここにはないんじゃないか、この推理は間違っていたんじゃないか、そう思ったとき、アユの声が聞こえた。
「コウちゃん、これ!」
その表紙には、Mealと書かれていた。つまりは、食事?
「その、もう長いことここにいるし、お腹、空かない?」
その言葉で俺は空腹を感じ、二人で本を開いた。
出てきたのは予想通り、二人分の食事。本音を言えば、毒でも入ってそうで怖かったけれども、空腹には勝てず、二人でそれを食べた。
「俺達、本当に出られるのかな?」
そして、満腹になった俺はつい、そんな本音が溢れてしまった。
「分かんないよ……。早く、帰りたいよ……」
アユはそう言って泣き始めてしまった。
今まで、必死に我慢していたんだろう。不安で不安でどうしようもなくて、でも、それでも今まで必死に頑張ってきた。そんなときに俺がそんな事を言ってしまったから、限界に来てしまったのだろう。
だから、本当は俺が慰めるべきなのかもしれない。けれど、そんな言葉は見つからず、視線を逸らしてしまった。
そして、その先にあったのは……
「あった……」
「え?」
「ほら、これ、Door」
「本当だ。これで、出られるんだね」
「そうだよ。これで外に!」
俺がその本を開くと、ドアが現れた。
俺はアユの手を握り、そのドアを開き、中へと入った。
扉の先は外ではなく、幅1メートルほどの、どこまでも続いている廊下のような場所だった。
俺はアユに声をかけようと振り返ると、
……
…………
………………
そこにはアユの姿はなかった。あるのは、ずっと握ったままだった、まだ温かい、手首から先だけだった。
男は脱出できるのか10 星成和貴 @Hoshinari
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