喪失感

 恍惚とした微睡みの中で、頬に触れる柔らかな繊維質をそっと撫でる。その黒髪がモゾっと動くと、彼女が顔を上げる。


「もう、起きるの?」


 まだ開ききっていない瞼を擦りならがら、そう言う彼女に僕は、顔を横に振る。


「まだ寝ていようか」


 僕がそう言うと、彼女は僕の胸に顔を埋め、再び静かな寝息をたて始める。昔から寝付きの良かった彼女が再び眠りにつくのを見守りながら、枕元の時計を見ると時刻は午前3時。まだまだ夜中だというのに、カーテンの隙間から日光の光が漏れている。


 地軸がずれてから、彼此もう3年近く経とうとしているのに、この感覚には未だに慣れない。僕の寝つきが悪くなったのもその頃からで、原因がそれである事は何となく分かっていたけど、こればっかりはどうしようもないことだ。早い所この環境に慣れなければならない。


 再び眠りに付くため、眼を閉じる。すると何処からか線香の香りがする事に気が付いた。妙に懐かしい気がして眼を開くと、蚊取り線香の上にキン斗雲の要領で鎮座する、手乗りサイズのおばあちゃんが、目の前にフワフワと浮かんでいた。


 おばあちゃんとは久しぶりの再会で、どのように声をかけるべきか、悩んでしまった。すると、おばあちゃんは徐に、ハミガキを取り出すと、その場でハミガキを始めた。その姿を見ると、僕は妙に安心した気分になり、妙にお腹が減ってきた。


 時計を見ると、午前8時。そろそろ朝ごはんの時間だ。


「もう朝ごはんの時間だよ。外に食べに行こう」


 隣で寝息を立てる彼女に声をかけた。


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