3.ジェリーフィッシュ星人、ワトソンの目的
池袋行き最終電車が出発してからしばらくして、この閃光事件による混乱は徐々に収まっていった。そして定時より15分ほど遅れて出発した東急東横線の元住吉行き最終電車をもって、ホームにいた人々は綺麗さっぱりいなくなった。
髪の一部を白く染めた被験体たちは、この不可解な出来事に苛立ちと不安な気持ちを抱きはしたものの、何より家のベッドで眠りたいという気持ちが強く、やがて鉄道会社への不平や様々な憶測をあれこれと並べ立てながら、それぞれの最寄り駅に吸い込まれるようにして消えていった。
実験の第一フェーズ、培養オペレーションが成功したというわけだ。
さて、次に私が行わなければいけない第二フェーズは、被験体同士のネットワーク醸成であった。具体的には、以下のことを行った(なお、ここからは被験体という冷たい表現をやめたいと思う。愛着を込めて、私は彼らのことをモルモットと呼ばせてもらいたい)。
①
細胞が覚醒したモルモットたちを訪問し、「閃光事件」についての説明会を開く旨を伝える。このとき私は、国が設置した「臨時危機管理委員会の外部顧問:デイヴィス」という架空の人物を装った。
②
説明会にて、集まったモルモットたちに状況説明を行い、いくつかのお願いをした。説明会の詳細については後ほど記述する。
③
説明会に来たモルモットたち同士のコミュニケーションを促す。
以上である。
おっといけない!
ここまでの記録を読み返してみて、私は致命的なミスを犯していることに気がついた。私はいったい何者なのか、そしてこのジェリーフィッシ実験の目的は何なのか、まるで記していないではないか。
ここで少し、その点について簡単に述べさせていただこう。
*
私、ワトソンは、地球から遠く188万光年離れた星雲で生まれた。人間からしてみれば、要するにエイリアンである。ジェリーフィッシュ星人とでも呼んでいただこう。我々の祖先はクラゲのようなかたちの生き物だったからだ。この実験の名称もそこからきている。
クラゲのような姿の我々の祖先は、星雲に存在するガスや光を吸収しながら、宇宙空間をさまよい続けてきた。その期間はおよそ81億年にも及ぶ。
そして今から7億年前、爆発的な進化が起こった。
何も考えずにふわふわと漂い続けてきた弱々しいクラゲは、星雲の外から到来した「3つの生命体」と接触したことを機に、驚異的な発展を遂げたのである。
この爆発的な進化の発端については、まだまだ謎が多い。しかし、到来した生命体のもつ「3種の細胞組織」が起因していることはまちがいない。我々の祖先は極めて特殊な性質を帯びたその細胞組織を取り込み、活性化させることで生存能力を大幅に向上させることができたのだ。そして実際に、「3種の細胞組織」を用いた文明の進歩は現在も進行している。
この実験の目的というのは、未だ解明されていない「3種の細胞組織」に秘められた未知の可能性を探索することにある。
私はこのトリップを通して、人間の他にも50を超える生命体に対し、同様の実験を行ってきた。それらの実験を通して得た数多くの知見は、我々の文明の発展に大きく寄与することだろう。
そして40年前、私はこのトリップの最終地点、地球へ辿り着いた。私が地球を最後の実験場として選んだのは、人間という生命体のたくましさに多大なる期待を抱いていたからだ。
私は見たいのである。人間たちが、私の生み出したモルモットたちが、与えられた細胞をどのように使い、何を求めそしてどのように発展していくのかを。
以上が、私、地球を訪れたひとりのジェリーフィッシュ星人、ワトソンの目的である。
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