第1章 誰が為にキマイラは生まれる

1.渋谷駅地下での培養オペレーション



 2018年9月22日。時刻は24時18分。曜日は土曜日。場所は渋谷駅地下の東急東横線、東京メトロ副都心線のホーム。


 人間たちはこの地下深くの空間で、セックスやアルコール、夢や理想などについて考え、思い悩み、そしてさまよっている。彼らは何かを求め、どこかへ向かおうとしている。


 彼らに何かを与えられるかもしれない、セックスやアルコールや夢や理想を。私は渋谷駅を歩き回りながらそのように思った。だからこそ、この日この時刻この場所を選んだのだ。実験の開始地点として。


 現実的な理由もいくつかある。

 まず一つに、密閉された狭い空間に多くの個体が密集しており、今回の実験の肝となる第一フェーズ、培養オペレーションを効率的に行うことができること。

 二つ目に、実験に適した比較的若い細胞を持つ健康的な個体が多いこと。

 そして最後に、渋谷駅のホームで24時という時刻を過ごす個体の多くは、そこからほど近いエリアに生息する可能性が高く、観察や保護が容易であるということ。

 以上である。


 結果から述べると、培養オペレーションは非常にうまくいった。

 対象となる被験体263体はすべて、健康を害することなく培養された細胞に瞬時に適合した。事前実験と同様、ほとんどの個体の頭髪の一部に、色素が薄くなるという副作用が生じたものの、それに伴う混乱は最小限にとどまった。眠く疲れていたのだろう、ほとんどの個体は気づかないか、気づいてもパニックを起こしたりはしなかった。

 

 ただし、やはり想定した通り、オペレーションの際に発生する爆発的な閃光は彼らをひどく怯えさせた。その時の状況を、その場で最も怯えていなかった被験体たちの目を借りて、以下に描写したい。


 その被験体の一人は、セルB-033「アシッド(酸分泌)」を培養された22歳の若い男性である。

 B-033はあまり有用性の高い細胞ではないが、彼はのちにそれを駆使して私を大いに楽しませてくれた。私は彼のことを、愛着を込めて「アシッドボーイ」と呼ぶことにしたい。


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