幼馴染みは、王子様で、私は今日、さよならを告げる。
渚乃雫
幼馴染みは、王子様で、私は今日、さよならを告げる。
彼女がさようならを告げた理由は、
愛しているから、でした。
「今、なんて」
驚いた君の目が、そこから落ちてしまいそうだ。
「大好きです」
「それは、聞こえた。その、そのあと……に」
「だけど、さようなら、って、言ったのよ」
「な、んで」
「もう、貴方に、会えなくなるわ」
もう一度、静かにそう伝えた私の言葉に、君の瞳がじわりと滲んでいく。
涙を流すなんて、格好悪いと、いつだったか聞いた演劇の台詞に、君は「泣くことの何が悪いんだ」と怒っていた。
キラリ、と君の涙に陽の光が反射する。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
自分の言葉で好きな人を泣かせているくせに、涙で透き通ってしまいそうな綺麗な水色の瞳から、目が離せない。
彼を泣かせたことが知れ渡ってしまったのならば、私は、夜道で背後から襲われるのかもしれない。
何故なら、今、私は、この国の、皆に愛されている王子に、さようならを告げているのだから。
花と緑が豊かなこの国は、長いこと戦争や、国王を巡った権力争いなどもすることはなく、国民も、平和な日々を過ごしている。
そんな国に生まれ、国の名産でもある色とりどりの花を育てている私は、しがない花農家の娘で、ある一部を除けば、ごくごく一般的な国民だ。
「……どうして?僕は今、ずっと好きだった君に、はからずも告白されたばかりなのに…なんで、さよならなんて言うのさ」
「……愛、しているわ」
「それなら、何で」
「私は、ただの国民の一人でしか、過ぎないのよ」
拒絶するように言った私をじっと見た青年、ダニーこと、この国の第二王子のダニエルが俯き、彼の金色の髪がサラ、と動く。
陽の光を浴びて輝く色は、いつ見ても綺麗で、この国が放つ光のようにすら、思える。
何故だか父が王と親しかったこともあり、しがない庶民の私は小さな頃から、ダニーと過ごす機会が多かった。
権力を振りかざさず、優しい人たちが多いこの国の王族に囲まれて育ったダニーは、心優しく聡明で、少しおっとりとしていて、お后様譲りの美貌を持つ。
剣術が得意な第一王子のお兄様と違い、身体の線は細いけれど、ダニーは弓術がお兄様よりも得意で、音楽や芸術を好む。
兄弟どちらとも城下によく顔を出し、皆に慕われて、あわよくばお近づきになりたい、と考える女子は少なくないだろう。
そんな思惑から逃れるためなのか、ただ単に幼馴染みだからなのか、は分からないけれど、ダニーは何かと私と、もう一人の幼馴染みロベルトの暮らす地区へとひょっこりと現れる。
何をするでもなく、私の畑作業を眺めていたり、時々、突然手伝いたがったり、歌を歌ったりするダニーの姿を見るのは好きだし、ずっと眺めていたいと思う。
何の知らせもなく、何日も姿を見ないと不安になるし、とても会いたくなる。
彼の声も、彼の笑顔も、泣き顔も、全てが大好きで大切な私は、だいぶ、ダニーが好きなのだと思う。
けれど、私は忘れてはいけない。
ダニーは、たとえ幼馴染みであっても、この国の第二王子ダニエル公だということを。
「ダニーに、縁談?」
「そうなのよぉ。隣国のお姫様らしいんだけどねぇ!それがーー……」
少し前に、花の収穫作業をしていた時に、井戸でばったりあった近所のお母さんが、楽しそうな顔をしながら自分が聞いた話をそこにいた人たちに話していた。
数ヶ月前に、第一王子であるお兄様のご婚約が決まったばかりだ。ダニーにそういった話があがっても、おかしな話では無い。
ましてや、あの見た目と、物腰の柔らかさだ。
お相手のかたも、すぐにダニーを気に入るに違いない。
そうなったら、私は、もう彼をダニー、と気軽に呼ぶことすら、許されなくなる。
誰かに言われて、諦めるくらいなら、自分でケジメをつけて諦める。
そう決めた私は、あの噂話から数日後、ふらりとやってきた彼に、ついさっき長年の想いを告げた。
『大好きです』
たったそれだけの言葉を告げるのに、心臓が破裂しそうだった。
ずっと想い続けてきたから、簡単になんて言えなかったし、ましてや、じいと見つめると「どうしたの?」なんてすぐに気がついて私を見るから、覚悟が揺らいでばかりいたけど、何とか、言えた。
大好き。
大好きよ。
愛してる、に近いのかも知れない。
貴方が幸せになってくれれば、それでいいの。
私の想いが叶わないこと。
こればかりは、仕方のないこと。
だって私は、ただの一般的な庶民、なのだから。
「ただの国民、って、何さ」
「……ダニー?」
俯いた彼の声が、少し震えている。
どうしたのだろう、と様子を伺うためにほんの少し伸ばした手が、自分よりも大きな掌に掴まれ、グンッ、と引っ張られる。
「わっ?!」
思わぬ事態に崩れたバランスに、前に転びそうになった私の視界いっぱいに映ったのは、見覚えのある服と、ほんの少しの甘い匂い。
「っ?!」
驚いて声が出なかった私の身体は、あの細い腕でよくそんな力があるな、と思うくらい強めに、彼に抱きしめられる。
「っダニー、痛い…!」
「あ、ごめん」
小さく謝った彼の腕の力は少し緩くなったものの、離してくれる気配はない。
「あの、ダニー」
もぞ、と動き、目の前にあるダニーの肩の上あたりにどうにか顔を動かして彼を呼ぶものの、反応がない。
何がどうなって、こうなった。
軽いパニック状態の回らない頭で考えてみても、全然、答えが見つからない。
どうしたら………!
そう考えている私に、「ねえ」と彼が小さく呼びかける。
「僕に、縁談の話がきたことは、知っているかい?」
ドクン、と心臓が大きくはねる。
「知って、る」
知っているからこそ、想いを、告げたのだ。
「そう……」
キュ、と一瞬また腕の力が強くなったけれど、ふいにグイ、とダニーが私の腕を掴んで自分の身体を離す。
「ダ、」
「聞いて」
真っ直ぐに、私の瞳を見たダニーの手が、腕から離れ、私の手へと移る。
「君に、聞いて欲しいんだ」
そう言ったダニーが、私の片手を持ったまま、スッ、と片膝をつく。
「父上も、母上も、兄も、皆、承知している」
「…ダニー……?」
立ち尽くした私を、私が育ててきた花畑を背に、片膝をついたダニーが見上げる。
彼は、何を、している。
彼は、何を、言っているの。
キュ、と私の手を掴んだ手が、ほんの少しだけ、震えている。
「ずっと、僕の傍にいて」
さっきまで、涙に濡れていた水色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
何よりも、聞きたかった答え。
聞いてはいけなかった、答え。
この先は、聞いてはいけない、答え。
だけど、本当は
「君じゃなきゃ。君とがいい。ううん、違う。君じゃなきゃ、駄目なんだ。君が、誰かのものになるなんて、耐えきれない」
私だって、揺れる金色の髪も、水色の瞳も、誰かのものになんて、なって欲しくない。
「僕の、奥さんになって欲しい」
「……っ」
「さようならは、僕らの命が尽きるときまで、とっておくよ」
そう言って、微笑んだ彼を見た私の世界は、もう、涙で滲んで、うまく見えない。
「泣き虫な君も、へそ曲がりな君も、優しい君も、全部、愛しているよ」
柔らかい声色のあと、手の甲に彼の唇が、触れた。
私がさようならを告げた理由は、愛しているから、だったけれど。
どうやら、彼とのさようならは、
もっと、ずっと後のこと、のようでした。
幼馴染みは、王子様で、私は今日、さよならを告げる。 渚乃雫 @Shizuku_N
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