第五章7  『悪鬼羅刹と正義の英雄』

「では、次に問う。略奪テイカーに外道の中に取り込まれていた間、思考や感情を常に監視していたが――やっている行動も思考も、破綻していた」


 ――ソフィアは究極の一振りManMadeMan

 として桐咲と切り離されるまでの間

 桐咲の魂と一体になり、彼の魂を維持していた。

 これは受肉と引き換えの契約。

 ソフィアの意思ではなく契約による行為。


 この世界で桐咲を理解しているのは、

 ミミとソフィアのみ。

 ――ソフィアは言葉を続ける。


「フランシスという狂人がいたな。外道はあいつを殺すときはに喜々として殺人を行っていた。私には分かる。外道は相応しくもなく、好意を持ってしまったプルート、アストラ、ティティアを苦しめた男を許せなかったのであろう。だからフランシスを殺す時には罪悪を感じることなく殺せた」


 う る さ い


「また、人の命を自分の享楽のために面白おかしく奪っていた悪剣遣いのへパイトスという男を殺す時もそうだ。外道は――喜々として殺しを行っていた。滑稽にも殺人者であるあなたがまるで、悪に誅を下す正義の英雄のごとく心が躍っていた」


 だ ま れ


「矛盾はないな。それが僕の殺人鬼としての性根だ。悪人だから喜んで人間を殺す。一つも不思議なことなどないじゃないか」


「いいえ。一方、プルートを殺す時には嫌々殺しをしていた――。いまにも逃げ出したくて逃げ出したくて仕方が無い気持ちで、それでもプルートという善良な罪のない男を殺した――マスターと同じように!!」


「……」


「外道。貴様は一体何なのだ? 何がしたいのだ? フランシスのような狂人や、面白おかしく殺人を犯すへパイトスは喜々として殺した。一方で善良なマスターや、プルートを殺す時には嫌々殺しを行う。そもそもなぜアストラという男と、ティティアという女は殺さずに見逃した」


 … …


「その外道の判断が――武力国家帝政テスラを生みだす引き金になった。桐咲――貴様はいったい何がしたかったのだ?」


「リスクに見合わない不要な殺しは行わないだけだ。それ以外の意味はない。僕は第零課正史編纂室としての職責として――異世界転生者を殺すだけだ」


「喜んで人を殺すと偽り、職責だから殺したと偽り、自分は悪人だとうそぶきながら殺した後に絶望する。その結果が右上腕にあるだ。外道の本当は一体どこにある?」


 か ゆ い か ら

 か き む し っ た だ け


「そんなに殺すのが嫌なら……そんなに辛いなら殺しなんてやめればいい。外道がやめたところベオウルフなり、別の人間が解決するだろう。嫌ならば今からでも逃げ出せばいい。そんなに心が苦しいのならば自殺でもすればいい――私はミトスフィア・ミーリア女史よりあなたに助勢するよう命じられている。自殺を望むのであればその手伝いとして――介錯くらいはしてやろう」


そんな方法で死ぬことで楽になろうとは思わない。――それこそ殺めたものに対する最大の冒涜だ」


「そんなに辛くて心が折れそうだというのならこれを使えばいい――」


 刀剣の召喚――。


 ソフィアの能力により悪剣カースドエッジが一つ夢剣オートマトンが桐咲の目の前に放り投げる。一度鞘を抜けば意識のないまま、抜いた者の目的を遂げるという――剣。


「そんなに殺すのが辛いなら――嫌なら、その夢剣オートマトンを鞘から抜け。良心の呵責を感じることもなく、善良な人間を殺すことに罪の意識を覚えることもない。中途半端な外道には最も相応しい剣だ」


「その剣は――受け取れない。人を殺めた人間が罪を背負わずに罰も受けずに安穏あんのんと過ごすことなど許されはしない」


「ふむ。この夢剣オートマトンの存在を否定するか。苦しみに耐えられるだけの精神を持たない外道が否定するか。つくづくツマラン存在だな――貴様! 我がマスターやカッツェを殺めた存在がこのような出来損ないで中途半端な存在だったということが――何より許せない、認められない事実だ!!」


 ソフィアの感情が爆発する 


「――悪鬼羅刹にもなり切れず、かといって正義の英雄にもなり切れない。つくづくあなたは度し難い。このような半端者に殺された者達の無念はどうやって晴らせばよいというのか」


 桐咲はソフィアの言葉に応えない。

 ――答える言葉を持ち合わせない。


「自分自身の美という世界に囚われた歪んだ価値観を持った狂人フランシス。あの者は明らかに狂っていて壊れていた。だが、自分が殺すことに明らかな意味があると心から信じていた。悪とはそういう物だ。貴様は『嫌だ僕は殺したくない』と思いながらそれでも殺す。自傷癖が出るほど罪の意識を抱えるほど嫌ならば――なぜ殺したのだ? そんなに殺したくないのならばただ、殺さなければいい。罰ゲームで嫌々殺したくもないのに殺された者の気持ちの行き場はどうすれば良い!!!!」


「理由は、ある」


「桐咲――もし自分を英雄だと自称するのならば峰岸亨もプルートも『』と胸を張って言い張れ。もし悪だと自称するのであれば峰岸亨もプルートも『』と言い切れ!」


 ――。


「もし貴様がそのどちらでも無いというのであれば……いますぐこの場から立ち去れ。このままどことなりと逃げ果て――普通の人間として真面目に生きろ」


「それは……それだけはできない。約束なんだ。僕はそのために生きている。ソフィア――お前には分からないことだ」


「最後に貴様は殺人の責をミトスフィア・ミーリア女史に押し付けるというのか。『』のだと」


「違う――殺しの罪は全て僕のものだ。ミミは関係ない。僕がミミを利用しているだけだ。だから罪に対しての罰を受けるのも僕だけだ。彼らを殺す決断をしたのは僕の意思だ」


「戯言を言うか。外道がどうするかの結論は明朝まで待つ――今後の身の振り方をどうするかは自分自身で決めろ」


「……」


 ――ソフィアは無言の桐咲を一瞥し

 見切りをつけ、部屋から出て行った。


 そして部屋は再び静寂に包まれた。

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