第五章4  『爆心地ゼロ距離地点』

 メギドの矢核分裂反応弾――爆心地0km地点グラウンド・ゼロ


 ある黙示録信奉者はその

 まばゆいばかりの光を神の降臨と考えた


 ある夢想家は空から

 太陽が落ちてきたのだと考えた


 現実主義者は自分が

 失明したのではないかと考えた


 ――マッチ一本擦るつかの間の思考。

 それが彼らの最後の思考。


 とりとめない一瞬の思索の後に

 爆心地0kmの人々は蒸発し


 ――消滅した


 だが――彼らはまだ幸いだったのかもしれない……。

 そのが何かを知らずに済んだのだから。



 メギドの矢核分裂反応弾――爆心地1km地点



 人々は天を覆う、まばゆい光を見た。

 ある種の神々しさを感じた次の瞬間


 ――とてつもない突風が巻き起こった


 目に入った砂ぼこりを取るために

 顔をぬぐおうとした者はある違和感に気付く――。

 ぬぐおうとした服にべったりと溶けた

 ラクレットチーズが塗りたくられていた。


 否――。それは溶けた自身の顔の皮膚。


 「熱……熱…あつぃ……熱いぃいい!!!!」


 人々は数秒の後、その自身が

 あびている突風が、とてつもない

 灼熱の嵐であることに気付く。


 気づいた人々は我先

 に川や湖に飛び込んだ――


 だが、一瞬のうちに川の水は沸騰し、

 水の中に入った者たちは全身の火傷と

 次々とおいかぶさる人の重圧の中で

 溺死、圧死していった。


 それはまるで地獄の釜に

 自ら進んで入らんとする

 地獄の光景であった。


 人々が救いを求めた川や湖は

 真っ先に死で多い尽くされていった


 爆心地から逃げ延びその先で

 水を飲んだ者もその後、息絶えた。

 既に全身火傷――皮膚呼吸ができない

 手遅れの状態だったのだ。


 炎で燃え盛る街の中――顔や腕を

 チーズのように溶かしながら

 声にならない声を発しながらさまよう人々


 木造の家屋は更に火の勢いを増すばかり

 ――人々は隠れる場所を失った


 パンドラという少女はこの静寂をもたらした存在に感謝した。彼女の元いた世界でも観測することができなかった濃密な静寂。それがこの世界には存在している。


「これが静寂――この世界における死」


 少女は聴いた。

 街を覆う――悲鳴……嗚咽……絶叫……

 

 人々の苦悶の声、怨嗟の声、悲鳴、奇声、怒声、罵声――その全てコーラスに少女は聴き入った。パンドラという少女にとってそれは讃美歌であった。


「素敵な贈り物をくれた方に、御礼をしないといけないわ」


 ――少女は慈愛の微笑みを浮かべつぶやいた


 ◆◇◆◇

 ニコラ国覇道王カイザルガレス王室


「謹啓、謹んで申し上げ奉る。覇道王カイザルガレス陛下――。機巧整備兵長から緊急入電! メギドの矢核分裂反応弾はヘルメス中心部に着矢ランディングしたとのこと!」


「当然だ。だが、あの一撃だけで戦争は終わらんよ。中心部にあるのは商業区、国全体としての損失はまだそれほどではあるまいよ。続けて――メギドの矢核分裂反応弾を三つ放つ」


然ししかし――」


 思わず覇道王カイザルを静止しようと

 する言葉が口をつきそうになるが自制する。


覇道王カイザル。着矢座標の指定を――」


 この忠臣は、知っている。

 覇道王カイザルガレスが

 自分の力を誇示するためだけに

 殺戮を行う人間ではないことを。

 この虐殺は――自衛なのだと。


 理解は及ばぬが、覇道王カイザルガレスはパンドラという少女をそれほどの脅威と見積もっているということだ。


「指定座標は西の政庁、南東の工業地帯、そして――北のパンドラが坐する聖堂教会だ。政治、商業、工業、宗教その全てを破壊する」


 一旦、間をおいて言い放つ


「――まだ勝敗は決してない。各員最大限の警戒をもって対応に当たれ」



 ガチリッ――



 再び永世中立国ヘルメスに向け

 三本の炎の矢が放たれた。

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