第四章4  『ソフィアの収監』

 イリアス国教会――第零課正史編纂室にて


「転生者プルートの暗殺をもって、執行猶予しっこうゆうよつきだけど一時的にでも教会に戻れたのはラッキーだったね」


「そうだね。ミミも忌書ネクロノミコンという奴の解読には教会の施設が必要だったんでしょ。執行猶予しっこうゆうよの条件付きでも万々歳だ」


「うん。それもあるけど。今はスリーエムの完成の方が優先度は高いかな」


「スリーエム?」


「そう。転生者へパイトスが未完に終わった究極の一振りManMadeManの完成は教会じゃないとできないから。きーちゃんを守るための――刀」


「きーちゃんにはこれからしばらく、一人で行動してもらわなくちゃいけない」


「ミミと別行動を取ると言うことか?」


「そう」


「なぜ――?」


「ミミがこの教会に戻るのを許されたのは忌書ネクロノミコンの解読のため」

 

 忌書ネクロノミコンの解読は

 桐咲禊の恩赦の条件でもあったが、

 ミミはあえて語らなかった。


「ミミ一人を残して教会から出るなんてできない。ミミの安全が保障できない」


「きーちゃんありがと。だけどそれは大丈夫かな。へパイトスの残したメイドさん達一刀十傑衆がミミを守ってくれるから」


「でも……」


「ミミは大丈夫。気持ちだけは嬉しい――だけどきーちゃんとミミが優先すべきことはソレじゃないよね?」


 ――無言で首を縦に振る


「そうだね。今更確認なんて必要なかったね。そのためにきーちゃんにはまだ――修羅の道を進んでもらわなくてはいけない」


「覚悟は――できている」


「きーちゃんの覚悟は知っているよ」


 ミミの心配を解くのは難しそうだ。

 ――僕はスリーエムの方に話を戻す。


「ところで、スリーエムというのは完成したのか?」


「ミミの方でのスリーエムの最終調整は終わったよ」


 スリーエム――。ミミを成長させた

 ような容貌ようぼうのミミと鏡写しの美しい人形 

 もっとも、ミミはハーフリング族なので

 これ以上成長しないのだけれども。


「これが、そうか」


「そう。あとはソフィア万能の司書の魂をバベルの図書館アカシックライブラリ経由で移植して、神槌エンチャントでその魂を固着受肉させるだけ――」


 一旦、間をおいて言葉を紡ぐ


「そのまえに――きーちゃんはこのを飲んで」


 レッド・タブレット末期発狂制御剤

 精神錯乱に陥った狂人に

 与えられる強力な精神抑制剤。


 この教会に入信当初、

 なことをする前に飲まされた

 あの――赤いタブレット


「それは、必要ない」

 

 恐怖――。意識が溶けるあの感覚。

 いやだいやだ――のみたくない。


「きーちゃん。ミミを信じて、お願い飲んで」


「分かったよ。ミミ」


 ミミから渡されたグラスの水で

 レッド・タブレット末期発狂制御剤を飲みこむ。


「それじゃ儀式魂の固着をはじめるよ。きーちゃんとのはじめての共同作業だね」


 *******************

 接続アクセス――バベルの図書館アカシックライブラリ

 照会―リファレンス封印されし万能の司書バイブル・オヴ・アレイスター

 破壊クラック――七つの天の牢獄壁セブン・ウォールズ

 収監―インカーネーション万能の司書を肉の牢獄へフォーリン・トゥー・マン

 創生バース――其の刀は究極の一振りソード・オヴ・ソフィア

 *******************


「きーちゃんお願い――神槌エンチャントを!」


 ――神槌エンチャント



 突然目の前が暗くなる。

 目の前の空間ががゆがむ。

 くらくらする。ぐるぐるする。

 なんだ――これは。

 頭の中の誰かが問いかける。



 なぜ峰岸 亨を殺した桐咲 禊。

 なぜカッツェを殺した桐咲 禊。

 なぜプルートを殺した桐咲 禊。

 なぜ■■■を殺した桐咲 禊。

 なぜ■■■■■■■桐咲 禊。

 なぜ■■■■■■■■■■。



 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 殺した殺した殺した殺した

 おまえが――死ね、桐咲禊



「おええぇ――」


 失態――。


 レッドタブレット末期精神制御剤

 腸内で完全に吸収仕切る前に

 吐き出してしまった。

 脳内の声は大きくなる――。


「いけない。エリス――手荒な方法でも構わない。きーちゃんの意識を止めて!」


 メイドミミの護衛頸中けいちゅうへの強烈な当て身

 ――ブラックアウト。

 そこで意識が途絶えた。


 


 ◆◇◆◇


 どれだけ眠っていたのだろうか。

 第零課正史編纂室で目を覚ました。

 腕には点滴のケーブルが繋がれている。


「きーちゃん起きて」


「おきてるよ」


「そう。よかった。きーちゃんはもう限界だね」


「大丈夫だ。問題ない」


ソフィア究極の一振りが受肉したいま、きーちゃんの魂は誰も守れない」


「大丈夫だ。問題ない」


「きーちゃん……」


 ミミは目の前の男の姿に

 思わず涙がこぼれそうになる。

 許されない――そんなことは。


「大丈夫だ。問題ない」


「きーちゃんはここで降りて――ミミだけでも、やれる」


「ミミ――心得違いをするな。やりたくてやっていることだ」


「分かった。信じる――でもタブレットを飲むことだけは忘れないで」


「分かっている――」


 いったん間をおいて僕は答える


「でも。この脳の状態では糸はうまく操れそうにないな――」

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