第二章2 『英雄譚殺し』
朝起きて早々驚愕の情報が耳に入った。
「きーちゃん。ベオウルフが昨晩のうちに悪剣遣いの5人のうち3人も殺しちゃった。残りは2人しかいないよ。どーしよう……」
暗殺対象を狙うのは早い者勝ちだとは聞いていたが、さすがにミミから聞いた翌日に暗殺対象5人のうち3人を殺されるとは想定していなかった。
残るは
それは、もしかすると暗殺対象二人を殺るよりも大変なことかもしれない……。胃がキリキリする。それは同じ教会の司教級暗殺者ベオウルフが狙っている”悪剣遣い”の横取りを容認してもらうことだ。
司教級暗殺者ベオウルフとぶつかりあうことだけは絶対に避けなければならない。
◆◇◆◇
教会内の司教級暗殺者ベオウルフの自室
暗殺者とは思えぬド派手なたたずまい。腰の左右にはファルシオンとバゼラード。背中にはクレイモアとバスタード――。どれも両手持ちでないとまともに扱えない重量級の武器の数々。その異様な姿から彼は
外側からは見えないが服の内側にも投擲用ダガー、爆薬等々……。ありとあらゆる武器や暗器を隠し持っている。
彼の周りにはさまざまな
彼を題材とした英雄譚を執筆している小説家もいるようだ。だが、彼がなかなか死んでくれないのでいつまで経っても出版できないという悲しい事情を聞いたことがある。
また、本来一国をまるごと買い上げられるだけの金を稼いでいながら、彼がなお闘いの場に身を置くのは
一つ彼の人間性を伝えるエピソードを紹介しよう。
彼はとある
生ける英雄譚ベオウルフ。あまりにも破滅的なその生き方から彼は
死後に粉飾されて伝えられてきた過去の
そんな彼がこの教会で暗殺者の真似事をしている理由は――金のためである。司教級暗殺者としての姿が本質なのか、それとも傭兵の姿が本質なのかは誰にも分からない。いずれにせよ、彼にとっては
「――そんな人に対して僕が何を話せっていうんだ、ミミ」
胃をキリキリさせながら彼の部屋に向かう。
「おー。桐ちゃん。遊びにでもきたのか?」
随分と軽い英雄だ。これでは――
「ベオウルフさんに折り入ってお願いがあるのですが」
「かーたくるしい敬語はやめろよ。俺と桐ちゃんの仲じゃねーか」
いや。僕は普段まったく交流は無いのだが……。
「は……。それでは、ベオウルフさんが現在手掛けている“悪剣遣い”の暗殺対象の残り2人を僕に譲ってくれませんか? これは第零課正史編纂室のミトスフィア・ミーリアの正式な依頼と考えて下さい」
「んー。あの教会きっての
「ベオウルフさんなら、僕の立場は理解しているはずです。もし僕に譲っていただけるのであれば、第零課正史編纂室として正式にその対価を払う準備もあります」
「ほう……。いいだろう。冥途の土産に話だけは聞いてやろう」
――この男の冥途の土産と言う言葉は笑えない。正直肝が冷える。僕は言葉を続ける。
「ベオウルフさんは武器集めが趣味の一つですよね。もし2人を譲っていただけるのであれば
僕はふところから交渉用に持ってきた短剣を取り出――そうとする前に、既にベオウルフに奪われていた。呆れるほどの手の速さである。
「ありがとよ。短剣は俺の趣味じゃねーが桐ちゃんがそこまで言うなら
そこまで桐ちゃんが俺にタダで貰って欲しいって懇願するならさすがに無下にはできねぇわな。気にするな。友人のよしみだ。貰ってやる!」
懇願していないし友人でもないし盗まれた。
ミミが関わりたがらない理由がよく理解できた。
「さすがに貰うものを貰っておいて、手ぶらで返すのも桐ちゃんの上司に申し訳が立たねぇな。どうだ俺と競争してみないか?」
「競争……ですか?」
「そうだ、一対一の
いや、それは現在進行形で僕の所有物なのですが……。
盗人
「承知しました。それではその条件でお願いします」
「俺は
結局ミミからの『暗殺対象二人を譲ってもらうように』という命令は果たせなかった――。僕は重い足取りでミミの待つ第零課正史編纂室に報告に向かった。
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