2-10 永久機関
魔王、黒ずくめの魔術師――ノルマンド、そして町へと襲い掛かる魔物の群れ。対処しなければならない敵は多い。
ノルマンドと魔王を早急に倒し、町の防衛に向かう必要がある。
ここでもたもたしている暇はない。
(最短で魔王を無力化して、黒ずくめを叩く)
魔王の生命力は伊達じゃない。両腕を落とされようとも、しばらくは活動を停止しない。
だが攻撃手段さえ狭めてしまえば、脅威レベルは格段に下がる。
一撃一撃が軽々と人体を吹き飛ばすものでも、動きが単調になれば回避は容易だ。
魔王を支配するという常識外の出来事に驚いたが、魔王自体は冷静に戦えば倒せない相手ではない。
強敵には変わらないが、フェンリットはかつて嫌というほど相手にしてきた。
「
両手の指に嵌められた
いくつかの術式が込められたこの
複数ある術式のうち、一つを展開する。
「
握りしめた拳を起点に風の短剣が生まれ出た。ジャマダハルのような形状の刃は高速で振動し、空を切る甲高い音を発している。
「なるほど、やはり聞いていた通りか」
「……、」
ノルマンドはその姿を見て笑みを浮かべ、魔王はそれを合図に動き出す。
フェンットは無言でその様子を眺めながら、次なる術式の行使へと移る。
数ある戦闘スタイルの一種。
冒険者が他者に自分を売り込むときや、書籍などで表現する際に使われる言葉だ。
その真骨頂は、魔抗力の高い相手にこそ発揮される。
魔術によって身体能力を強化された普通のパンチと、魔術によって引き起こされた現象による攻撃。この二つのうち、魔抗力の高い相手に与えるダメージが多いのは前者である。
魔抗力という『目に見えないステータス』に左右されない力。
とはいえ、魔王というのは総じて肉体強度が高い。無論個体差はあるが、このタイプの魔王は魔抗力よりも物理耐性が高いとフェンリットの経験が語っていた。
そんな魔王を倒すため、
魔王は一心不乱に突き進み、攻撃圏内にフェンリットを収めた。
平均的な人間一人分ほどもある巨大な腕。
常人が受ければ弾け飛んでしまうほどの威力を持つ拳。
それが、ただ振り下ろされた。
魔王の拳が
怪物は一瞬フェンリットを見失うも、即座に気配を捉えて真上を見上げる。
魔王の視力は並大抵のものではないが、同時に魔力感知能力も優れている。近接格闘において、魔王の不意を衝くことはほぼ不可能に近い。
だが、そんなことはフェンリットも知っていた。いまさらその程度で焦りはしない。
土煙で視界不良になりつつも、真下の魔王の左肩へ狙いを定める。
遅れて右腕で応戦しようとする魔王を無視し、
落下の力をも利用した攻撃は、しかし肩を切り落とすまではいかなかった。やはり魔王の魔抗力は並大抵ではない。簡単な汎用の術式では傷口を作るので精一杯だ。
そして、フェンリットはそれも想定済みだった。
着地した彼を追うように薙ぎ払われる剛腕。それに対し、フェンリットは全力で自身の身体を強化して
人間とは比べ物にならない膂力を誇る怪物の拳と、追いすがるように肉体を強化した人間の拳が激突した。
大きく体勢を崩したのは魔王の方だった。
ビリビリと痺れる腕をこらえ、フェンリットは術式を放つ。
「――
魔術によって生み出された無数の風の刃が、掌を起点に射出された。狙いはさっきつけた傷口。一度の攻撃で切り落とす事が出来ないのなら、何度でも攻撃すればいい。
フェンリットが
理由は単純。魔力量と適正、そしてひたすらの反復練習によって、下位の術式でありながらも高火力を叩き出せるからだ。
だから、単発でしか術式を作動できない
――とはいえ、それだけが理由というわけでもないが。
鋭い風の刃が連続して傷口を抉っていく。寸分違わず狙い撃ちされ、痛覚を感じないはずの魔王も悲鳴のような怒声をあげた。
《あの男は手を出してきませんね》
魔王と戦いながらも、フェンリットはノルマンドから注意を外すことはなかった。しかしどうやら、今は手出しをするつもりはないらしい。
油断によるものなのか、はたして。フェンリットに魔王を倒す事が出来ないとでも思っているのなら、それは大きな間違いである。
(ああ。こちらとしてはありがたい限りだ)
魔王には『自己修復能力』備わっている。というのも、辺りに散らばる瘴器を集めて傷口を再構成するのだ。
どんな傷でも一瞬で修復するわけではない。その速度は瘴器の滞留量によって変わっていくが、基本徐々に、しかし完全に回復する。
チマチマ攻撃していても、そのたびに再生されれば戦いは終わらない。それこそ、ノルマンドも同時に相手取るとすれば、その間に魔王に再生されてしまう。
瘴器がなくなるのを待つ耐久戦という選択もあるにはあるが、町の防衛の事も考えると良い策とは言えない。
ならば、修復が間に合わないくらい高速で攻撃を叩き込めばどうなるか。
――風の刃に完全に切断された黒い剛腕が、重々しい音と共に落下した。
「まずは一本目」
完全に切断されたことで、魔王の腕が再生するには相当な時間がかかるはずだ。落下した腕は霧散し、次なる腕を瘴器で象られる前に決着を付けよう――そう思っていた時だった。
「それではだめだぞ、候補者」
ノルマンドが嗤いながら言った。
「その魔王は特別性だ」
「――あ?」
フェンリットの口から呆けた声がこぼれ出た。
彼の視界の先には、片腕を断ち切られた魔王が立っている。その魔王の身体に異変が起きていた。まるで沸騰したお湯が泡を吹きだすように、魔王の傷口の断面が黒く蠢く。直後、傍らに落ちていた腕がギュルンッ‼ と動き、断面と接合された。
「なっ、は……?」
目の前の現象に、頭の中で空白が生まれる。
魔王の自己修復能力にあそこまでの速度はないはずだ。
しかし、現実として目の前でそれを再現された。フェンリットが切り落とした腕は完全に元通り。何事もなかったかのように、肩から繋がっている。
その速度は、フェンリットの知る常識の数倍以上。
冗談抜きで、身体が一瞬硬直する。
これは完全に想定外だった。
「どうした候補者。もうお終いか?」
ノルマンドはにやにやとした笑みを浮かべる。
「立ち止まっているだけではただの的だぞ。なぁ?」
魔王が大口を開いてフェンリットへと向ける。その口前に、漆黒の魔法陣が輝きだした。
魔王にのみ扱える、瘴気を用いた術式――瘴術だ。
言葉も出ないまま、フェンリットは全力でその身体を真横へと投げ出す。
奇怪な音が轟いた。あらゆる負の感情、憎悪や怨嗟、恐怖や絶望などが全て混ぜ込まれたような、嫌悪感の湧く耳が痛くなる音だった。
魔法陣から飛び出したのは、絶大なる威力を誇る破壊の光線。直前までフェンリットがいた場所を、黒の破壊が通り抜けた。
それだけにはとどまらない。
魔王は破壊の光線を吐き出したままにフェンリットを追随した。
追いかけるように薙ぎ払われる黒い光線が、周囲の景色を破壊していく。
木々は一瞬で枯れ果て死滅した。体内の魔力を失ったのだ。あれに直撃すれば、フェンリットの魔力も壊され枯れ木のように死に行くだろう。
「くっ、おォォォおおおおおお‼‼⁉」
フェンリットは全力全速で術式を演算。右方向から迫りくる瘴術と自身の身体の間に、半透明の対術障壁を展開する。
甲高い音と共に二つが激突し、一瞬で障壁が破壊された。その間に、フェンリットは次にとる行動を選択する。
空中に逃げても、上を向かれるだけで瘴術にぶち抜かれる。空中機動するための術式リソースが勿体ない。
となれば、このまま左方向に回り込んで接近、攻撃を仕掛けるしか術はない。
ガラスの様に粉々になった障壁には目もくれず、フェンリットは瘴術から逃げるように走りながら魔王との距離を詰める。
瘴術を使うには瘴器を消費する。これだけ惜しげもなく瘴術を使ったのだから、周辺の瘴器の量は大幅に減っている。肉体の修復に手間取るはずだ。
フェンリットは周囲の風器を大量に消費し、膨大な魔力を注ぎ込む。術式の展開起点は右手の掌に、彼は魔王とゼロ距離まで隣接。その掌を押し付け、彼は叫ぶ。
今の彼の、最大限界の魔術の術韻を。
「
押し付けられた掌から暴風が吹き荒れた。
旋回する魔術の風が周囲に存在する
その軌道上にはノルマンドの姿もあった。あわよくば二人まとめて撃破――そんな1パーセントもあるかないかの可能性も想定していたが、ノルマンドは気を失ったアマーリエの首根っこを掴み、楽々と回避してしまう。
「チッ」
頭は痛いし身体は重い。フェンリットの身体を、さっそく弊害が蝕み始めていた。その体質を忌々しく思いながら、彼は魔王から距離を取る。
ノルマンドも同時に倒す目論見は外れたが、第一目標は魔王である。
黒い巨体はほとんどがなくなり、薄皮一枚でつながっているような状態だ。それこそ、強風に吹かれれば飛んで行ってしまいそうなほどに。
完全消滅は無理だったが、これだけの損傷を与えている。修復のために必要な瘴器は、奴自身が瘴術で大量消費している。
「これで修復は無理……だ、ろ……」
――修復していく。
体の大部分を無くした魔王は、それでも身体を
まるで、あるべき姿へと返るように。
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