1-4 到着
ピクリとも動かなくなった頭領を見下ろす。完全に気を失っているのを確認してから、うつ伏せの身体をひっくり返した。
焦げ茶色のジャケットを脱がすと、目についたのは十字型のアクセサリーだった。
間違いなく、これが魔獣阻害を起こしていた
「一体いくつの術式が込められているのか分かりませんが……製作者は相当悪趣味ですね」
同時に、相当な実力者でもある。
フェンリットは鉄製の十字を懐にしまってから、小さく息を吐いた。
「――とりあえず」
辺りを見渡せば、戦いは収束していた。
アマーリエもアリザも無事。倒れているのは薄汚れた格好の山賊達だけ。犠牲者を出すことなく、ことを
終わらせるに至ったようだ。
「彼らは……どうしたものか」
倒れている山賊達を眺めて呟く。
荷物になるのは確実なので、自分たちで街に運ぶという選択肢はない。しかしギルドに突き出せば、それ相応の報奨金が貰えるのは確実だ。
ただし放置すれば、気を失っている間に魔物に捕食される可能性もある。
「僕が決めることではない、か」
運ぶにしてもキャラバンの荷台は必要だし、自分一人だった場合は確実においていく。考えるのをやめて、キャラバンのほうへと振り返る。
「フェンリット」
竜者の荷台から下りたシアが、フェンリットのもとに歩み寄って声をかけた。
「お疲れ様です。身体は鈍っていないようですね」
「うん。こう言っては何だけど、いい運動になったよ」
フェンリットにとってこの攻防は、軽い運動くらいの認識でしかなかった。とはいえ奇襲の成功や、敵の手札が容易に見破れた事も要因としては大きい。知っていることを知らせるだけで簡単に動揺してくれたからだ。
それを抜きにしても、体術に心得のあるフェンリットは難なく倒しきる自身もあったが。
「さて、一件落着とは言ったものの……」
二人の姿は未だに注目のさなかにあった。
無理もない話だろう。なにせ新人冒険者だと思われていたのに、本来護衛として就いていた三人をも圧倒する戦いを繰り広げたのだ。
冒険者ギルドの等級とは、あくまでギルドに所属してからの指標に過ぎない。言ってしまえば、ギルドからの信頼度の証明でしかないのだ。戦闘は冒険者の専売特許というわけではない。戦える素人冒険者も得てして存在するものだった。
とはいえ、フェンリットが侮られるのは見た目が理由な部分もある。足元でのびている山賊の頭領なんかは悪意を持って侮ってきたが、アマーリエはほぼ善意だったためスルーしたのだった。
守られる側に回る、というのも新鮮だったため享受した節もあるが。
「こういう視線は苦手だ」
まるで英雄を見るかのような、キラキラとした視線をキャラバンの方から感じ、フェンリットは顔をそらした。
そこへと、一人の男性が歩み寄っていく。
「フェンリットさん、この度は危険なところを助けていただき、本当にありがとうございました」
恰幅のいいその男性はこのキャラバンのオーナーだった。
彼はフェンリットと目が合うと、恭しく頭を下げた。
「いえ、僕だけの成果ではありません。アマーリエさん達の活躍があってこそ、ですよ」
「それは私も存じております。しかしやはり、あの戦況を変えたのはフェンリットさんの腕前によるものだと私は感じます。おみそれしました」
「どうもありがとうございます」
そう言ってから、オーナーは困ったような表情を浮かべて、
「本当はこんな事になるはずではなかったのですが……まさか山賊が住み着いていたとは。ギルドにはそのような情報が出回っていなかったので、油断しておりました」
ギルドは、冒険者による報告に応じた情報を常に提供している。もし以前から山賊が住み着いていたのであれば、冒険者の誰かがそれを発見し、ギルドに報告して警戒を促していたはずだ。
今回はそれがなかったため、オーナーは少ない護衛での移動を決めたのだろう。
次からは彼も厳重になるに違いない。
「そこで、助けていただいたあなた方にお礼をしたいのですが……」
フェンリットとシアは顔を見合わせた。
アイコンタクトを交わし、少し考えた結果フェンリットは言う。
「では、少々のお金を」
山道を抜けた。
道端に倒れている山賊達は、話し合いの結果放置することになった。彼らを運べるだけの荷台の余りがなかったのだ。
とはいえ、ただ放置するだけではあまりにも損失が大きい。彼らの装備の中から、金になりそうなものだけを剥ぎ取った。主に、雷撃の短剣や風刃のクロスボウ等の
まるで追剥のように感じるかもしれないが、正統な権利である。
これらを持ち寄ってギルドに報告すれば、もしかすれば報酬金が貰えるかもしれない。
アマーリエら三人が何やら聞きたそうにしていたが、時間も時間だった。移動を優先するように言い含め、キャラバンの人達も準備を開始する。
意識を失ったまま魔物に食われて死ぬか、無事連行されて悲惨な余生を行うか。どちらが彼らにとって吉となるかぼんやり考えながら、フェンリットはその場を離れた。
そうして、夜営中の今に至る。
二つのパーティは同じ火を囲い、夕食を取っていた。
「フェンリットさん、先ほどはありがとうございました」
真っ先に口を開いたのは、スープの入った椀を両手で持つアマーリエだった。
「貴方がいなければ、きっと私たちはあの場で全滅していたでしょう」
全滅、という言葉の中に別の意味も含まれていることをフェンリットは察した。
彼女らのような若い女性を、女に飢えた山賊がタダで殺すわけがない。
「本当に、深い感謝を」
頭を下げるアマーリエにならい、他の二人も声を上げる。
「ありがとうねフェンリット。正直あたし、ここで捕まって性処理道具にされると思ったわ」
「いや、アリザ、思っててもそういうこと言わないの……。フェンリットくん、あの時魔術が使えなくなって、すごく怖くて、でもフェンリットくんが来てその戦いを見てたらなんかこう、感動して……あはは、何が言いたいんだろう。とにかく、本当にありがとう」
リーネの言葉を聞いて気まずくなったフェンリットは、両手で制止のポーズをとりながら、
「いえ、僕が助けたみたいな流れになっていますが、あくまで共通の敵を倒しただけです。そこまで恩に着なくてもいいんですよ」
道中は全て任せていたし、と付け足したフェンリットに、リーネとアリザが思いついたように言う。
「ていうか! フェンリットくん
「そうよ。冒険者は等級がすべてじゃないとは分かってるけどさ」
二人の指摘を受け、フェンリットは苦笑しながらギルドカードを取り出した。
「隠していたわけじゃないんですけど、実はこれ、二枚目のギルドカードなんですよ」
「二枚目?」
首を傾げるアマーリエに説明する。
「ええ。実は一枚目のギルドカードが壊れてしまって」
ギルドカードとは、冒険者ギルドにおける身分証明書でもある。血を吸って唯一の存在となる
ギルドには今でもフェンリットの一度目の冒険者情報が残っているはずだが、そのライセンスは封印されたという次第である。
「そうだったのですね……すいませんでした。思えば私、たびたび失礼なこと……」
フェンリットらを守る、実績のない立場、背中を預けるには少々頼りない、などなど。
アマーリエは自分の言葉の数々を思い出しながら俯く。
等級という枠組みに囚われ、人を見かけで判断していた自分を恥ずかしく感じたのだ。最終的にはその相手に助けてもらい、情けないことこの上なかった。
その様子を眺めてフェンリットは、
「気にしないでください。アマーリエさんの判断は正しいですから。今の僕は
むしろ、夜営道具の心配をしてくれたりして善い人だと感じていたくらいだ。
「……ありがとうございます。それにしても、フェンリットさん程の実力なら、私たちと合流せずとも楽にイーレムまで行けたのでは?」
「確かにそうかもしれません。ですが、僕らはイーレムに行ったことがないので、こうした方が確実だと考えただけです」
何かが起きて助ければ報酬が出るかもしれない、と多少思っていたのは内緒にするフェンリットだった。
翌日、草原を進むキャラバンの道行は順調だった。
街に近づくにつれて魔物の数も減ってくる。見渡しもいいため、奇襲を受ける心配も少ない。
アマーリエらの進言により、フェンリットは最後まで護衛という立場になることは無く、シアとのんびりとした時間を過ごしていた。
そして夕刻。
キャラバンは目的地へと到着した。
「ここがイーレムか」
「アセトとは大違いですねえ」
「そうだね」
フェンリットは"アセト"という、ここに来る前に立ち寄った村を思い出しながら、隣のシアに応じた。
アセト村と比べれば大きなイーレムだが、そこまで規模は大きくない。まず、町を囲う壁がないのだ。あるのは簡易的な木製の柵のみ。三か所にある入り口には、見張りの依頼を受けた冒険者が二人立っている。
「フェンリットさん。今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
アマーリエと話していたオーナーが、フェンリットのもとへとやってきて頭を下げた。
「またご縁があれば、その時はどうぞよろしくお願いします」
そう言ってオーナーは去っていく。あまりにも呆気ない流れだが、そんなものである。冒険者をしていればいつかまたどこかで会うこともあるだろう。
「さて、それじゃあ僕らも今日の宿を探そうか」
「お金も貰っちゃいましたし、今日は良い宿に泊まりませんか?」
「それはいいね。柔らかいベッドで寝腐りたい」
「やったぁ!」
彼らの懐には道中倒した魔物が落とした
喜ぶシアを眺めるフェンリットのもとへ、アマーリエ達三人が声をかけた。
「お疲れさまでした、フェンリットさん、シアさん」
アマーリエの手には小さな布袋があった。
キャラバンのオーナーから渡された、今回の護衛の報酬である。
「お二人はこの後ご予定が?」
「いえ、僕らはもう疲れたので宿をとって寝ようかなって」
フェンリットがちらりとシアを見れば、それに気が付いた彼女が「シャワーつきで」等と言って応じた。
「うちの姫がシャワーをご所望なので」
「姫だなんて、もうっ!」
「痛い! 照れながら背中を叩くのはやめてくれないか!!」
なおも背中を叩こうとしてくるシアの手をはたき落としていると、アマーリエは苦笑しながら、
「そうですか……私たちはこれから夕食なので、もしよければお礼に御馳走しようと思いまして」
「そうよ。謝礼は貰ったみたいだけど、あたしたちからは何も返せてないからさ」
「うんうん。今日が無理なら、明日とかでも。どうかな? フェンリットくん」
リーネがキラキラとした目でフェンリットを見た。
その視線を受け、彼は隣のシアと目を合わせる。
「どうする?」
「私はフェンリットがよければ行きたいです! ずっと仲良くなりたいなーって思ってたんですよ」
両手を合わせて笑うシアに、リーネが食いつく。
「本当⁉ 実は私もそう思ってたんだー! シアちゃん綺麗だし、もしよければその尻尾、モフモフさせてくれないかなー、とか」
「そうですねー、では少しだけならいいですよ?」
シアはリーネの方へと尻尾を差し出す。
後ろで「ふわふわー」なんて声を聴きながら、彼女はフェンリットに言う。
「いいのでは? どれだけこの町に滞在するかは知りませんが、いいお店の場所も知りませんし。案内がてらご馳走してもらえば、一食分食費も浮きますよ?」
現在貧乏冒険者をしがちなフェンリットは、それを言われると弱かった。
頷きを返してから三人に伝える。
「分かった。でも今日はもう疲れたから、明日のお昼とかでお願いできないかな?」
するとリーネとアリザは嬉しそうにし、アマーリエは安心したような顔で応じた。
「分かりました。では明日のお昼に広場で待ち合せましょう」
他にもいくつか約束を交わし、その場は解散となった。
フェンリットとシアは並んで歩きながら、街並みを見渡す。
一番いい宿に泊まるとは言ったものの、この街に来たのが初の二人は何処が良いのかも分からない。アマーリエ達に聞いておけばよかったか、と後悔しつつ、道行く人に尋ねた。
教えてもらった宿へと向かいつつ、フェンリットが言った。
「冒険者ギルドに向かうのは明日にしよう。お金はあるし、
「山賊の
「アマーリエさん達が持ってるよ。明日事前に冒険者ギルドで山賊殲滅の報告をしてくれるって。その報酬と
「なら追加で結構お金が入ってくるんですね」
「ありがたい限りだよ」
話しているうちに二人は目的の宿屋へたどり着く。
取ったのはダブルの部屋。何事もないように……実際に何事も思っていない二人は、渡された鍵の番号の部屋へと向かっていく。
シャワールームと収納付きの、ダブルベッドがある見た目簡素な部屋だ。
冒険者推奨の宿屋ゆえに、機能性だけを重視した結果だろう。
ちなみにシャワールームには、水を生み出す法具が置いてある。市販品としてもあるもので、ランクの低い順に水、ぬるま湯、お湯と水温に違いが生じる。簡単に言えば、一つの法具にいくつの術式が重ね掛けされているか、という違いだ。
この宿の法具はぬるま湯が出るものが置いてあった。これでも十分高価である。
「ベッドですよフェンリット!!」
一足先に進んでいたシアが、ベッドへと駆け出してダイブする。ぼふっと音をたてて毛布類がふわりと浮いた。
「おい、あまり暴れないでくれないか。シーツが乱れる」
「まあまあ、お堅いことを言わずに。久しぶりのベッドですよ? それに今夜は……フフ、シーツだけでなく私達も乱れ――」
「ないから」
「むぅ、つれないですね」
「そもそもお前、疲れてそんな体力もないんじゃないか?」
シアの戯言を適当に流し、フェンリットは早速シャワールームへと入ろうとした。
すると、さっきまでベッドにいたはずのシアがいつの間にか傍らに立ち、フェンリットの手を掴んだ。
「な、なにかなシア。僕はこれからシャワーを堪能するつもりなんだけど」
「まあ待ってくださいよフェンリット。一番風呂は私です」
「いやいや、こういうのは早い者勝ちって相場が決まっているだろう?」
「いいえふつうはレディファーストです。紳士の嗜みですよ? あ、すいません、もしかして紳士の方じゃありませんでしたか。お子様のほうでしたか」
「アハハハ……面白い冗談じゃないか」
「ウフフフ……途中で乱入しますよ?」
シアに譲った。
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