僕② 少しばかりの爛れ

「クチュ……」

 彼女の口に舌を入れ、温かい口内で舌を絡ませる。それだけで気持ち良い。息遣いを丁寧に感じ、顔を離す。淫れた舌から唾液が糸を伝い、口元を這った。

 彼女が下肢を動かすと、ベッドのシーツが乱れ、彼女が足を僕の股間に宛がうと僕は彼女の胸を乱雑に揉んだ。

「今日は、なんかさ優しくないね」

「……」

「いやっ、別にいつも優しく扱ってくれてるなっていうのはわかるよ? でもなんか今日は……。あ、もしかして疲れてる?! そうだよね、昨日の今日だもんね」

「どうだろ」

焦りを覚えたのか、彼女はいつにも増して饒舌になる。

「したくない? ンっ!?」

 それ以上は言わせたくなくて、彼女の口を塞いだ。

 キスは首筋へ移り、やがて彼女のシャツを脱がす手管になる。

「ちょっ」

 一連の休みのない動作の後、再び僕は彼女の胸を揉んだ。こんな時でも頭は回るもんだ。今の行為で上書きをした。

「今日はそう言う日?」

「そうかも」

「なら最初に言って」

 僕は全然興奮しなかった。彼女に触れるたび、そのあと傷つけるシーンが頭を過り、興奮を遮った。

「長いね今日は」

「そう?」

「そろそろ脱いで良い? あつい」

「だめ」

 スカートの上から、彼女の下肢を触った。そこからするすると中心に手が向かていく。

「じれったいね」

 そう言うやいなや、彼女は自ら僕の手を彼女の気持ちいいところに持っていった。右手で僕の手を掴み、左手で僕のを触る。

 触られている感触があるだけに、自然とその気持ち良さに身を委ねることになる。

 僕の手を介してだが、自分で触っているのに、彼女は腰を震わせ始める。

「っはじめよ──」



彼女からコップを受け取り、一息に飲み干した。

「疲れたね」

 裸の彼女はところどころ僕の残したキスマークと、行為中執拗に叩いた尻のせいで赤くなっていた。

「さすがに疲れた」

「桜庭君の本気を見たよ。楽しかった。ありがとう」

 彼女は息をついて吐き出した。

「それで、話って?」

 ああ、そうだ。話。ふとここで気づく、この選択は間違いではなかったことに。白みがかった脳内はすっきりと晴れ、いますべきことが明確になる。所々の自己嫌悪を挟みながら、確かに僕はその話というものの切り出し方にそこまで迷いはしなかった。

「もう、こういうことはやめよう」

「えっ? えっ?」

「僕たちはもう交わってはいけないんだよ」

「なんで? 私嫌だよ」

「これが正常じゃないからだよ!」

「正常?」

 事の本質に気づいていないのか、僕のことを不審な目で見てくる。

「不純なんだよ。すべてが。僕たちは」

「セックスすること?」

「そうだ」

「君の体を見ることだって、もうこりごりなんだよ」

 彼シャツと言ってふざけて羽織った僕のシャツを彼女は抱きしめる。彼女自身の汗の匂いと、僕のシャツの柔軟剤の香りが混ざり合う。

「ねえ、それを最初から言うつもりだったの? ねえ、それを話すつもりで興奮したの? ねえ、先に話せばいいのになんでヤッたの?」

 う、と言葉に詰まる。

「もう一回、もう一回やってよ。それで私の傷が晴れるわけじゃないけど、ケリをつけてよ」

 ──まさか、逃げるわけじゃないよね?

 黒黒とした瞳が僕を一心に見る。そう来るとは思っていなかった。

彼女の胸が揺れる。先程まで僕が揉みしだいていたそれだ。それが、今は別のものに見える。

「ヤれよ」

 彼女の瞳からぽたぽたと涙が溢れ出してきた。

「ううっ……。ごめん、桜庭君。私が傷つくより先に私が君を傷つけていたのに。こんなことを言ってしまって」

「いや、僕が断れなかったのが原因だし」

「愛のないセックスは嫌?」

「うん」

「私は好きだよ桜庭君のこと。それでもだめ?」

「僕はそういう目で見てない。ごめん」

「そっか」

 そう言って、彼女は僕の唇にキスをした。

「じゃあね」

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