『僕』

 明日また来れない?その一文は、僕にとっては嬉しく、反面、汚さを覚えた。

 僕と浅野さんは、高校に入ってから知り合った。まだ、付き合いは長くない仲だ。

 席は、近いわけでもなかったから、彼女が先に話しかけてくれたのが最初だった。

「桜庭君、『池野めい』さんと同じ中学なんだって?」

 当時、池野は自宅から、仕事先に出向いていて、なかなか成果はでなかったものの、地元ではそれなりに知られていた。

浅野さんは、僕の中学を聞いてなのか、ただの話のネタになるからなのか、わからないが、ただ、池野の名前が出たことを僕はあまりいいようには思わなかった。だから、適当にあしらった。しかし、多少のむず痒さが出て、

「彼女の下の名前、本当はめいじゃないんだよ」

 出会いはそんなだった気がする。

 で、浅野さんのラインには困った。そろそろ、池野に会う準備をしなくちゃいけないし、気持ちを切り替えなきゃいけない。でも、『僕』だから。

「いいよ」

 それだけ送った。彼女がなんと捉えるかは、わからない。それ以上は何も送らなかったから。

 明日、学校で話しかけてみよう。それだけ。

 学校で、

「浅羽さん、今日放課後残れる?」

「えっ?いいけど」

 朝、教室には人はまばらで、僕ら二人が何をしようとしているのかは、無関心だった。

 教室に、人気がなくなったところで声をかけた。

「朝言ってたことなんだけどさ」

「う、うん」

 帰る支度をしながら、少し離れた距離だった。

「も、もうああいうことするのやめない?」

 そうは言えなかった。言えなかったけど、ただ、ただ悪意のない自責の念が毎回僕を襲うのだ。本当は、もうやめたかった。彼女、池野のため、とか思っている自分もとても煩わしい。別に付き合っているわけでもないのに。

「き、今日、一緒に帰らない?」

 少し裏返った。

「やだ、そんなこと言うために残れって?」

 昨日のあのことで、彼女は僕と接する時、ずいぶん柔らかくなった。

「だめ、かな?」

「そんなことない。帰ろ?」

 帰るまでに、言いたい。

 彼女がにこやかに言ったのにひるんだ自分がいる。まだ、この笑顔を壊せないのか、僕は。

「うん」

 教室から出て、少し間を置いて、彼女が、

「でもさ、昨日言ったとおり私の家に寄ってくんだから、わざわざ呼び留めなくてもよかったんじゃない?」

 そう言われると本当に困る。

 彼女は、媚びるように、僕の目を上目遣いで見た。そのときに、互いのスクールバックがぶつかった。

 彼女のその一言を発端に、僕たちの間に僅かな緊張が走った。肩が触れるたび、髪が靡くたび、僕は、その興奮を抑えようとした。そのせいもあって、誘っているんだ、と客観的に考えられたが。

 いつから、こんな仲になったんだろう、と考えた。


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