10.彼女と首飾り

彼女にとってそれは 本当に単なる首飾りに過ぎなかったのだろうか

人からもらったと話すだけで その首飾りについて彼女は何も語ろうとしない――


彼女が彼のことを気にし始めたのは ちょうど物心ついた頃

そしてまた彼が彼女のことを意識し始めたのも 大体同じ頃


彼女が彼に初めてあげたのは 慣れない手で作った花冠だった

そのお礼に彼が彼女にあげたのは 頬にした甘酸っぱい接吻だった


ふたりがお互いのことを思い合うようになっていったのは自然なことだった

見つめ合うまでもなく 又言葉を交わすことなく ふたりは相手のことが解った


彼女が心に 真珠の首飾りをした自分の姿を思い描くようになった時

彼は心に 真珠の首飾りをした彼女を抱く自分の姿を思い浮かべるようになっていた


大人の女性となった彼女のもとには 多くの求婚者が だから・・・

大人の男になっても彼の頭には冠が 王位継承の証となる王冠が その為に・・・


かつて思い合ったふたりは 別別の人生を歩むことを余儀なくされた

それでも彼女が彼のことを 彼が彼女のことを すっかり忘れてしまうことはなかった


結婚し子宝にも恵まれ 彼女は慎ましい生活を送っていた

そんな中で齎された不幸は 彼女を奈落の底へと突き落とした


彼女の夫が亡くなったという訃報は 王として国を治めていた彼の耳にも入った

多くの妻を娶ったが 子を授かることは望まなかった彼の耳にも・・・


彼が彼女のもとをお忍びで弔問した時 彼女は悔やみの言葉を述べる彼の胸で泣いた

さめざめと泣く彼女に 彼は真珠の首飾りを着け 率直に結婚を申し出たのだった


斯くして かつて思い合ったふたりは 幸か不幸か とうとう結ばれた

そして彼は彼女のことは勿論 彼女の子供のことも愛した――王位を継がせようと思うほどに


未亡人となった彼女が愛したのは 本当に亡き夫だけだったであろうか

彼女は彼の胸で泣くよりずっと昔から 彼と結ばれることを望んでいたのではないだろうか・・・


それから歳月は過ぎ 彼は王の座を退き 我が子にその座を譲った

国は栄えていき 民の暮らしも豊かになり 城で仕える者たちもまた幸せだった


彼が王として 彼女が王妃としての役目を終えて間もなくして彼は身罷った

晩年を町の外れで過ごした彼女は 傍から見れば寂しそうだったと云う


彼女と首飾りは共に葬られ とうとう真実も明かされないままとなった

彼女が本当は彼だけを愛していたということは 彼にも言えない秘密だったのである

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