第44話 お部屋訪問

 リアーナの申し出をきっかけとして行われる事になったアクアの寮室へのアリシアとリアーナの来訪。それに向けて準備に勤しんでいたカインであったが、それも流石に三時間もすればひとまずの終わりを迎える事になっていた。


「ふぅ……こんな所かな。エアルさんに付け届けは渡してきたし、その他も問題無し、と……」


 プリンが冷えるのを待つ間にリビングとアクアの寝室の片付けをしていたカインは、一通り問題無く片付けられたのを確認して一つ頷いた。

 使わないなら使わないでホコリは溜まる。基本的に掃除は従者であるカインの仕事だ。なのでここらも手慣れたものだった。と、そんな所に連絡が入ってきた。


「ん? アルマさんか」


 通信機の画面に表示された人物の名を見て、カインはわずかに訝しむ。確かに彼女には邪教教団の件で調査を頼んでいたが、それにしたって結果が出るには早すぎる。とはいえ、出ないという選択肢はない。


「はい、カインです」

『ああ、カイン。今は大丈夫ですか?』

「ええ」


 まぁ、当然といえば当然の事であるが、電話の相手はアルマだ。とはいえ、そんな彼女の声には焦りや緊張はなく、何か緊急の事ではないと思われた。


『貴方に頼まれていた今度のパーティの出席者の件。こちらから探りを入れて掴めましたよ』

「ああ、そうでしたか。ありがとうございます」


 アルマの報告に、カインはなるほど、と頷いて頭を下げる。やはりアクアは正体が正体だ。故に来訪者の事もきちんと調査しておく必要があるかと考え、アルマにも協力を依頼していたのである。


『まず先日の時点で報告した我が教団の関係者については、それ以後の変更は無しです。それ以外についてはまたリスト化して送らさせて頂きますね』

「ありがとうございます。どうしてもパーティに私は出席出来ませんので……事前に念入りな調査を、と」


 アルマの言葉にカインは重ねて頭を下げる。カインも可能ならアクアの補佐に出席したい所だし、実際の所としてはカインもアクアの従者としてなら出席は可能だ。

 が、このパーティにはアレクシアを筆頭にした七星も出席する事になっている。となると、必然としてカインを知ると思われるアレクセイも出席だ。

 流石に姉の前なので彼も無茶苦茶はしないが、この再会が後の火種になる可能性はあった。であれば、出席そのものを避けるしかないと判断したのであった。


『まぁ、分かっていた事ですけど。やっぱり来ますか』

「今回の面子を考えても、来ない道理がないでしょう」


 アリシアとクラリスの姉妹を筆頭に、レヴァンやヘルトらまで居る。これで七星が勢揃いしない道理が無かった。で、そうなれば当然、彼女も呼ばれていた。


『で、私も当然、と』

「あはは……お嬢様の事はお頼みします」

『はい』


 ラグナ教団の開祖であるアルマも本質的にはアクアの従者という立ち位置だ。なので言われるまでもなくアクアの補佐は行うつもりだった。

 と、そんなカインの依頼に言われるまでもない、と頷いた彼女であったが、そこで思わず、と言った具合で笑い出した。


『にしても……カイン』

「どうされました?」

『役作りに余念が無いのはわかりますけど……入り込みすぎです。私の前でまで従者の口調になっていますよ?』

「あ……す、すいませんでした……」


 アルマの指摘でカインもようやく自分が従者としての姿で彼女と応対していた事に気が付いた様だ。とはいえ、アルマも楽しかったので気にしている様子はなかった。

 そうして、彼は少し恥ずかしげに通信を終わらせると、アルマの送ってきた情報を精査しながらアクアらの授業の終了を待つ事にするのだった。




 さて、そんな用意の終了からおよそ一時間。カインは再びアトラス学院高等部に入ると、アクアの終業を待って彼女と合流する。


「お嬢様」

「カイン。戻っていたんですね」

「はい」

「準備の方は?」

「全て、整っております」


 アクアの問い掛けに、カインは小さく頭を下げる。ここでは主従。であれば、それに相応しい態度を取るだけである。と、そんな主従に対して、アリシアが口を開く。


「じゃあ、アクア。私はリアーナと一緒に行くから、また後でね」

「はい。お待ちしてます」


 当然であるが、アリシアは客の立場だ。そして彼女らは上流階級としての教育がされている。一般家庭の者達の様に一緒に帰って、というわけにもいかないわけで、しばらく時間を空けて訪ねる必要があった。

 更には客がバラバラに来る、というのもホスト側の負担になる。客には客の配慮が必要なのであった。というわけでひとまず寮室に戻った二人は休憩がてら、少しの話を行う。


「ふぅ……それで、カイン。着替え等は?」

「着替えは……しない方が良いかと。現状、アリシア様もリアーナ様も学生服。お嬢様のみ私服に着替えられますと、浮いてしまうかと」

「そうですか。じゃあ、このまま待つ事にしましょう」

「はい」


 アトラス学院の学生は学院の敷地内では学生服の着用か、公序良俗に違反しない清楚な衣服の着用が義務付けられている。学生服に限定されていないのは、休日に困るからだ。休日に学生服の洗濯をするとなると、出歩けなくなってしまうからだ。

 とまぁ、それはさておき。一々帰宅して着替えて、というのは手間だ。寮の門限もある。なので手間を減らす為にも学生服で来るだろう、と考えたのであった。


「そう言えば……カイン」

「はい?」

「本棚、少し入れ替えました?」

「ああ、あれですか。少しだけ、入れ替えさせて頂きました。リアーナ様のご趣味を鑑みるに、古書が多い方が良いかと思いましたので……」


 カインとアクアは改めて、リビングに設置されている観賞用の本棚を観察する。基本的には古ぼけた本が多い。現代では紙媒体の本が滅多に出回らない為、どうしても古書が多くなっていた。

 なので娯楽品となる漫画でさえ今では美術品としての価値を有していたりする事もある。が、今回はそんな中――漫画もカインは保有している――でも古くからの小説や参考書などを基本として、本棚に並べている様子だった。


「二十一世紀の医学書や経済学に関する専門書に目を引く様にして、他にも小説などを幾つか。後は当時のファッション誌等を数冊、という所でしょうか。こちらは美術品としての賑わわせ、という所ですかね」


 今はもう西暦で言えば二十四世紀だ。なので三百年前のファッション誌なぞほぼ通用しない様に思えるが、実はあの当時からファッションに関してはさほど進歩はしていない。なので今でも十分参考に出来た。

 例えば今でもジーパンは一般的だ。結局、近未来的な素材は開発はされたが、着心地や費用の面では麻やポリエステルで十分で、民生品に使う必要が無かったのだ。

 結果、技術の停滞等が相まって未来的な衣服は生まれていなかった。唯一民生品に近い所で言えば、バトルドレスやバトルスーツがせいぜいだろう。と、そんな事を話し合っていると、インターホンが起動した。


「来たようですね。アクア様」

「はい、大丈夫です」

「かしこまりました」


 アクアの返答に頭を下げたカインは、インターホンを起動してアリシアと僅かな会話を交わす。そうして、彼はエレベータに乗って一同を出迎えるべく下に降りる。


「お待ちしておりました」

「今日はお招き頂きありがとうございます」


 案の定、アリシアは学生服だったらしい。そんな彼女は出迎えたカインに対して一つ頭を下げる。そんな彼女に頭を下げたカインは、彼女を筆頭にナナセ、リアーナの三人をエレベータの中へと迎え入れる。


「やっぱり、新しく建てられただけあってエレベータも最新式ね。動いている感覚が全く無い」

「ありがとうございます。オーシャン社の最新鋭の物を設けさせて頂いたのですが……」


 少しの間、カインはアリシアとの応対を行っていく。そうしてしばらくして、最上階となるアクアの寮室へとたどり着いた。そこではすでにアクアが待っていた。


「皆さん、お待ちしておりました」

「今日はお招き頂きありがとうございます」

「し、失礼します……」


 やはり上流階級としての教育が完璧に施されたアリシアと、一般家庭とは言わないまでも上流階級とも言い得ないリアーナだ。アリシアが完璧な応対を見せたのに対して、リアーナは本当に緊張が見て取れた。


「はい……では、こちらに」

「へー……随分とシックな感じに纏めてるのね」

「ええ……あまり少女っぽいのは客を出迎えるのにダメだろう、ってお父様が。それに、卒業した後の方も困りますし」

「なるほど……」


 となると、この部屋の基本的なデザインはオーシャン社のデザイナーという所かしら。アリシアはつぶさに部屋を観察しながら、アクアと共に歩いていく。その一方、ナナセはカインへと持ってきていた二つの包みを手渡していた。


「この度はありがとうございます。こちら、当家が懇意にしております菓子職人の茶菓子です。また、合わせましてリアーナ様の物もこちらに」

「ありがとうございます」


 基本的に二十一世紀のヨーロッパやアメリカでは手土産という文化は無い。が、第三次と第四次世界大戦による世界の再編の結果、世界政府の中枢が日本に置かれた事でこういった文化も世界中で一般化したとの事であった。

 というわけで、カインはナナセより手土産を受け取ってそれを保管する手配を整えながら、給仕の用意を開始する。


「さて……」


 少女らの姦しい声を聞きながら、カインはひとまず用意しておいた紅茶を台車に乗せる。それに更に彼が作ったショートブレッドを乗せれば、完璧だ。


「おまたせ致しました」

「カイン」

「失礼致します」


 カインは椅子に腰掛けて歓談を行っていたアクアに一つ頭を下げて、彼女を含めた三人に紅茶を配膳する。そうして配膳を終わらせた所で、彼が口を開いた。


「アリシア様はご存知かもしれませんが……現在オーシャン社の方では紅茶の世界三大銘柄の再生を行っております。本日はその中の一つ、ダージリンをご用意させて頂きました。ショートブレッドの方にも茶葉を入れた物をご用意させて頂いておりますので、よろしければご賞味下さい」

「あぁ、以前お姉さまが言っていた……」


 どうやら、アリシアはやはりオーシャン社がダージリンの再生を行っていた事を知っていたらしい。そんな彼女に、カインは微笑んで頭を下げた。


「覚えておいででしたか。4月頃にご提供させて頂いておりました物とは同じ銘柄となります」

「カインは紅茶を入れるのが上手なんですよ」

「ありがとうございます」


 アクアの称賛にカインは再度頭を下げる。そうして彼はそのまま口を開いた。


「アクア様。では私は次の支度がありますので……」

「はい」

「ナナセさん。しばらくよろしくお願い致します」

「かしこまりました」


 やはりどうしてもカインは身一つだ。アクア達の給仕を行いながら次の用意なぞ出来るわけがない。こればかりは物の道理なので、ナナセが手伝ってくれる事になっていたらしかった。

 というわけで水場に戻ったカインは今度は改めて、アリシア達の手土産を確認する。生物があるとは思えないが、保存が必要ならきちんと保存しなければならないからだ。


(ふむ……これは聖都の有名な洋菓子店のお菓子……アウロラ家の御用達か。かつてで言う所の皇室御用達だな。味は保証されていると考えて良いか。こっちは……ん? こっちも聖都のか……だが、この包装を鑑みるに和菓子か?)


 アリシアの持ち込んだ物はやはり聖都にアレクシアが居る関係でそちらの有名店の物だったが、アリシアもまた聖都の洋菓子店のお菓子だった。こちらもそこそこの有名店と言えるだろう。


(そういえば……リアーナ嬢は聖都から電車通学をしているという話だったか)


 聖都と副聖都は二十一世紀で言う所の京都と大阪だ。そしてどちらも現代の日本列島における主要都市だ。故に第三次、第四次と二度の大戦で破壊された後に整備された鉄道網により、アトラス学院へは聖都から電車一本およそ三十分程度で行き来できる。十分、通学圏内だろう。


(アリシア嬢の物は……クッキーか。こちらもお茶請けとして使えるな。あー……これは確かに好きそう。リアーナ嬢の物は……お煎餅か。あぁ、よく見ればこっちは皇龍様御用達の。どちらもアクア様への手土産としては十分か)


 リアーナの方はおそらく両親達の入れ知恵と言う所なんだろうな。カインはそう思う。アリシアはまだしも、リアーナが選ぶにしては些か高級品だ。オーシャン社の令嬢とお茶会と聞いて慌てて上等な物を用意させたのだろう。


(これなら、どちらも大丈夫か)


 ひとまずこれなら保存の心配をする必要はないだろう。というわけで、カインは分身を生み出してそれに保管庫へと持っていく様に指示を出す。


「さて……」


 これで手土産の心配は無くなった。カインはそう判断すると、早速次の手配に取り掛かる。といっても、元々次の手配は行っていたので、それを順々に用意していくだけだ。そうして、カインはもう一台台車を用意して、それを押してリビングへと戻るのだった。

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