第21話 暗躍する者たち

 カインがミリアリアの部屋に潜入していた一方その頃。その部屋の主たるミリアリアはというと、当然だが部屋に居なかった。それどころか、アトラス学院にもいなかった。

 彼女は自分のスポンサーであるサイエンス・マジック社に呼び出されて街の郊外にある秘密の研究施設に居たからだ。が、そんな彼女はスポンサーの話を聞いて、激怒していた。


「なんっ……ですって!? 私に生徒を殺せっていうの!?」

「ふむ……少々の誤解があるようだな」


 激怒したミリアリアに対して、サイエンス・マジック社の幹部の一人は特に感慨もなくそう告げる。改めて言う事でもないが、彼らは裏で一般に知られてはならない事を山程やっている。この程度の事を言うのに躊躇う事は無かった。


「何も君に殺せ、と言っているわけではない。少し後押ししてもらうだけだ。後は警備兵なり従者なりが殺すだろう。何、表向きは不安になって魔力が暴走、という事にしかならないよ。君が疑われる事はまず無いだろう。疑われても我が社がなんとかしよう」

「同じでしょう!」


 激高するミリアリアの怒声に幹部はどこ吹く風だ。そうして、彼は心底呆れた様子でミリアリアに問いかけた。


「ふむ……君は少し自分の立場がわかっていない様子だな」

「どういう……ことよ」

「はぁ……私はオーシャンの令嬢の飲み水に薬を少し混ぜろ、と言ったわけであるが……ふむ。君に問いかけておきたいのだがね。もし、我々が同じことを君の妹さんにすれば……どうなるかね? 数滴で良いのだ。誰も気が付かないだろうね」

「!?」


 指をスナップさせる様な姿勢で止まって問いかける幹部の問いかけに、ミリアリアは彼が何を言いたいかはっきりと理解した。

 もし自分がアクアにそれをしないと、アクアにするべき事を自分達がミリアリアの妹にするぞ、と言っていたのだ。同時に、それは後自分が指をスナップするだけで実行される、とも。


「では、よく考えてくれたまえ。無論、もしこれを誰かに漏らせば……わかるね? 私とてこんな事はしたくはない。君は表裏両面に渡って我が社に莫大な利益をもたらしてくれた。新薬販売の記念式典には開発責任者である君がぜひとも必要なのだ。あの式典は間違いなく我が社にとって創設以来最大のショーとなる。君が居ないのは困るのだよ」

「……」


 力なく、ミリアリアはうなだれて椅子に腰掛ける。舐めていたとは思わない。が、裏社会は彼女が思う以上にもっと残酷だった。

 異母妹いもうとを助ける為、どうしても金が必要だった。父親、実家にとっては不義の子だ。死んでくれた方が良いのだ。救えるのは、彼女しか居なかった。

 だから、魔力過多症について必死で勉強した。特効薬も治験の段階まで漕ぎ着けられた。が、治験には金が掛かる。申請や患者の募集など、様々な方面で補佐してくれる人員も必要だ。

 企業のスポンサーがどうしても必要だった。しかし当時はまだ疑いの眼差しで見られていたミリアリアの薬に興味を示したのは、こことオーシャン社など数社だけだ。その中で最も高値を付けたのが、彼らだった。

 だから、彼女は迷わず飛びついた。裏で黒い噂のある企業だとは聞いたことがある。だが、それが自分にも降りかかるとは思っていなかった。


「……どうしてよ……」


 警備員に連行され、車に押し込まれ。こんなつもりじゃなかった。ミリアリアは涙を流す。どうして。何度考えても間違いはなかった。ただ、彼女の発見した内容が内容だった。

 魔力過多症は魔力が多すぎるが故に起きる病だ。故に、体内の魔力を外に散らしてやればなんとかなる。が、体内の魔力を散らしすぎても問題だ。今度は魔力欠乏症という状態に陥ってしまう。そのバランスが難しかった。

 そこで、彼女は発想を変えた。抑制するだけでは駄目だ。抑制する因子と逆。魔力の吸収を活性化させる因子を発見したのである。

 体内の魔力を放出させ、同時に体内に魔力を吸収させる。外と内で魔力を循環させ、身体を単なる通路にしたのである。無論、発見出来たのは偶然や奇跡に近い。が、それでも発見出来た以上は、彼女が第一人者で彼女に権利がある。


「……」


 これで妹を助けられる。そう思った。実際に『魔力抑制薬』、正式名称『魔力循環薬』の治験は最終段階だ。間違いなく表でのサイエンス・マジック社における今までで最大の商品となる事だろう。彼女も歴史に名を残したと言って過言ではない。

 後少しで、こいつらとも縁が切れる。そう思っていた矢先の出来事であった。彼らはこの魔力の吸収作用を持つ薬を使い、生物兵器の開発に乗り出したのである。彼らの狙いは最初からこれだったのだ。

 魔力を過多に保持すれば魔物になる。常識だ。だから、どうしても大企業のスポンサーが必要だった。安全性の担保と万が一に備える事が出来るのが彼らだからだ。が、そのスポンサーが悪用する事までは、想定していなかった。


「……」


 どうする事も出来ない。教え子を殺すか、妹を殺されるか。その二択しかない。残された時間は、アトラス学院で行われる全体朝礼までのおよそ二週間。

 それだけしか、残されていなかった。そうして彼女はその二週間をただひたすら悩みを押し隠しながら、自らを嫌悪しながら過ごす事になるのだった。




 さて、ミリアリアが残酷な選択を迫られて数日後。カインは改めて三つ葉葵に接触を取っていた。色々と調整をしていた結果、最初の接触の日から数日必要となったらしい。なのでこの日が取引の日だった。


「これが約束の一億だ。確認してくれ」

「芙蓉、雛菊」

「「かしこまりました」」


 カインの持ってきた複数のアタッシュケースに入れられた札束を芙蓉と雛菊が受け取って、偽札が混じっていないか専用の魔術で検査する。

 この時代のお札には全て魔術による偽造防止技術が使われており、検査すれば一発でわかった。それ故、検査はすぐに終わった。無論、一枚も偽札は混じっていない。


「……確かに。お客人、これがこの一件に関する情報が入ったチップよ」

「ああ、確かに受け取った」


 カインは三つ葉葵からデータチップを受け取ると、それを己のデバイスに入れてそのデバイスを懐にしまい込む。中身を確認するのは帰ってからで良い。

 彼女ほどの情報屋が取引で嘘を言えばその時点でこの街で生きていけない。情報屋は情報を扱うからこそ、正当な取引となると嘘は言えないのだ。


「では、また何かがあれば利用させてもらおう」

「ええ、ご贔屓に。芙蓉、雛菊。お客人のお帰りよ」

「「かしこまりました」」


 取引が終われば用は無いとばかりにそそくさとその場を後にしたカインを三つ葉葵は何時も通り二人に見送らせる。そうして一人になり、ため息を吐いた。


「カイン・カイ……オーシャン家従者。アクア・オーシャン……オーシャン社社長令嬢。まさかオーシャン社の創業者一族が出て来るなんて……」


 オーシャン社の創業者一族。それは言うまでもなく、アクアの一族の事だ。が、三つ葉葵はこれを聞いた時、素直に嘘だろうと思った。

 というのも、実はオーシャン社の創業者一族は一切外に姿を見せないからだ。一説には実は創業者の人格を移植した人工知能が会社を運営していて、社長として出ている人物はその影武者だ、とさえ言われているほどだ。

 情報屋を営む三つ葉葵さえ、一切その実情に関する情報は手に入れられた事はなかった。娘が居た事さえ初耳だ。


「……どちらかしら」


 少なくともサイエンス・マジック社は終わりだろう。それはわかる。故に彼女にもはやあの会社への興味は微塵もない。あるのは、カインの正体。調べないと明言はしたが、情報屋の性としてどうしても気にはなった。


「七星様が第四次大戦から率いる特殊部隊<<神話の猟犬ヘル・ハウンド>>。ラグナ教の騎士団の中で最強にして誇り高き<<青海騎士団ブルー・ナイツ>>……」


 どちらも決して手出ししてはならないこの世界最強にして最悪の戦闘集団だ。三つ葉葵はカインがこのどちらかに所属する戦闘員だと見ていた。故に、もう奴らは終わりだ。あれに睨まれて生きていられる組織は無い。

 あそこの一兵士が動くだけで、小さな犯罪集団ならそれで壊滅だ。それが組織として動いているのなら、どんな大企業だって勝ち目がなかった。


「……」


 これ以上は駄目だ。情報屋の本能に、理性と人としての生存本能を継ぎ足して強引に蓋をする。これを知れば自分も命はない。だから、これ以上は進まない。

 情報屋であれば持ち合わせる危険を嗅ぎ取る鋭敏な嗅覚を使い、この先が地獄であると本能に悟らせる。そうして、彼女はこの一件から手を引く事を決めたのだった。




 さて、一方のカイン。彼は学院に手早く帰還すると、即座に情報の精査に入っていた。


「……なるほどなるほど。中々に面白い事を考えているものだな」


 カインは三つ葉葵が提供してくれた情報を見て、サイエンス・マジック社が商品化までの最終段階に入ろうとしている事を理解する。

 最終段階。それは実験体を使いながらの顧客達への売り込みだ。商品が完成したのでデモンストレーションを行う事にしていたのである。そしてそれはセンセーショナルであればセンセーショナルであるほど良い。

 故に彼らは、アクアを狙っていた。敵対する企業の娘が運良く研究所の近くに居るのだ。これを利用しない手はなかった。


「元々、アトラス学院に限らず副聖都やらなんやらは常にテロリストに狙われている。なにせこのご時世だからな」


 カインはため息を吐きながらも、笑っていた。実のところ、アトラス学院は何度かテロの襲撃を受けている。無論、犠牲者も出ている。

 が、それは今の時代であればどこでも一緒だった。改めて言うが、この世界はまだ復興の途上だ。故に貧富の差は二十一世紀初頭よりひどいし、街の外にスラム街がある街も少なくない。スラムが無いのは日本列島とグレートブリテン島だけだろう。

 そして核で焼き払われた以上、食料などが完璧に行き届いているわけではない。どうしても、そういった複合的な要因から街へテロ行為を働く組織は存在していた。


「どうするかな……」


 デモンストレーションそのものを防ぐ事は可能だ。その前に研究所を鎮圧してしまえば良い。が、些か面倒な事が起きる。それはサイエンス・マジック社だ。これだけでは彼らは潰せない。

 ここで彼らも一網打尽にしたいのが、カインの思惑だ。彼らはこのデモンストレーションに多大な期待を寄せているらしい。仕方がない。それだけの商品と言える。社長だけではなく幹部が全員揃うとの事だ。奴らの息の根を止める絶好の機会、というわけだ。


「……ふむ……学生に被害が出ずに、かといってデモンストレーションを防ぐには……」


 もし学生に被害が出れば、アクアが悲しむだろう。もしそれがアリシアであれば、これはカインとしても非常に厄介だ。アクアが激怒する事だけは避けねばならない。故にカインは策を練る。


「……しか、ないか」


 手は一つしかない。この案件は既にオーシャン社だけでなんとかなる案件ではない。別の組織にも協力を求めるべきだ。が、案件を考えれば協力を頼める組織は限られる。そして、土地柄を考えれば一つしかなかった。


「……紫龍殿に会いに行くか……」


 これが全てにおいて最善の方法。そう判断したカインは、この場でその協力を得ねばならないだろう人物に会うべく密かに行動を開始する事にするのだった。

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