第17話 化物

 女情報屋・三つ葉葵。彼女が表の顔として経営する風俗店を活用して手に入れた『魔力活性化薬』なる違法薬物の情報を手に入れる為、彼女の側近である芙蓉と雛菊の二人と戦う事になったカイン。

 彼は圧倒的とも言える戦闘能力を見せつけて二人の美姫にして狂った女達を下すと、三つ葉葵が指定したもう一つの敵とやらとの交戦へと話を進めていた。


「さて……それで? 二人目、というべきか三人目というべきかの敵はどいつだ?」

「……三人目は……ええ、三人目と言って良いでしょうね。ただし、私は三人目と言いたくはないけれど」


 芙蓉と雛菊の二人を下がらせたカインの問いかけに三つ葉葵は僅かな嫌悪感を隠す事なくはっきりと明言する。それに、カインは何かがあると察した。


「ほう……何かがある、と?」

「……ええ。私が先にこの二人を戦わせたのは、以前こいつがこの地下街で暴れてこの二人がなんとか捕らえたからよ。いえ、違うわね。捕らえたは半分正解。半分間違い」

「へぇ……芙蓉と雛菊の二人でなんとか捕縛出来た、ね……それは楽しみだ」


 三つ葉葵の含みのある言い方にカインは笑いながらも、相手が先の二人以上の強敵である事にどうしても血の猛りが抑えられなかった。

 ここ当分、アクアの従者としてお上品に振る舞っていたからだろう。どうしても性根が性根である彼はその反動で猛っている様子であった。そうして、準備が整えられる間。三つ葉葵はカインに告げる。


「次の相手……それは『魔力活性化薬』を投与された被検体、とでも言うべき奴よ」

「……へぇ」


 わずかに、カインの目が細められる。『魔力活性化薬』を投与された生き物がどうなるか。それはカインも良く知っている。というより、その所為で彼とアクアはこの副聖都まで来る羽目になっていたのだ。知らないはずがない。

 が、そんな彼であれ、これを人間に投与すればどうなるかは知らない。彼が知っているのは動物実験の段階だ。どうやら、彼が知る以上に実験は最終段階商品化に近づきつつあった、という事なのだろう。


「貴方にもはや言う必要は無いのだろうから、これはロハで教えておくわ。既にSM社は『魔力活性化薬』の量産化とその量産体制を整えている……これはその実験体の一匹。意図的に逃したのか、それとも裏社会に対する攻撃かは知らないわ」

「実験の可能性は?」

「性能評価試験ね。それも、あり得るわ。なにせ副聖都の裏社会にも猛者は多い。けども、流石にそこまではこちらでも掴めていないわ。もう少し時間が頂けるのなら、手に入れてみせるけれども」


 どうやら三つ葉葵が情報を手に入れたのはごく最近という事で間違いないのだろう。それはカインとしても納得出来た。

 カインとて『魔力活性化薬』の存在を掴んだのは近頃の事だ。そして薬の名前が『魔力活性化薬』である事。何らかの生物兵器を作る薬である事までは掴んでいた。

 そして様々な情報からサイエンス・マジック社と『魔力抑制薬』の開発を行ったミリアリアが関係しているのだろうと判断し、アトラス学院にやってきたというわけであった。無論、ミリアリアが白である可能性も考えている。が、完璧に無関係とは思えなかったので、というわけであった。


「……用意出来たそうよ」

「……来い」


 カインは三つ葉葵の言葉を受けて、拳を握りしめる。相手が被検体だから何なのだ。芙蓉と雛菊の二人がようやく捕らえたというのであれば、それはカインからすれば楽勝と断言出来る。彼はあの二人を素手で圧倒したからだ。

 三段論法により敵より強い事は確定する。そうして、カインが構えたのを見て三つ葉葵が一つ頷くと、芙蓉と雛菊が出て来た側の闘技場の入り口から、何人もの男達が一つの鋼鉄製の檻を引いて姿を現した。その中には、化物と言うしかない生物ががんじがらめにされて捕らえられていた。


「……これはこれは。また見るもおぞましい姿だ」

「……これが、『魔力活性化薬』を投与された被検体。殺すに殺せないので捕らえるしかなかった、というのが先の言葉の答えよ。今は鎖に何十にも編み込んだ封印の刻印にで強制的に封じているわ」


 それで、今はおとなしいのか。カインは鎖でがんじがらめにされる化物をしっかりと見据える。感じる圧力は単体であれば、芙蓉と雛菊を超えている。

 これが最終的な段階で作られた物かはしらないが、この個体でおよそ二人の1.2倍の力はあるだろう。知性があるか無いか次第では、単独では勝てない可能性は十分にあった。なんとか捕らえた、というのも頷ける。


「ふむ……」


 カインはどうやらこちらの合図を待ってくれているらしい三つ葉葵を受けて、一度しっかりと封印されている化物を見る。

 体躯はおよそ三メートル。身体の各所が膨張した上におぞましく変容し、紫や赤黒く変色していた。血管も浮き出ていて脈動するその姿は、紛うこと無く化物のそれだ。


「……魔物、に近いな。人が魔物化した姿に酷似している」

「正解よ……『魔力活性化薬』。商品化された暁には、『魔物化薬』と名付けられるそうね」

「なるほど。どういう原理かはさっぱりわからんが……人工的に魔物を作り出す薬か。裏社会の歴史書が書き換わるな」


 人工的に魔物を作り出す。実のところ、これはさほど難しい話ではない。魔物は生物が過剰に魔力を保有する事で生まれている。なら、そうすれば良いだけだ。

 が、これを人工的に行おうとすると、かなり大規模な施設が必要となる。例えば高濃度の魔力を水に溶かした培養液とでも言うべき液体を作り、その中に生き物を閉じ込める。すると魔力濃度の差から人体へと高濃度の魔力がゆっくりとだが吸収され、魔物となるのである。

 これが、今裏社会で行われている一番一般的な魔物作成の手段だ。それ以外にも莫大な魔力をレーザーの様に照射して急速に変異させる方法もあるが、どちらにせよこれらの方法は裏社会でも相当な地位に居る者たちが金と暇にかまけてやる事だ。それを、この薬は投与するだけでやってしまうという。物凄い話であった。


「そうね。原理は私も知らないわ。その製造方法は完全部外秘。入り込めるのならまだしも、ここに居て馬鹿な男達から入手出来る話だけでは手に入れられない」

「別に製法を知りたいわけじゃない。それについてはどうでも良い。焼き払うだけだしな」

「そう……それで、もう良いかしら」

「ああ、どうぞ」


 カインは改めて、拳を構え直す。これが実験体か商品が逃げ出したのかは知らないが、少なくとも研究所の壊滅と実験データの抹消が本当の仕事である彼が戦わないで良い未来は一切無い。であれば、これを試金石とするだけであった。

 そうして、そんなカインの返答に三つ葉葵が一つ頷くと、がんっ、という音を立てて檻が崩れ去った。


「……」


 僅かな間、沈黙が流れる。が、それは嵐の前の静けさ。鎖に注がれていた魔力が無くなると共に、鎖が一気に弾け飛んだ。


「元気で何よりだ」


 弾け飛び音速を超えた速度で飛来した鎖の破片をカインは軽く払い落とす。そしてそれと共に、化物の姿がはっきりと確認出来た。


「うゔぉおおおおおお!」

「うるさいな……」


 解き放たれるや否や雄叫びを上げた化物に、カインは顔を顰めて耳を押さえる。飛行機の爆音を近くで聞くよりも遥かに大きな雄叫びだった。そんな雄叫びを上げた化物はカインの姿を見付けるや、ゆっくりとした速度で踏み出した。


「……」


 来るな。ずしん、ずしん、と踏みしめる様にして歩く化物を見ながら、カインは己が敵として認識されている事を理解する。そうして、次の瞬間。怪物はその巨体に見合わぬ俊敏さで、姿を消した。


「……中々に速いな。商品化すれば各地のお偉いさんがこぞって注文をしそうな速さだ。コントロール出来るのであれば、だが」


 姿を消した化物であるが、知性に富んでいるというわけではないらしい。カインの眼前に到達すると、そこで彼の胴体ほどもあるだろう膨張した右腕を振りかぶっていた。


「……技は無いな。力のみだ。バカならバカで量産性はありそうだがな」


 どごん、という音と共に地面を打ち砕いた怪物の巨腕であるが、それがカインを捉える事は無かった。確かに速いが、最高速であれば芙蓉と雛菊は下回る。

 巨大化している事、知性が失われている事でパワーは遥かに高いが速度は威圧感に反してかなり遅いと言うしかなかった。そうして、化物の背後に回り込んだカインは一切の容赦なく右手に魔力を溜めて、背中から一気に化物へと叩き込んだ。


「はぁ!」


 気合一閃。腰の入った正拳突きを放ったカインは拳で化物の背を打ち据えると、溜めた魔力を拳の先から放出して敵を貫通する。

 芙蓉と雛菊とは違いこれは単なる化物。元々が人であったというだけの怪物だ。容赦する意味も必要も無かった。無論、それはもしこの被検体とやらが哀れな犠牲者であっても変わらない。一切の容赦なく殺すだけである。


「……はぁ」


 この程度か。おおよそ50センチほどの巨大な穴が空いた化物を見て、カインは残心の様に一つ息を吐く。

 体内の重要な器官はいくつもが大きく消滅し、背骨も吹き飛んでいる。即死はしなくとも、死ぬだろうと考えられた。が、そんな彼の顔は即座に驚きで満たされる事となった。


「っ!?」


 シュルシュルシュル、という音と共に消し飛んだ筋組織や血管が両側から伸びてきて、無くなった背骨も盛り上がる様に両側から伸びていく。そうして一分程度で化物は元通りになった。


「うえ……何だこいつ、キモチワル……」


 再生する化物を見て即座に距離を取ったカインであるが、その顔は生理的嫌悪感で歪んでいた。再生する様を間近で見たのだ。どうしても抑えられないものがあったらしい。そうして彼が地面に着地したと同時に、三つ葉葵が教えてくれた。


「そいつはどれだけ傷つけても、あっという間に再生するのよ。心臓を壊しても駄目。脳みそを弾け飛ばしても駄目……まぁ、頭を破壊すると流石に数分間動けなくなる様子だけどもね。いっそ核で焼き払ってやろうかとも思ったけど、流石にここで使うわけにもね」

「……」


 確かに、妙だとは思った。この程度の速度の無い相手であれば、芙蓉も雛菊も間違いなく単独で倒しきれる。それどころかこの程度ならヘルトなら倒してしまえるだろう。基準で言えばもう少し性能が落ちればアリシアらで勝てる程度でしかない。

 この化物は確かに驚異的な戦闘力を持つが、あまりにパワーに編重してしまっている。しかも知性もない。単純に突っ込んでいって敵をなぎ倒す鉄砲玉としては使えるだろうが、知恵を持ち速度に対応出来る戦士であれば問題なく勝ててしまえる。その程度だ。

 が、それでも捕縛が精一杯だった、というのだから何かがある筈だ。カインはあっけなく倒せた相手にそう思っていたのである。


「にしても……脳みそを破壊しても駄目か……なら、細切れにしたらどうなんだ?」


 驚異的な再生能力を見せた化物に対して、カインは一切のためらいもなく魔力で編み出した手刀を以って敵を細切れにする。

 その速度はもはや芙蓉と雛菊でさえ追いきれるものではなかった。故に、こちらを振り向いたばかりの化物にとっては回避も防御も出来ず、数センチ四方のサイコロステーキとなるだけであった。


「……おいおい。これでも駄目か」


 うぞるうぞる、と蠢きながら一つの所に集まって再生しようとする化物の肉片を見ながら、カインは盛大にため息を吐いた。が、やはり損傷の度合いに応じて再生には時間が掛かるらしく、今なら煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、という状態であった。とはいえ、この化物としばらくお付き合いになる以上、カインとしてはこの再生の原因などを知っておきたい所ではある。故に好きにさせる事にする。


「ふむ……」


 うぞるうぞるとうごめく肉片を一つ一つ観察するカインであるが、この化物にコアの様な物は無かった。こういう細切れにされても再生するのであれば、どこかにコアの様な物があるはずだ。そう思ったわけであるが、どうやらそういう事でもないらしい。


「……ふむ。素体はクローン人間。遺伝子にプラナリアを注入されているな。それが、再生の秘訣か」


 プラナリア。それは蛇の様に手も足もない微細な生物の名だ。この生物の特徴として、驚異的な再生力が上げられる。

 嘘か真か、ある医師がメスでプラナリアを百の断片に細切れにしても問題なく再生した、という逸話があるほどの再生能力を有していた。

 その再生能力たるや真実凄まじく、頭部側としっぽ側に裁断されると頭部側からはしっぽが、しっぽ側からは頭部が再生するほどであった。他にも頭部を3つに裁断すると、頭が3つ再生するほどだ。


「……」


 カインは自分が裏社会の住人として聞いた事のある情報を思い出す。第三次世界大戦からの三百年。人が繁栄を取り戻す中、それと同じ様に闇もまた進歩を続けていた。それは政府という組織が無くなった事で、逆に著しく進歩したと言っても良い。

 例えば、カインが呟いたクローンもそうだ。政府がなくなり倫理的に止める組織が無くなった事で、クローニング技術は二十一世紀とは比較にならないほどに進歩している。他にも遺伝子工学であれば、人に他の生物の遺伝子を組み込む実験も盛んに行われた。先に彼が呟いたプラナリアはその再生能力から真っ先に研究が行われた生物の一体と言えた。


「プラナリアの再生能力の遺伝子への組み込みは半分成功、半分失敗……被検体は強力な再生能力を手に入れられたものの、知能レベルの低下が見受けられ、人体構造の複雑さからプラナリアほどの再生能力は保有出来なかった。また、激痛の影響からか精神に甚大なダメージも観測された。肉体的には、細切れにされた状態からの再生が限界だった……だな」

「……」


 カインの呟きを聞いている三つ葉葵は、カインの推測が自分の推測と同じ事を理解した。そして同時に、カインの見識の深さにはほとほと呆れるばかりだ。

 こんな裏社会でも最深部にあるだろう情報を手に入れるなぞ、まず間違いなく容易く出来る事ではない。その上、これを理解している様子だ。学術的にも、非常に優れていると言わざるを得なかった。


「なるほど。商品としては使い物になるレベルには到達しているようだな。今の段階で強襲出来るのは良い事だ。売りに出されると、ゴミ掃除が面倒になる。今ならまだゴミ掃除が楽だ」


 およそ十分ほどで再生した化物を見て、カインは一つ頷いた。十分もあれば並の戦士でも問題なくこの化物は殺す事が出来る。が、戦闘力を鑑みれば十分商品化可能な領域と言って良いだろう。もう隠すつもりも大分と無い事が察せられた。


「ああ、もう良いぞ。とりあえず死んでおけ」


 カインは再生が終わり再度こちらに向かってこようとする化物を再度、細切れにする。無限に再生出来るかは知らないが、これで殺せない事がわかっていれば十分だ。そうしてどしゃり、と水気を含んだ音を立てて崩れ落ちた肉片に向けて、カインは手を向ける。


「……」


 カインが生み出したのは特大の光球。カイン一人分の大きさはあろうかという光球だ。が、これはヘルトの扱った光球とは全てが違う。触れるだけで消滅する強力な魔術が組み込まれた光球だった。


「……」


 こんな大魔術を無詠唱かつ一瞬で構築するのか。三つ葉葵はカインの戦闘能力の底知れぬ様子に思わず恐怖を通り越し、畏怖する。

 間違いなく、裏社会ではその名を知らぬ領域の猛者だ。それを自身が知らないという事が何より、彼女には理解が出来なかった。が、そんな困惑をカインは一切気にせず、光球を投じて化物を完全に消滅させたのだった。

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