男は脱出できるのか8

千粁

男は脱出できるのか8

「あそこだよ」


 俺はアユが指差す方向を見た。

 そこは教卓とは反対側の壁で、生徒達のランドセル等を入れておく為のロッカーが備え付けられていた。

 しかしそのロッカーは扉の無いタイプで、出口らしきものは見当たらない。


「え? どこだ?」

「だから、あそこ!」


 アユはいまだロッカーの方向を指差している。

 ん? よく見るとその少し上を指差してるな。

 俺はロッカーの上に視線を上げる。

 なんとそこには確かに『ドアノブ』があったんだ。


「え? あれの事だよな?」

「うん。たぶんね」

「確かに『とびら』と『ドアノブ』だけど文字じゃないか」


 ロッカー側の壁には生徒達が書道の時間に書いた作品の半紙が一面に貼られていて、ほとんど全ての半紙にはひらがなで『とびら』と書かれているのに、ただ一枚だけがカタカナで『ドアノブ』と書かれていた。


「でも、他にないよ」

「そうだけどさ」


 俺は半信半疑ではあったけど、アユの手を引いてロッカー側の壁に近づき、その半紙に書かれた『ドアノブ』をまじまじと見た。

 四隅を画鋲で留められている何の変哲もない半紙だ。

 どれも作者の名前は書かれていない。


「どう見ても普通の半紙にしか見えないんだけど……」


 そこで俺は大事な事を思い出した。


 そうだった。

 ここは何が起きてもおかしくない場所だ。

 こういう場所では今までの常識は役に立たないだろう。


 それに俺達を閉じ込めた奴からのメッセージを見る限り、俺達を観察して楽しんでいるようだった。

 今頃は困っている俺達を見てにやけているに違いない。


 先に進みたければ知恵を絞れって言うんだろ?

 やってやろーじゃないか!


 とはいえこの『ドアノブ』を何とかしないといけない。

 え〜と、これをどうすれば扉が開くんだ?


 当然だがドアノブは回すものだ。

 ドアノブを回す事で扉は開かれる。

 これは間違いない。


 ならばどうやってこの『ドアノブ』を回す?

 よく考えろ。

 半紙に墨、画鋲で留められた『ドアノブ』……。

 ん? 画鋲で? もしかして!?


 俺はその半紙を左手で押さえながら四隅を留めている画鋲を全て抜き、抜いた画鋲を一つだけ摘んで半紙の中心に刺し込んだ。

 そしてその画鋲を基点として半紙を時計回りにゆっくりと一回転させたその時!


 何も起こらなかった……。


「コウちゃん? 何をしてるの?」

「こ、こうすれば何かが起こる気がしたんだけど」

「ふふふっ。コウちゃんって面白いねっ」

「あ、ああ、まあな……は、はは……」


 アユに笑われてしまった。

 自信満々に奇行をしていた自分が恥ずかしい。

 初恋の相手に良い所を見せようとして空回りしてしまったな。


 しかし俺の導き出した答えは間違っていなかった。

 

 俺はふと教卓の後ろにある黒板に目を向けた。

 驚いた事に今まで何も書かれていなかった黒板に、白いチョークでリアルな扉の絵が描かれていたんだ。

 さらに不思議な事にその絵であるはずの扉が徐々に開いていく。


「あっ! アユ! あれっ!」

「え? わっ、あれって扉の絵だよね? なのに開いてる」


 黒板の中に描かれた扉が完全に開いた。

 その扉の先は別の部屋に繋がっているようだ。


「これで先に進めるみたいだな」

「うん! やっぱりコウちゃんはすごいねっ! 半紙を回転させるなんてわたしじゃ思いつかなかったよ」

「アユがヒントをくれたからだよ」

「そうかな? でもやっぱりコウちゃんの方がすごいよ!」

「じゃあ二人のおかげだな」

「うん、そうだね! ふふふっ」


 俺とアユは黒板に近づく。

 黒板に描かれている扉は少し高い位置にあるので、俺達は生徒の椅子を黒板の下に置き、それを踏み台にして次の部屋へと進んだ。


 俺はアユの手を離さないように少し強く握ると、アユも握り返してくれた。

 絶対にアユと一緒にここを脱出してみせる!

 そう決意を新たにした俺だったが、進んだ先の部屋はなんと……!?

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