68. 決意の懇願

「手塩先輩……どうして」


 満身創痍の手塩に理里が問うと、彼は咳き込みながらも答えた。


「我々の仲間、英雄ヒッポノオスが暴走したのです。彼はキマイラを利用し、世界を滅ぼそうとしている。私も珠飛亜先輩も、彼に傷を負わされた……ごほっ」


 手塩は、ふたたび血を吐く。下を向いた彼は、凍った地面に右手をついた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「詳しいことはあとで話します。今は、先輩の手当てをしなくては」





「……慣れてるんですね」


 理里がブラウスをちぎっている間に、手塩は理里に渡された切れ端を手際よく傷口に巻いていく。ぱっくり割れた切り口を丁寧にくっつけ、くるくると。


「戦で、何度か経験があるもので。君の父上との戦いの際も、何度もこうした手当てはしました。ここまでの大怪我では普通死んでいますがね」

「……」


 相変わらず嫌味なやつだと思いつつ、理里は自分のブラウスを破りつづける。


「……そういえば、ヒッポノオスが裏切ったってどういう意味ですか? 世界を滅ぼすって」

「……彼は、のです」


 手塩は静かに答えた。理里に背を向け、包帯を巻く手を止めないまま。


「……月?」

「狂った、ということですよ。月女神アルテミスの寵愛を受けた……狂気に呑まれた者を、そう言うのです。われわれギリシャの文化ではね」


 手塩は手を止めない。スムーズに、ひとつずつ、確実に包帯を巻いていく。


「……怪原理里。いや、怪原理里くん」

「……はい?」


 急にかしこまった声に、理里は手を止める。すると、手塩は座ったまま身をひるがえし。

 突然、土下座した。


「ちょっ……どうしたんですか!?」


 戸惑う理里に、彼は、思いもよらない『頼み』を告げた。


「どうか、彼を……ヒッポノオスを、殺してもらえないだろうか」


 雪風が、ふたりの前髪を揺らしていた。

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