21. at that waterfall



 柚葉ゆずのは大滝おおたき。落差33mにも及ぶ、柚葉市随一ずいいちの観光名所。

 切り立った崖からゆるやかな曲線を描き、滝壺たきつぼへと落下する白い水流は、ナイアガラのように横に広いわけではなく、どちらかというと世界一の落差を誇る滝・エンジェルフォールに似て細く長い。

 だがこの滝、実は水源はとうに枯れ果てており、ポンプで流している……という噂が存在するが、真偽のほどは不明である。


 閑話休題それはさておき。滝の息吹をじかに感じられる、滝道たきみちの終点である高台たかだい。いくつかのベンチが並べられており、みやげ物の出店でみせも並ぶこの場所に、「かけっこ」のゴールテープが設置されている。

 ガーゼ生地でできたテープの片側は、ベンチが並ぶ滝の直近より手前、滝から流れる川にかかる橋の高欄こうらんの片端に結ばれている。そして、もう一方をいたのは――


「……遅いですね、蘭子らんこさん」


 手塩てしおである。蘭子と理里のスタートを確認した後、籠愛ろうあいの天馬でこの滝道まで移送された彼は、このレースの審判として、ゴールテープ係・タイムの計測係をになっていた。

 彼のかたわらには、この日のために麗華れいかが用意したハイスピードカメラが設置されている。マッハ2(最大ではマッハ8)という超・超・超音速でゴールテープを切るであろう蘭子の勇姿ゆうしを記録するために、蘭子が麗華に頼み、麗華が資産家の父親にねだって購入してもらったものだ。これ以降、何に使うのか全く分からないが。


(しかし、本当に遅い……やはり妨害にっているのでしょう。怪原家かいはらけには一人、『異能を無効化する能力』の持ち主が居た……これだから、データには目を通しておけと言ったのに)


 蘭子は普段から、敵のデータなどをろくすっぽ調べもしないことが多かった。彼女いわく、「その方が燃える」からだというが……手塩にはとんと理解できない思考であった。


(あの方は本当に合理性に欠ける。私の、一番苦手なタイプだ)


 非論理的な、自らの感情のみを行動原理とする人間。それは、手塩にとって最も存在だった。その先に何が、考えもしない彼らは――


「……む」


 と、滝道の下の方から。なにやら恐竜のような雄叫おたけびと、野蛮できたない笑い声が耳に届いた。


「……ようやくですか。あれだけ啖呵たんかったのです、必ずや貴方あなたの勝利を見せてもらわねば……今度ばかりは、おこりますよ」


 そう、ひとつ手塩の口元は、笑っていた。



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