第5話 天使の記録 ;贈り主

12月24日クリスマスイブ

朝から雪が降り始めた。今までの貯金と今月にほとんどごはんを食べずに貯めたお金。1ヶ月間ギリギリまで我慢して1日一食か二食にし、より安いものを選び、毎日使うお金を10円でも100円でも節約してお金を貯めた。それでもケーキやごはんを買ったらほとんどなくなってしまった。

ケーキを買ってくれば、お父さんは喜んでくれるかもしれない、笑顔を見せてくれるかもしれない。たった一切れのケーキを父親と食べたい、女の子はそんな願いを抱いて帰った。それから、もうひとつの袋に目を落とし少女はふふっと笑った。

あのこにも、クリスマスに豪華なごはんを食べさせてあげなくちゃ。玄関に入り、父を探す、たいていはどこかに寝そべったりお酒を飲んでいるが、今日はいない。お酒を飲んでいないのかもしれない。それなら少しは話を聞いてくれる。もしかしたらケーキを一緒に食べてくれるかも…

女の子は期待して父親を探した。庭に人影が見える。父親は縁側に座り込んであたりを眺めていた。父親が部屋の外に出ることは今までほとんどなかった。少女はまわりを見渡した。

嫌な予感がした。

「お父さん…ーはどこ?」ゆっくりと父が振り返る。まるでたった今女の子に気づいたとでも言うように。

「ああ?猫ならうるせえから追い払った。蹴っ飛ばしたらどっか行ったよ」

オイハラッタ―ドコカニイッタ―

どういうこと…?あの子は、もう、いないの?その瞬間、女の子は目の前が真っ暗になった。全ての思考が吹き飛んだ。冷静に受け止める「自分」なんてどこに行ったのだろう。受け入れることもどうするかも考えることはできず、ただ呆然とした。

-足がべったりとしている、生クリームがついていた。ケーキを落としていたらしい、「おい…酒…って…いよ」

父親の声が途切れ途切れにしか聞こえなくなっていた。それは、普段のように心を沈めて聞こえなくするのとは違う。もっと攻撃的な無視だった。女の子は父親をにらみつけ、家を飛び出した。


猫はそう遠くない道路で半分雪に埋まっていた。涙がこぼれる。猫を優しく抱こうとしたが手足が震えて、そばにへたり込んだ。それでもなんとか猫に触れて、膝の上にのせた。

「ごめんね…ごめんね…」

猫を抱えて、女の子は泣いた。

(ない…てる?)

猫には、もう女の子は見えていなかった。

(泣かないで、ずっと笑ってて欲しいんだ…)

もともと、猫にはもうわずかしか寿命が残っていなかった。今夜は超えられないことを、猫は感じていた。

(おとうさんとクリスマスに笑う彼女を見届けてから、いなくなるつもりだったのに…)

自分がいなくなってからも、女の子がひとりぼっちにならないように、笑っていられるように。そう願っていた。でも、もう女の子がちちおやと笑うことはできないのだろう。もうほとんど目は見えない。女の子の声も聞こえない。でも、泣いている。泣いて欲しくないのに、せめて自分がもっと長く、彼女といられればよかったのに。

あのとき、助けてくれて、お礼はあんまり喜んでくれなかったけど、笑ってくれた。この子とはずっと一緒にいていいんだって思ったのに…

(ああ、そっか、ボクは家族になりたかったんだ。)

本当の兄弟や親も、猫には関係ない。精悍な猫につきまとっていたのも、家族に、なれると思ったから…

少女が精悍な猫を埋めてくれたから、自分の大切な存在を救ってくれたから、

(そうじゃなかったんだ)

本当は、救われたのは精悍な猫じゃないし、あの子は救ってなんかいなかった。

(この子なら、ボクのこと弔ってくれるかもって…)

優しい人の、家族になりたかった。それに、(いつもこの子はひとりぼっちだった)

あの子の言っていた、優しくしたい、という意味がわかった気がした。

(理由なんか無くてもそばにいて、理由なんかなくても優しくしてもらえて、優しくしてあげられる、そういうのを家族って言うんだ。)

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