人生の途中ですがヤキトリと名乗ることになりました。
モンキーサン
その1,ヤキトリ
「マナブ、マナブ、起きなさい。」
「こんなところで死ぬとは情けない」
身体が重い。まるで水の中にいるような、煎餅布団を5枚くらいかけられているような…。
「マナブ、あなたはまだ死ぬ予定ではありません。起きなさい。起きろって」
女の子がしつこく話しかけてくる。
俺はあの時の死んだんだな。ということはここはどこ?天国?あの世?かくりよ?今の流行りで言ったらチートで異世界転生とか?
「私はすこやかロリータの神、アラクネさんです」
何を言ってるのか全然わかんないです。あと可愛い。
女の子は成人になるかならないかくらいの見た目に、頭からすっぽりとローブのようなポンチョのようなものを被っている。翠色の瞳。
「何を言ってるかわからないだろうけどね、私もさっぱりわからない。緊張をほぐしてあげようと思ったんだけど、とっても滑ったわ」
「俺は、死んだんですか、ね?」
目覚める前の記憶は曖昧で、目の前に広がるのは宙を舞うたい焼きの光景。
焼き鳥、ビール。
そうだ、考え事をしながら
駅のホームを歩いていたら
落ちて轢かれて死んだんだ。
それにしても身体が重い。それもそのはずだ、煎餅布団が5枚もかけられている。
「あなたはまだここに戻るべきではありませんでした。貴方の守護神たる私のミスです。申し訳ありません」
このすこやかロリータが言うにはこうだ。
本来の生まれるべき世界での転生を待つ間に人間の世界で徳を積み、その徳の高さで転生した時のクラスが決まる、と。
その人間の世界での人生の長さも、転生前の人生で如何に功績を残したかで決まるらしい。
俺は転生前のクラスでは特に優秀な人材だったようで、少なくともあと60年は人間として徳を積む予定だったんだ。
そして、例えば事故や病気などにならないように、ちょっとだけ
で、我が守護神すこやかロリータ様は、間違えて死ぬように操作してしまったらしい。おっちょこちょいでは済まされない。絶対に許さない。
大抵は間違えても病気とかだからすぐに蘇生してって感じらしいんだが、流石の神も時間は戻せない。
火葬されてしまったり、手遅れだったりすると手も足も出ない。
俺の場合、手遅れ過ぎて手も足も見つからない。
笑えないギャグだ。
「それで、俺はこの後一体どうなるんです?仕事もこれからって時だったし、家族にも何も言えなかった。何より色々な人に迷惑をかけてしまった。『しかもこんなところで死ぬとは情けない』って言ったよね?」
もぞもぞと重たい布団から這い出ると、自分の身体の身軽さに驚いた。
いつもならもう少し、年相応の倦怠感や肩こり、腰痛などがあった。
身体を確認する視界が眩しい。あたりを見渡すと、何もない永遠の白が目の前に広がっている。
壁も天井もない。白。
「貴方の人間での身体は既に回復が不可能です。申し訳ない」
申し訳なさそうに、それでいて軽く言ってくれる。
「代わりに、と言ってはなんですが、別の世界で残りの人生を歩んでいただきたいのです。もちろん、貴方の望むべき姿、能力で」
つまりこれは、異世界チート転生というやつだな…。
「俺は、そんなチートは望んじゃいないよ。ただ、出来るなら知らない世界で生きてみたい。それと困った時は相談させてくれ」
こくり、と頷くと守護神すこやかロリータ様の纏ったローブの隙間から、暖かい光が溢れる。
まるで41℃位の風呂に足先から包まれていくようだ。
とてもいい香りがする。記憶にある香り。
柑橘系の香りだ。いやこれ柚子の入浴剤の香りだ。やっぱ風呂だこれ。
「いいでしょう。貴方が望むなら、私はいつもこの耳を澄まし、この手を貸しましょう。それが私の償い。しかし、貴方の人間としての人生は終わりました。新しい人生を歩むため、その新たなスタートのために名前を自らつけるのです」
身体が引き締まり、軽くなっていく。
このコンディションは、若かったあの頃の自分だ。
「そうね、名前、名前…。新しい名前。タイヤキで決まりね」
「今自分で新しい名前つけろって言わなかった?」
「えー?じゃあじゃあ、サッポロ、アサヒ、キリン、オリオン…ハイネケンとかどう?」
「そりゃ喉が渇いて仕方ないのに酷な選択だ、って、なんでだよ、やけに詳しいなおい、というかビール一択かよ」
「であれば、ネギま、ポンポチ、イカダ、新生姜巻に期間限定のラムタン塩とか?」
「なんでヤキトリなんだよ考えさせてくれよ。わかったよポンポチでいいよもう」
「申し訳ありません、只今ポンポチは品切れしておりまして…」
「遊んでるだけだろ!!!わかったわかりました、ヤキトリだ!俺は今日から!ヤキトリ!!」
俺が宣言すると、すこやかロリータ様にっこりと微笑む。
「貴方は今、イトウマナブとしての人生を終え、新たにヤキトリとしての人生のスタートを切りました。年齢は色々とやりづらいでしょうから18歳。困ったことがあればこの袋を開けなさい。必ず役に立つでしょう。」
そう言うと、ローブの中から透き通るような白い手を伸ばし、何かの動物のなめした皮で出来た巾着を手渡してきた。
ずっしりと重いような、それでいて紙のように軽いような、不思議な袋だ。
「
仰々しく言ってくれるな、そもそもあんたのせいでこうなったんだ。
「それと、私はすこやかロリータ様ではありません、アラクネさんとお呼びなさい…」
すこやかロリータ様の姿が徐々に薄くなり、あたりも白から黒へと暗くなっていく。
風が顔を撫でる。
フッと何かの香りが鼻にかかる。
焼鳥の焼く匂いだ。ブラックアウト。
☆☆
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