3章4話 レッド・アンド・グリーン・レストラン(1)
恋歌が私服に戻るのを待ってから、3人で会計をして、店を出る。
外は春らしくとても麗らかだった。晴天で、風も凪いでいる。
「清澄先輩? ファミレスってどこにあるんですか?」
「クリスロード商店街を少し歩いたところよ。サイゼリヤね」
事実、本当にすぐにファミレスに到着した。入店して十音先輩が店員さんに人数を伝えると、たった1分で窓際の席に案内される。俺の隣に恋歌、正面に十音先輩という席順。ちなみに最高で4人座れる席なので、椅子が1脚余って、そこには荷物を置かせてもらうことに。
「わたしはピザとパフェにする。タク君は頼む物決まった?」
「俺はハンバーグにするよ」
「そうね、私はお冷だけもらおうかしら?」
「十音先輩、冷やかしはダメですよ?」
「お冷と、冷やかしをかけたのね? ルート・マイナス3点」
「虚数とか分かりずれぇ! 俺の突っ込みを存在しないことにしたいんですか!?」
「2人とも、店の中では静かにしてね?」
そうだな、恋歌の忠告通り静かにしよう。
十音先輩は備え付けのボタンを押して、店員さんを呼んだ。そして俺と恋歌、そして十音先輩の食べたい物を店員さんにオーダーする。余談だが、十音先輩が頼んだのはグラタンだった。決してお冷ではない。
オーダーを終えると、十音先輩は正面に向き直る。
「さて、まずはこれからの予定を確認しましょう」
カバンから水色の手帳を取り出す十音先輩。彼女は手帳を開いてテーブルの中央に、全員から見えるように置いた。そこには今日の予定が記されていて、具体的には『10:00 集合』『10:10 買い物開始』『12:00 昼食』『13:00 レンタルルームで撮影』『15:00 解散』とのこと。
「レンタルルームの撮影は時間に厳しいから、なるべく5分前行動を心がけましょう。あと……『15:00 解散』となっているけれど、ぶっちゃけた話、あなたたちは家も近いそうだから、2人で帰っていいわよ」
俺と恋歌がスケジュールを確認し終わると十音先輩は手帳をしまった。
「さて、実は昼食という実質的自由時間に、1つ相談したいことがあるのよ」
「おぉ、珍しく清澄先輩が真面目です! それで相談って……?」
「部員確保のことよ」
心のどこかで、俺はその相談が来ることをわかっていた。恋歌が入部してからもうすぐ1週間が経つ。その間に入部希望者どころか、見学者すら、我が同好会には現れなかったのだ。恋歌が入部した初日に俺たちは役割分担したが、その結果、十音先輩が同好会の宣伝をすることになったのは言わずもがな。その十音先輩がこの相談をしてくるということは……、
「やっぱり難しいですか、部員の確保?」
「えぇ……、そうね。誰も突っ込み役の人がいなければ、私も真面目に宣伝するわ。それでも見学者が集まらないのはなぜでしょうね?」
「できれば初日もボケないでやってほしかったですけど、それを水に流しましょう……」
そこで三者三様、思案顔になる。確かに十音先輩は調子に乗りやすいけれども、事実、こうして休日でも部活動に勤しんでいることから、真剣に取り組む気は間違いなくあるはずだ。つまり、部員勧誘は真面目にしていることになる。
では、なぜ見学者の1人も集まらないのだろう?
新たな疑問に俺が直面すると同時に、恋歌がおずおずと手を上げた。
「あの……、わたし自身オタクだからわかるんですけど、入部して、周りにオタクってばれるのが怖いんじゃないですか?」
「一理あるわね。じゃあ、それを踏まえてどうしたら部員が集まるか考えましょう」
オタクが露呈するのが怖いから入部しない。極論を語れば、簡単にできる解決方法は2つある。アイドル同好会をオタクの集まりと思わせなければいい、これが1つ。もう1つはオタクが露呈しても恐れない生徒、オープンオタクを勧誘する策。ふむ……、この2つだったら前者の方がやりやすいかな?
「だったら、同好会をオタク集団と思わせなければいいんじゃないですか?」
「その方法だと、私たちの実態を知ってもらう必要性があるわ。要するに、活動内容をさらす必要がある。つまり――」
「無理ですね、それだと大なり小なりウソを吐くことになりますし……」
「違うわ。星乃さんの淫らな写真や動画をばら撒けば、活動内容は一目瞭然よ」
「無理に決まってんだろ!?」
「でもこれが私たちの同好会の活動内容よ?」
「なんてこった! 確かにその通りだ、反論できない――ッ!」
「ちょっとタク君ッ!? 諦めないでよ!?」
わたし、淫らな写真撮ってないよぉ~、と、恋歌は唸った。しかし1日1回はキスやら、全裸になるやら、抱き着いてくるやら、着替え観賞を強制するやら、恋歌は誘惑してくるし……。仮に今日、見学者がいたら、間違いなく恋歌は淫乱と誤解されるだろう。写真以上にタチが悪い。
「でも、淫らかどうかは置いておいて、写真で興味を引くのは上策かもしれませんよ?」
「ホントに私の写真を部の勧誘に使うの? 恥ずかしいな……」
その気持ちは充分に理解できるけれども、部員を集めるためだ。恋歌もそれを知っているから、恥ずかしいと思っても、最終的に反対はしない。ちなみに、
「私にしては珍しく、1つだけ真剣なことを言わせてもらうけれど、これぐらいで羞恥心を覚えるようなら、これからはもっと大変よ?」
「うぅ……、清澄先輩はイジワルです……」
「まぁ、流石に十音先輩でも、部活の勧誘活動に、きわどい写真を使わないだろ」
「あら? 高槻くんは私が幼女の水着ポスターを勧誘に使おうとして、失敗したことを忘れたのかしら?」
「せっかく忘れていたことを蒸し返さないでください!」
「やっぱりきわどい写真、使うんじゃないですか!」
演技じみた笑いを浮かべる十音先輩。この人は自分から相談を持ちかけたくせに、何でこんなに自由なのだろうか? 謎である。笑みをたたえる十音先輩に参って、俺と恋歌の精神力は減っていくばかりだ……。
「写真の案はありがたく使わせてもらうわ。真面目にやるから安心しなさい。で、他には何かいい方法はあるかしら?」
他には、ねえ……。一体アイドル同好会以外の部はどうやって部員を集めているのだろうか? プラカード、ビラ、チラシ、このあたりはもう十音先輩がやっているに決まっている。となると校内放送とか、1年生のクラスに突撃とか、結構めんどうくさくいやり方になってくる……。
でも、それは生徒会の許可が必要なはず。だったら、今現在行っている勧誘を工夫、アレンジする方が一番なのか?
「チラシにホシノのアイドルビジョンとTwitterのIDを貼るのはどうですか?」
「いいと思うわ。生徒の興味も引けるし、星乃さんのファンも増えるし」
本人の意思確認をしようと、隣の先の恋歌を一瞥した。恋歌は水を飲んで喉を潤してから「私もいいよ」と同意した。恋歌はコップをテーブルに置いて、十音先輩の全身を観察した。
「――でも、不思議ですよね。清澄先輩くらい美人さんなら、清澄先輩目当てで近付いてくる男子もいたんじゃないですか? その人たちを誘えば……」
「確かにいたわ。でも、声をかけるとなぜか逃げてしまうのよ。それでも前に1人、私のスマホのストラップに気が付いて仲良くなった男子はいたけどね」
一瞬、十音先輩が俺に視線を投げた。そして演技じみた微笑みを浮かべる。
「クス――、その男子は面白かったわ。ストラップに気付くと私に飛びついて馬乗り、そしてスカートのポケットに手を突っ込んで『このストラップどこで買いましたか!?』とスマホを取り出す。学校の廊下で何をしてくれているのよ、と、本気で殺したくなったのが懐かしいわね」
「タク君! どういうことか説明してよ!」
「その節は非常に申し訳ございませんでした!」
超高速でテーブルに手を付いて、頭をこすり付ける。少しファミレス内に響いてしまう鈍い打撃音。怒っている恋歌に、見下した態度の十音先輩に、謝罪する俺。周りのお客様には、もしかしたら俺がダメ男に映っているかもしれないな……。
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