貴族令嬢の欠陥
背負われたまま山を降りて、少し体力が回復したわたしは、ヴェルターの心配を押し切って自分の足で借家へと戻りました。
だって男性に背負われて市街地を連れ歩かれるなんて恥ずかしいでしょう?
そうして戻ってから最初にしたのが
いくらこの学校の落第者であり、成績優秀者でもあるわたしを誰も知らないということはありません。
なので魔法の使えないわたしが参加するには、どうしても顔を隠す必要があったのです。
また、わたしの微かに緑がかった金の髪は地味に目立つため、実は顔だけでは足りません。
どうしたものかと考えていると、何処からともなくヴェルターが
身に付けてみるとカツラは地毛を巻き取るように絡んで自然には取れず、外そうとするとするりと抜け落ちる不思議な感触。
口元を隠すマフラーに息苦しさはなく、目を守るゴーグルは外からだと視線が分からないのに、わたしからはばっちりでした。
出場する服は運動着でも良かったんですが、ヴェルターが「動きにくい服で戦う方が実戦的だね」と言い出したことで、首から下はいつもの制服です。
ちゃんとスカートの下にはショートパンツを履いているので、激しく動いてめくれても大丈夫です。
いくら顔を隠していても、淑女たるもの余りはしたない真似はできませんからね。
衣装が決まった辺りでヴェルターが「最大の不安を解消しておこう」と講義を始めました。
「ティアナは今日、
「……はい」
「つまり君には時間制限があるということだ。それもとびきり厳しい制限がね」
たしか耐えられたのはたったの二十秒ほど……それも半分を過ぎた辺りで力が抜けてしまいました。
舞台に立つだけの消費でこれでは、魔力を叩きつけて削る戦いでは、どうやっても相手に勝てるわけがありません。
それほどわたしの魔力は小さいのですから……。
「しかし今日一日私と共に過ごしたことで倍は持つはずだ」
「え? 本当に一緒に居ただけですよ?」
「そうだね。けれどティアナは魔力欠乏を二度も経験しているじゃないか」
「どういうことです? まさか魔力を増やすための手段がそれですか?」
「その通り。筋力と同じで魔力も消費するほど純度や量が増していく。
魔力欠乏症を引き起こすのは危険であると同時に、非常に高いトレーニング効果を持っている」
だって一日で二度も起こすくらいお気軽な症状ですよ?
ヴェルターの話にぴんとこず「危険、なのですか?」と問い返します。
「魔力の枯渇は、日常的に
そうだね……頻繁に断食なんてしたら体力や抵抗力が落ちて病気に掛かりかねないのと同じだね」
「ご飯は大事ですよね……」
「うん。ティアナはダイエットなんて考えないようにね」
なんだか遠い目をして言うのは何かあったのですか?
まさか昔はヴェルターは太って……いいえ、邪推するのはやめましょう。
というより魔力の話でしたよね。
でも
「話を戻すけれど、君は今まで『消費の仕方』を知らなかった。
無意識で行われる消費すら、高い能力が裏目に出て行われず、少ない魔力を育てる機会を逃し続けてしまった。
これが魔力不足に陥った致命的な原因だろう。今日山道を歩いたように、ティアナは魔力が無くとも一定以上の成果を出せてしまうからね?」
「では消費の仕方を覚えれば!」
「逸る気持ちは分かるけれど、年単位での膨大な魔力消費の積み重ねが魔法という奇跡に手を伸ばす条件だ」
「え、それではわたしの魔力は……」
「一週間という短期間の消費で魔法を扱えるまで増やすのは難しいね」
改めてわたしの特異性に頭が下がります。
魔法士の家系で、わたしだけがどうしてこんなにも頑丈に育ってしまったのでしょう?
せめて最初から大きな魔力を持っていれば魔法を使って『膨大な消費』を積み重ねられたのに。
協力させ、時間を使わせ、多大な迷惑を掛けている
わたしに差し出せるものなら何でも渡すのに。
ただただ思いの届かない現実に、ぐにゃりと視界がゆがんだ。
息が小刻みに引きつり、どんどん見せられない顔になっていく。
絶望で頭が回らないわたしへ、ヴェルターの「そこで」という声が降ってきました。
「え? 何か対策が?!」
「ティアナは一体何を聞いていたのかな?
君に『魔法を使えるようにしてほしい』と請われた私は、『半端な結果は許さない』と返したはずだ。
たかだか
優しい中にある力強さを感じ、一瞬ぽかんとしてしまう。
すぐに「はいっ!」と返事をすると、ヴェルターは「よろしい。では講義を続けよう」と笑ってくれました。
あぁ、わたしたちにとって『絶望している時間』なんて
ギュッとこぶしを握って次の言葉を待ちました。
「結論から言うと『
だがこれは様々な意味で危険でもあるため、今一度ティアナに覚悟を問お――」
「やります!」
「……説明を聞いてからでもいいんじゃないかな?」
「他人を犠牲にすること以外なら構いません。わたしは
呆れ顔のヴェルターに決意を込めた言葉を重ねて送ります。
彼は『覚悟』を問いましたが、わたしはとっくに崖っぷちで、そんなものは遥か昔に終わっています。
そして何よりわたしは
いまさら何があっても驚きませんし、裏切られたところで諦めが付くというものです。
「さぁ、
わたしはヴェルターに手を広げて笑顔で問いかけました。
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