実は魔王子、9番目

第1話 鳥羽持つ王女、強襲す


招待状


魔王ルワール=サタン陛下の崩御を受け、来たる七月二十二日午後六時より次期魔王候補者会議を行います。

貴殿を魔王候補者の一人として招待致します。


候補者


第一王子 エルディロッド=ウィジー=イェーベル=サタン


第二王女 シルヴィア=ソルデッド


第三王女 雫 天宮


第四王子 零 天宮


第五王子 ガジェット=コーツ


第六王子 ガルディ=ソルデッド


第七王子 トルウェ=グルバーグ


第八王女 セピア


第九王子 朝賀 宙矢


第十王女 アイハ=ハルツェット


第十一王女 レーシェル=コーツ


第十二王子 シェム=ランダン


敬称略 第九王子 朝賀 宙矢殿下へ





大丈夫だって、泣くなよ宙矢ー。これくらい痛くない痛くない、何たってお前は魔界の王子なんだぞー?


王子!?それほんと、リエル?


ほんとだよ、宙矢は魔王の九番目の子なんだ。ほらもうそんな擦り傷、痛くないだろ?


うん、もう大丈夫!ねえ、じゃリエルは?リエルは魔王の家来なの!?


俺?俺はねー、天使なんだよ。昔は大空をぱたぱた飛んでたんだぜー?


すごい!リエル、飛べるの!?





…なんて会話をよくしたっけな、昔。

俺は魔王の子でリエルは天使。何で魔王の子を天使が育ててるんだよ、とかなり頭の悪い設定のほら話と思っていたけど。


事実は小説より奇なり、ってやつなのか、これ?

とにかく、その日俺の世界は一変した。




朝賀 宙矢 放課後屋上にて待つ。


いや、別にラブレターだとは思ってなかった。

だって文面がおかしいだろ、ラブレターというより果たし状だろこれ。

高校二年生の夏休み前最後の日。俺、朝賀あさが 宙矢そらやの下駄箱にそんな紙切れが入っていた。明らかに何かドッキリの類いだろう。そうでなければ今時漫画でもあり得ないだろう、この文面。

友達からのサプライズという可能性が一番高い。まあどんな目的のものにしろ、呼び出された以上行った方がいいだろう、付き合いの悪い奴と思われるのも不本意だ。

というわけで俺は放課後、屋上の扉を開けたわけだが。

まさか鳥っぽい羽の生えた女子が待ち構えているとはさすがに思わなかった。

「…えっと」

羽だ。羽が生えている。黒髪をツインテールにした同い年くらいの女子。ちょっと時代遅れな臙脂色のドレス。でもまず目をひくのは、背中から生えた茶と黒の斑の鳥っぽい羽!

造り物…か?とにかく変な女子なのは間違いない。

「来たな九番!朝賀 宙矢!」

…九番?なんだ九番って。何の番号だ。

「私は十番目の王女。アイハ=ハルツェットよ、覚えておきなさい、朝賀 宙矢!」

王女?王女って言ったか今。ちょっと頭がアレな人なのか?

「…とりあえずフルネーム連呼するのやめてくれないかな」

「………」

鳥羽の女子…アイハさんだったか、彼女は急に黙りこくって俺をじろじろと見てくる。

「あの、どうしたの?」

「…あんた本当に朝賀 宙矢?」

「そうだけど」

「……………はっ」

屋上の中央に仁王立ちしたアイハさんは、しばらくして…、明らかに嘲りを込めた笑い方をした。

「はっ、雑魚ね!ぜんっぜん魔力を感じないわ、見に来る意味もなかった!」

……さすがにイラッと来た。この子の言ってることは大半意味がわからないが、呼び出しておいて見に来る意味もないとはなんだ。

「ちょっと、君ね…」

「それとも隠してるのかしら?試させてもらうわよ」

「えっ…」

その鳥羽がはためく。

アイハさんは………飛翔した。

一気に俺との距離を詰め、腕を掴んで上昇する。造り物なんかじゃない、あの羽。俺の足は地面から離れ、宙をかく。急激な浮遊感。校舎から離れて遥か上空。下を見れば小さくなった街。見渡す限りの青空、そして上から、厭な顔で嗤うアイハさん…いや鳥女。

「何をっ…」

「浮遊魔術くらいできるでしょ?その時に嫌でも魔力を使う。試させてもらうわよ、朝賀 宙矢」

「なな何言ってるんだよ、まさか落とすつもりか!?死ぬだろそんなことしたら、」

「何よそんなこともできないの?別にいいわそれならそれで。候補が一人減るだけだもの」

前触れもなくぱっ、と――

腕が自由になる。

浮遊感が全身を襲う。

成す術なく落下する。

アイハさんがどんどん小さくなる。

何か言っている、けれど風の音で聞こえない。多分嘲りの言葉だろう。

「なーんだ、本当にただの無能か、あいつ。時間の無駄だったわ……いえ、念を入れるのは大事なこと。これも魔王になるためだものね」

茶と黒の斑の鳥羽をはためかせ、アイハさんが空に消える、そこまでは見えたけれど、そこから先は上を見ている余裕はなかった。

俺は頭から落ちていく。

ミニチュアみたいだった街がどんどん大きくなって現実味を増していく。

五階建ての学校の、さっきまでいた屋上が横を過ぎていく――――ああ、もうだめだ。

絶望が頭を支配する。うまく考えられなくなる。

こういうとき。諦めそうになったとき。

いつもリエルが言ってくれた言葉があった。

「俺は」

俺は、

「魔界の王子で――」

閉じかけた視界に、白い翼が映った。


ふわっ、と二度目の浮遊感。そして衝撃。

目を開けると、

「…リエル?」

俺の育ての親、リエルが一緒に道路に転がっていた。

「いってえ、ひどい目に遭った。宙矢ー、あんな高さから落ちたら死ぬよ?」

リエルだ。金髪に、いつまで経っても変わらない二十そこそこの見た目、ダサいジャージ。朝家で見たときそのままのリエルだ。大方またパチンコでもしに出て来たんだろう、けれど。

俺の知ってるリエルにはないものがあった。

「リエル、お、お前、それ」

震える指でそれを指す。

情けなく腰をさするリエルの背中、その向かって右側だけに。

真っ白い、羽が生えていた。

「ん、これ?天使の羽だよ」

事も無げにリエルは言う。

「て、天使って」

「昔から言ってきただろ?俺は天使なんだって」

確かに言っていた、言っていたが…!

「作り話じゃなかったのかよ!?」

「信じてなかったのか?ひどいな宙矢」

そんなほいほい信じるわけないだろ、天使だ魔王だという話!

「じゃ…、じゃあ、俺は」

「うん」

リエルは頷く。


「宙矢は正真正銘、魔王の九番目の王子だよ」




夏休み初日。七月二十日、金曜日。

俺は何とも言えない気分で目を覚ました。

――昨日のリエルの話を思い出す。

俺は第九魔王子で、リエルはその育て役の天使。

そしてあの鳥女は――

「十番目って言ってたんだろ?それなら彼女は多分、第十王女のアイハ=ハルツェットだよ」

昨日、リエルはそう言った。

「あ、第十王女って言っても十人も王女がいるわけじゃなくて、王子と王女含めて十番目ってこと…」

「ちょ、ちょっと待て、俺は九番目なんだよな?てことは、アイハさんは…」

「うん、宙矢のすぐ下の妹だね」

…あれが妹っ!?

「妹!?あれが!?すげえバイオレンスな態度だったぞ!?」

高さ二百㍍くらいから落とされたんだぞ!?

「うーん、まあ王権争いで昔からぎすぎすした兄姉弟妹きょうだいだし…」

「リエルは知ってるのか?アイハさんのこと」

「いや、知らないよ。聞いたことがあるだけ。宙矢より下の三人には会ったことないんだ」

俺が九番目、で下に更に三人。しめて十二人。

「俺の兄姉弟妹きょうだいそんなにいるの…?」

「うん、十二人だってね。俺が知らない間に三人増えてるねー」

いやいやリエルは軽く言うけど、十二人兄姉弟妹ってなかなかあるもんじゃないぞ…!?

「そんなに子どもがいるってことは、魔界は一夫多妻制か…?」

「そうだよ。王妃が四人。正式じゃない奥さんが二人…俺が知る限りはね。今はもっと増えてるかも」

全部で七人!?俺の父さんはどれだけ遊び人だったんだよ!?

そりゃ十二人も子どもがいるわけだ!

「ちなみに、俺の母さんは…」

「正式じゃない方。ちなみに人間ね。だから宙矢を人間界で育てたわけだ」

…母さん。

俺は母さんのことも父さんのことも知らない。物心ついたときから、そばにいたのはリエルだけだ。

それが突然、兄姉弟妹きょうだいが他に十一人もいることが分かるとは。

アイハさんは…、いや、

「アイハは…、何で俺に会いに来たんだ?」

これにはリエルも首をひねった。

「さあ、何でだろう。向こうで…、魔界で何かあったのかな」

結局アイハの目的は分からなかった。突然自分に十一人もの兄姉弟妹きょうだいがいること、しかもその一人はあんな性格であることが発覚したのだ、昨日は俺の人生でも一、二を争う激動の一日だったろう…。

回想を終えて、俺は起き上がる。

「…ん?」

薄っぺらい布団を除けて伸びをして。

そこでふと違和感を感じた。

「…なんだ…?」

頭がちょっと重い、ような。

嫌な予感がして、俺は洗面所に向かう。

果たして、鏡には、

「な―――なんだこれぇっ!?」

ご近所に響き渡りそうなほどの叫びが喉から出る。だけど仕方ないだろう、だって鏡の中の俺には、俺の額には、

海のように深い青色の―――角が生えていた。

「な、え、なんでっ…」

角だ。五センチくらいの先の丸い角が、額の右側から生えている。

「リ、リエルーーーーー!!」

洗面所から引き返し、俺の隣のリエルの部屋に走り入る。

布団にくるまっているニート天使を叩き起こし、

「リエル、これなんだ!?なんだっ!?」

問題の角らしきモノを指指す…が。

「えー、ああ遺伝だろー?お前のお父さんにもおんなじ角生えてたよ」

「生えてたよ、じゃねえよっ!なんでいきなりこんなの生えて来るんだ!?昨日まで普通の体だったぞ俺!」

リエルは目をこすりながらようやく起き上がる。

「成長と共に魔力も増えるからね。宙矢の魔力がとうとうそこまで成長しちゃったんだ」

まるでいつも通りのリエルの態度に、俺も少し冷静さを取り戻す。

「…引っ込められるよな?これ。だってお前が羽、出したり消したりできるんだから…」

今のリエルには、片方だけの翼はない。昨日俺を助けてから、すぐに引っ込めていた。

「うん、できるよ、しばらく練習すれば」

「しばらく、って…」

「まあ一年もすれば、完全な人間に化けられるようになるよ」

「い…」

一年?その頃には夏休みはとっくに終わっている。

いや、それよりも。

"化けられる"。そう、リエルは言った

「…俺、ほんとに人間じゃねえんだな…」

「うん」

「化けられはしても…、もう人間には戻れないんだな」

「そうだね」

「…リエルお前普通だな?」

「…まあ」

リエルは布団を畳み始めた。

「俺もねー、昨日のアイハちゃんの件を受けて、もうそろそろ宙矢をただの人間として育てるのは無理かな、って思ってたとこなんだよ」

「………リエル」

「まあ気を落とすなって宙矢。しばらく学校は休んで、魔族として生きるか人間として生きるか決めるといいさ」

「…いやリエル、なんか窓から、」

「え?」

すっっっぱーーーーん!

と派手な音を立てて、開いた窓から飛び込んできた何かがリエルの頭に直撃した。

「だ、大丈夫かリエル?」

ひらひらと、その赤い何かがリエルの頭から落ちる。紙…?封筒だ。

「いったいな、魔界郵便はほんとに乱暴なんだから…」

「郵便?魔界の郵便こんな感じなのか!?」

リエルは赤い封筒を手に取ってぺりぺりと封を切る。どういう仕組みなのか、封筒はもう動かない、ただの封筒同然だ。

「………」

リエルは珍しく真面目な顔をして内容を読み耽っている。

「何て書いてあるんだ?」

「…なるほど宙矢、昨日アイハちゃんが来たわけが分かったよ」

「え?」

リエルは中身のカードを俺に渡した。

見たこともない字が書いてある……はずなのに、なぜかなんとなく意味が解る。

"魔王ルワール=サタン陛下が…"

「崩御……?」

「ああ」

リエルは頷いた。

「魔王陛下が…、宙矢、お前の父親が亡くなったんだ」

会ったこともない父さんが。

…亡くなった?

「アイハちゃんが来たのはライバルの視察ってことだったんだね。十二人の王子、王女から次の魔王を選ぶんだよ」

「この…、次期魔王候補会議っていうのに、俺も呼ばれてるんだよな」

「そう。宙矢、魔王になりたいかい?」

魔王…?自分が人間じゃないことすら昨日知ったばかりなのに、魔王とか言われたって。

「………リエルは俺に魔王になって欲しいとかないのか?」

「えー、別に宙矢の好きにすればいいよ。むしろ宙矢が魔王になったら、俺この家に一人で淋しいし」

「……………」

「ま、とりあえず行ってみればいいんじゃない?呼ばれてるんだから」

「…そうだよな」

こんな角が生えてしまったわけだし、どうせしばらく人としての暮らしはできそうにない。

昨日存在を知ったばかりの、兄姉弟妹のことも気になる。

「…俺、魔界に行くよ」

「魔王になるのか?」

「まさか。無理だろ、俺が魔王とか。ちょっと行ってみるだけだ」

「そっか。じゃ、俺も久しぶりに魔界入りだ。明後日だよなー、いろいろ準備しないと」

「お前天使なのに魔界行けるのか?」

「行けるよ。俺、宙矢のお父さんとは友達だったんだからなー」

「天使が!?魔王と!?」

性格悪すぎる妹の強襲。

突然生えた角。

顔も知らない父さんの死。

家族会議への招待状。

いろいろありすぎた二日間だったが…、多分これからの方がもっと、いろいろあるんだろうな……。

だってこれから魔界に行くんだ。

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