私のぜんぶ、あなたに伝えていいですか?

千菅ちづる

プロローグ

"昔話"の調べの前に、二人だけの奏曲を。親愛なる、あなたへ。

 「もう十五年かぁ。」

 あえて、言葉にしたくなる年数。

 「そうだねぇ、あたしらもいい大人になっちゃいそうになってるねぇ。」

 「ゆさ、ちょっと、おばさん臭いよ?」

 私は柄にもなく少し微笑みながら、ゆさの台詞に言葉を返す。

 「いやいやー、あたしとしてはピッチピチのデキる大人な女性を想像してたんだけど。」

 「あはは、そなんだ。」

 私とのやりとりのときに浮かべるにたにたとしたゆさの笑みは、いつもと変わらず邪気を全く孕んでいなくて、裏がなくて、私は大好きだ。

 「ミキは相変わらずのネガティブシンキングですなぁ。」

 ちょっと失礼なこと言われた気がするけれど、私たちの間では、それを気に留める時間も惜しいほど、その時は近づいてきていた。

 「……ゆさは、いつも通りにしててね。そう、いまみたいに、気楽に、ね。」

 「分かってるって。それに、いまは、いつもみたくあたしがお気楽でいるわけじゃないよ?相対的に、ミキの気が重くなってるから、あたしがそう見えてるだけ。」

 「まぁいつものことなんだけどさ。」とゆさは付け足す。

 「そうね、いつものことだね。最後まで見せられなかったなぁ、私の前向きな姿。」

 頬を膨らませ口を結び天を仰ぐ。そんな私の姿を見かねたのか、ゆさがすかさず「おいーっ。」と私の言葉に突っ込んでくる。

 「なーに失敗することばっかり考えてるのさ。」

 頭にコツンっと軽いチョップを喰らった。

 「いてっ。」と大して痛くもない攻撃にリアクションをとる私だったが、ゆさの顔に視線を移すと、その表情は、さっきまでの無邪気な笑みから、穏やかな包容力のあるものに変わっていることに気づく。

 「ミキ。もっとこう、元気が出てくる話をしようよ。」

 「たとえば……?」

 「あたしたちの馴れ初め話、とか。」

 「馴れ初めって……。それじゃあまるで恋人同士みたいになっちゃうよ、私たち。」

 ゆさは馴れ初め話って言葉の意味を分かってるのかな。ほんのわずか首を傾げる私。

 「もう。ミキは細かいなぁ。」

 私の顔を暖かなまなざしで見つめながら、彼女は嘆息混じりに言葉を紡ぐ。

 「あれが始まるまで、もうほとんど時間ないんだから、ミキお得意の要約をふんだんに活用して思い出そうよ。あたしたちのこと、ミキのこと、あたしのこと。たくさんたくさん思い出して、たくさんたくさん笑って……、最後にしたいんだ。」

 「全く、ゆさまで私にあてられてマイナス思考に陥っちゃってどうするの?どんなときも明るく前向きなのがゆさの取り柄の一つ、なんでしょう?」

 ゆさは、私とお揃いのセーターの袖で顔を隠し、更に顔を見られまいと、自分の膝に突っ伏そうとしたが、私の言葉に反応し、その動作を中断した。身体を起こしたゆさのセーターの袖には、わずかではあるが、ついさっきまではなかった濃い斑点模様が表れている。

 私はゆさの目を見て、言の葉を舞わせる。

 「ゆさ、分かったよ。じゃあ要約上手な私がお話ししようか。私たちの馴れ初めを。」

 「うん……っ。」

 「本当は思い出話って言うところなんだよ?」と追加しようと思ったけど、ゆさの目元を見て、そんな些末なことはどうでもいい、と自分の中で結論づけた。

 「まずは、私のことを話すのが先かな。」


 私は残す、これまでの過去を。

 私は紡ぐ、数々の苦悩を。

 私は綴る、ゆさと笑い合ったあの日々を。


 そして私は遺すのだ。

 これから私たちに訪れる、奇蹟のような物語も。

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