第1部 第2章(1)儀式のはじまり
悟郎は、神下ろしの儀という名のデスゲームが始まる日まで、万理に用意してもらった武器や衣服を体になじませるため、ひたすら体を酷使した。また、そうしていた方が余計なことを考えなくてもいいという意図もあった。
神下ろしの儀が行われる会場の下見にも行った。そこは観覧席のある多目的ホールで、儀式のためコンクリートの床に厚く土が盛られている。そのため、会場へと至る1階の扉は閉め切られており、1階へは観覧席から足場で組まれた坂を下って行ける。しかし、観覧席へは戻ることができない仕組みになっている。
その甲斐もあって、食欲は旺盛だったし、夜もよく眠ることができた。訓練を終えると、隔離部屋を出て案内された部屋で過ごした。一人で夕食を摂るのはわびしかったので、万理とともにし、その後は小一時間ほど二人で打ち合わせや雑談をした。
そして、神下ろしの儀が執り行われる当日の朝を迎えた。
当日の朝も妙な高揚感はなく、穏やかな目覚めだった。
万理の給仕で朝食を摂った。その後、身支度を整えて万理とともに自動車の後部座席に乗り込み、会場へと向かう。万理が悟郎の手の上に手を重ねてきた。悟郎は万理の横顔を覗き見る。緊張のためか、ひどくこわばった表情をしている。
彼女は彼女で何かに立ち向かわなければならないのだろうか? 悟郎は気になったものの、それに気を取られて注意散漫になるのを懸念した。
スタンガンで倒されたということや召喚されたということがあり、最初の方に万理に抱いていた印象は決していいものではなかった。しかし、接しているうちに彼女自身も自分と同様に如何ともしがたい理由でこの状況に巻き込まれているのだと確信した。彼女は人を死地に追いやるには優しすぎた。本当なら…
いかんいかん、気を取られている。無理矢理悟郎は頭から万理のことを閉め出す。
30分ほどで会場に着いた。
入口で、参加者とそれ以外とで振り分けられる。火器持ち込みのチェックなどから、以降、参加者との接触はできなくなる。
万理は気丈に振る舞おうとしているが、あまり成功していない。目に涙が滲んでいる。
「ご武運を」
万理の目からとうとう涙が溢れ出す。万理を抱きしめたい欲求に駆られるが、それをしてしまうと決心が鈍りそうで堪える。
「ありがとう」
そう言うだけにとどめ、悟郎は万理に背を向け、武装した多数の警備員が待ち構えている参加者側の入口へと進む。
複数の警備員に案内され、個室に入る。そこで、所持の禁止されている火器などを所有していないか、手荷物検査及びボディチェックを受ける。その後、事前に提出していた武器などの装備を受け取った。今度は、悟郎が装備に異常がないか確認する。
監視される中、着替えるのは多少の居心地悪さを感じたが、悟郎は粛々と支度を整えた。その後は、出番が来るまで体を動かし、あるいは黙想して過ごした。彼の出番は、支度を整えてから1時間ほど経過した後に回ってきた。
警備員に付き添われて、観覧席に向かう。念のためと手錠を填められた。
下見のときには当然ながら殺し合いは行われておらず、また観戦者もなく、場内は静まりかえっていた。しかし、1階から聞こえてくる戦闘音や苦鳴、2階の観覧席から湧き起こる歓声、それに漂いくる血の臭いや人いきれに満ち満ちていた。
格闘技や武術の試合ならともかく、殺し合いを観戦して歓声を上げるなんて悪趣味だな、悟郎は会場の様子を冷ややかに眺めた。
会場へと下りていく足場で作られた坂は6ヵ所あり、そのうちの一つに往生際悪く「行きたくない」と喚いている男がいた。
その男は警備員が手にする警棒で強打され、手錠が外されないまま、坂を転がり落ちていった。勾配が急なので途中で止まることはなかった。また、簡単には上って来られないように、坂は1メートルほど地面から離れたところで終わっており、男は、どすと鈍い音を立てて落ちた。
大型のナイフを持った男が笑いながら、転げ落ちてきた男を襲った。
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