中途半端のろくでなし

海深真明

第1部 第1章(1)召喚の儀

第一部 第一章(一)召喚の儀

 三方を幕で覆われた白い集会用テントが、見通しの良い高台の上に設けられていた。その前には祭壇のようなものが設けられていたようだったが、爆風にでも襲われたのか、ひどく損傷している。


 テントの中に簡易ベッドが置かれ、男が一人寝かされていた。その男を見下ろして。濃紺のスーツを見に纏った別の男が、手帳を片手に立っていた。

「学校名はおわりべこうとうがっこう、もしくは、おわりどこうとうがっこうだろう。おのごろう、平凡な名前だ。住所は、あい、ち、けん、かな? 次は、な、ふる、や、し? めい、こ、や、し、か? 読めん。」

 寝かされている男の生徒手帳のようだ。

「本当に、彼岸から召喚されて来たのか? こちらからではなく?」


 手帳を片手に立っていた男は、テントの中にいるもう一人の人物に話しかけた。その者は女性で、テーブル上に置かれたPCの前に座り、それを操作しながら男に答えて言った。

「我が国に該当する地名はございませんし、かの国にも該当する地名はなさそうです。おわりべこうとうがっこう、もしくは、おわりどこうとうがっこうという学校名から、尾張氏が連想されます。また、そうであれば、先ほど『あいちけん』とお読みになった行政区画もかの地に伝わるあゆち思想との関連が想起されます」

「しかしな、かの国が存在することすら許しがたいのに、加えて彼岸にまで神国が存在することになるではないか。おまけにこやつときたら。我は、身の丈七尺にまで迫らんとする、筋骨隆々とした武人を祈願したのに。そこそこ鍛えているようだが、身の丈は六尺に満たず、我と大して変わらない。加えて、我が国の紛い物の出ときたか。馬鹿の大足、戯けの小足、中途半端のろくでなしという言葉があるが、こやつは正しく中途半端のろくでなしであろう」

 男はそう吐き捨て、女性の方に手帳を放った。


「それにしても、いつまで意地汚く寝ているのだ、こやつは! 犬のように蹴飛ばせば、目を覚ますか?」

 男は蹴る振りをした。この男なりのユーモアだったのかもしれない。その不穏な気配を察知したのか定かではないが、おのごろう、小野悟郎は突然目をぱちりと開けた。


 何だ?! どうなっている?! どこだ、ここは?!

 悟郎には訳が分からなかった。稽古に向かっていたはずなのに、何故寝ているのか? 車にでもはねられたか?

 咄嗟に身を起こそうとしたが、体が鉛でできているかのように重い。

 何だこれは?! どうなっているんだ?!

 悟郎は混乱するばかりだ。


「ようやくお目覚めか、寝坊助くん」

 男のこの言葉は、ただでさえ状況がつかめず神経質になっていた悟郎の神経を余計に逆立てるだけだった。

「何だ! 貴様は!」

 悟郎は声を荒げた。

「やはり紛い物のろくでなしは躾がなっていないようだ。己が立場を分かっていない」

 男は悟郎の横たわるベッドを蹴倒し、悟郎を地面に転がそうとした。しかし、いち早く悟郎は転がり下り、ベッドが横倒しになっただけだった。


「下郎が! 調子に乗るな!」

 男は激昂し、悟郎の顎を蹴り上げようとした。しかし、その足をあっさりと小野に捕まれた。男は驚愕する、何故刃向かえるのか? 

 悟郎はその足を持ち上げ、男が転がる。その力を利用して悟郎が立ち上がった。そして、男のみぞおちに拳をたたき込んだ。男はうめき声をあげ、白目をむいて気を失った。


 やってしまってから、状況が分からないまま敵対してしまったことに悟郎は気づいた。

 まぁ、やってしまったことは今更どうしようもない。先ずはこの場を離脱して、状況把握に努めるか。


 小野は、光が差し込んでくる、幕のかかっていない面から外に出ようとした。しかし、いつの間にか女がその前に立ち塞がる。

「どけ!」

 悟郎が恫喝する。しかし、女は悠然と微笑むばかりで、その場から動こうとしない。

 ならば、押し通るまで。

 悟郎は女の立つ方向に歩みながら、腕を横なぎした。しかし、その腕は女に触れる前に、まるで自分で寸止めをしたかのように止まってしまった。

 何だ?! 

 何故当たらないのか、悟郎には訳が分からなかった。その隙を突かれた。女はどこからともなく取り出したスタンガンを悟郎の腹部に当て、躊躇なくトリガーを引いた。その身を襲う電流によりけいれんを起こし、悟郎はなすすべもなく気を失った。


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