夢現循環

馳川 暇

狭間のピエロ

 これは夢であるという自覚から、この夢は始まる。私の手足は固定されており、首も動かすことは出来ない。この時点で夢の中の私は「またこの夢か」という気分になる。

 慣れてしまっているせいで私は慌てない。これは「慣れている私」の夢なのだ。そんな私の背後からピエロが現れる。頭が固定され見えないはずなのに、ピエロが動いていることを把握する。

 それは化粧をしていない。ふざけた扮装もしていない。だというのに私はピエロであると断定して、これは『ピエロ』であると認識する。

 

 そして『ピエロ』は慣れた手つきで器具を操作し、私の首を刎ね飛ばす。ああ、断頭台だったのかと、転がる頭が理解する。

 摩擦も慣性も意識せず、どこまでもどこまでも転々ころころ汲々きゅうきゅうと回っていくと、そのうち何かが私の頭を持ち上げる。

 何故だかそれもまたピエロである。だが、今度はちゃんとピエロの化粧にふざけた格好。私と頭は持ち上げたのがピエロと認識できて安心する。

 しかしてピエロが頭を小脇に、がっちり抱えて走り出すと、またしてもピエロは『ピエロ』になる。

 ピエロの身体に密着し、とざされた頭の視界の外で、やはりピエロの外見はピエロでなくなってしまうのだ。

 そんな光景に私は既に飽きている。私は飽きっぽく、なによりも何度も見た夢だと知っているから。『ピエロ』は走っていく。それの腕のなかにいる頭はなぜか安心している。私はこのシーンが無駄に長いことを退屈しながら再確認していく。

 しばらく我慢すると漸く変化が……ピエロが頭を地面に叩きつける。何かのスポーツで得点を決めたように、どこからかピエロに喝采が送られ、曲名すら解らない曖昧なクラシックもどきが流れ始める。再びこのシーンにやってくるまで音楽は固定されてしまう。

 スーパーボールのように無闇に高く跳ね回る頭は、地面に衝突するごとに変形していく。それは事故のようにグロテスクではない。幸運にも私は大事故に遭った経験がない。夢の材料である記憶のなかに、それらはプールされていない。また一方で私には負の想像力が欠けていて、肉体に変形を加えるような仮想も出来ないからだ。

 それは奇妙で不出来なカートゥーンのように、表面は流体状、しかし一定の体積の円形を保ちながら、よく解らない何かになって跳ね続ける。

 すると何かが頭であったものを掴んだ。

 掴んだのが何者かを、私は認識できない。必ず認識できない。

 何かが。

 よく解らない何かになった頭を掴んでいる。

 私はその光景のすべてを見ているのに、なぜか意味だけが解らない。そして、それの正体は解らないが……首から上が空白なことだけは解る。


 そして、それは自らの空白の部分に円形の流体を載せる。

 何かと何かがくっついて、不思議なのか当然なのか、私の頭は新しい身体に馴染み始め、そのうち私ではない何者かになる。そこで漸く私はそれが何者かを理解する。

 そうだった、そうだった、そういう夢だったと理解する。

 化粧もせず扮装もしない『ピエロ』はテクテク歩き始め、そのうちギロチンが現れる。そこには誰かが固定されていて、やっぱり自分だと納得する。

 

 そうこうする内にギロチンが落下して、新しい頭の輸送が始まる。

 そして私はうんざりする。

 この夢は、いつまでもいつまでも私が起きるまで続くのだ。同じ事の繰り返しに私は最初から最後まで飽きている。

 起きても覚えているから、この夢はどうせ何度も見ると知っている。夢が終わってもいつかまた再開されると知っている。

 だから『再開される夢自体にうんざりしている感情』までもが記憶として組み込まれてしまっていて、夢のなかで頭につかず離れずを保つ『私』はうんざりするという役柄を与えられてしまっている。


 うんざりしている『私』までを私は見ていて――この一番外側にいる私すらもいつしか夢の中に組み込まれるのだろうな、と思いながら。

 はやく覚めないかな、と私は眠っている。

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