第50話 決戦! ダンスパーティー

 さすがに富裕で知られるモーガン男爵家だけあって、屋敷はローザンヌ家よりひとまわり大きかった。大広間に隣接する専用のダンスホールもあって、大広間に並べられたビュッフェ形式の食事を楽しむのを邪魔せずにダンスもできるようになっている。


 普通ダンスパーティーというと夕食時間帯の開始が多いのだが、今回は昼食時間帯の開始になっている。前夜泊まった宿から館まで歩く途中で見上げた空は抜けるような快晴だった。


「結局、取引の裏はあれ以上探れなかったでござる。取引相手の名前すら分からないというのが逆に気になるのでござるが……」


「この期に及んでは気にしていてもしょうがないさ」


 オリエが気にしていたのだが、もうパーティー開始直前なのだから、どうしようもないだろう。


 当主のモーガン男爵の挨拶でパーティーがスタートし、ダンスホールの奥では楽団が円舞曲ワルツを奏で出す。盛装した俺は、さっそくイリスと手に手を取ってダンスホールの方に移動すると、円舞曲ワルツに合わせて踊り出した。


 軽やかに、優雅に、楽しそうに……二週間ほどの練習期間だったが、付け焼き刃とは言われない完成度になっていると自負している。


 俺たちが踊っているのを見て、招待客から驚きの声が上がる。そりゃあそうだろう、彼らはイリスを知っているんだから。今のイリスの踊りが信じられないに違いない。


 逆に、モーガン家側の招待客からは、素直な感嘆の声が上がる。どうやら俺たちは勝負に勝てたようだな。仮にマイケルのヤツが認めなくても、ほかの人々が俺たちのダンスを認めてくれたのなら、そんなに強く横車は押せないはずだ。


 一曲だけでは足りないだろう。二曲……三曲……少しずつ曲調の違う円舞曲ワルツが流れる中、俺たちは踊り続けた。


 さすがに少し疲れたので、イリスとアイコンタクトして、曲の変わり目にダンスホールから大広間の方に移動する。すると、俺たちの踊りを見ていた他の客から自然に拍手が起こった。


 その客の輪の中から、マイケルがわざとらしく拍手をしながら歩み出て、俺たちに声をかけてきた。


「やあローザンヌ君、素晴らしいダンスだったよ。認めよう、非の打ち所が無い。君はダンスの名手だ」


 それに対して、イリスはにこやかに笑いながら答える。


「ありがとう。それじゃあ、ボクのことは諦めてもらえるのかな?」


 それを聞いたマイケルは、わざとらしく肩をすくめて言う。


「それなんだが、忘れてはいないかね? 私は君と婚約者殿のダンスを見たいと言ったのだよ。いくら君がと素晴らしいダンスを踊っても、それは君と婚約者殿の絆を証明することにはならないだろう。それとも、君はそちらの淑女と結婚する気なのかね? まあ、私自身は認めてもよいのだが、それは君の家族や世間が許さないのではないかな?」


 よぉし、かかった!


「残念ながら、淑女ではないんですよ」


 そう言いながら、俺はおもむろにかぶっていたウィッグの留め金を外すと、勢いよく引き抜いた。


「何っ!?」


 驚愕するマイケル。いや、周囲の招待客にも驚きの声が広がっている。


「今、『認めてもよい』って言いいましたよね? 確かに聞きましたよ。これで俺がイリスの婚約者です」


 まだ化粧は落としてないしドレス姿のままだから相当に変な格好に見えるだろうが、俺は堂々とイリスの前に立ってマイケルと対峙した。


「ば、ば、ば、馬鹿な! まさか女装してダンスを踊るなんて……恥ずかしいとは思わないのか!?」


 顔を真っ赤にして憤るマイケルに対して、俺は堂々と胸を張って首を横に振った。こんな風に言われたら丁寧に答える必要も無いんで、素に戻って啖呵を切る。


「思わないね! あんたはイリスに下手なダンスを踊らせて恥をかかせる積もりだったのかもしれないが、イリスに恥をかかせるくらいなら、俺が馬鹿にされようが笑われようが気にするつもりはこれっぽっちも無いぜ!!」


 もっとも、初見から俺が笑われたら話にならないんで、マイケルや招待客をだませる程度には上手く女装しないといけなかったがな。ドレスは体の線を隠せるように裾が長く袖がゆったりしたものにしたし、胸にはスーラとウインドが入ってるんで、だいぶ巨乳に見えただろう。化粧については上手なキャシーにお願いしたんだが、見事に化けさせてくれたぜ。まあ、母親似の細面だから何とかなったんだろうけど。


 そんな俺の啖呵を聞いてブルブルと震えていたマイケルだったが、今度はイリスに向かって叫んだ。


「馬鹿馬鹿しい! 君は前に『男らしい人が好き』と言っていたじゃないか!! こんな女装男のどこが男らしいんだ!?」


 それを聞いたイリスは呆れたように言った。


「どこが? ボクにこれだけ『男らしい』態度を取ってくれた男の人はリョウが初めてだよ」


 そしてさとすように続ける。


「君は昔から誤解していたようだけど、ボクが求める『男らしさ』は別に外見とか剣術の強さのことじゃないんだ。ボクのことをきちんと『女』として守ろうとしてくれるかどうか、それだけなんだよ。そのための手段や方法は何でもかまわないさ」


「な……に?」


「だから、別にボクは武闘会のトーナメント優勝者だから好きになるってことも無いんだ。逆に、お金を使おうがコネを使おうが、ボクのことをきちんと守ろうとしてくれた人がいたら、きっとその人を好きになっただろうね」


 それを聞いて、それこそ木剣で打ちのめされたような顔になるマイケル。ああ、こいつ昔は本当にイリスのことが好きだったんだろうな。そして、今でも実は未練があったのかもしれない。


 そんなマイケルを眺めていたイリスだったが、くるりと踵を返すと俺の左横に並んで立つ。


「?」


 何だろうと小首をかしげてイリスの方を見た俺に、イリスは悪戯っぽく微笑みながら、不意に俺の頬にキスをしてきた。


「えっ!?」


 一瞬驚いてしまったものの、よく考えてみたら婚約者の演技中なんだから、このくらい普通だよなと思い直してイリスに向き直って微笑もうとした。


 そんな俺の目を見つめて、イリスが俺にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。


「ゴメン、ボクは君のことを本当に好きになったみたいだ」


 どくん。


 俺は自分の心臓の鼓動が大きく跳ねたことを感じながら、思わずイリスの顔を凝視していた。


 男装しているから、そんなに化粧はしていない。でも、そんな中でルージュを引いた唇だけが奇妙に艶やかに紅く、妖しい色気を感じさせる。少し潤んだ目で俺を見つめるイリスの笑顔は、今まで見たことがないほど魅力的だった。


 カチリ。


 俺の心の中の鍵がひとつ回って外れた。


「イリス……」


 バァン!


 俺がイリスに答えようとしたとき、突然、大広間の扉が強引に押し開けられて、壁に跳ね返って大きな騒音を立てた。


「モンスターが出た! 大量のモンスターが、空から……」


 入ってきた男が叫んだ言葉に会場が騒然となる中、俺はイリスの手を取って仲間たちの居る所ヘ向かって駆け出していた。


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