第34話 罠

 ストーンゴーレムを倒したら下の階に降りる階段が出現したので、それを降りて進む。その後も各階のボスである各種ゴーレムを倒しながら、順調に下の階に進んで行く。


「今の階段で五階降りたことになるのか?」


「そうでござる」


 俺の問いに地図作成マッピングをしていたオリエが答える。既に「アイスゴーレム」(水属性)、「ゴールドゴーレム」(金属性)、「トルネードゴーレム」(風属性)、「ダークゴーレム」(闇属性)は倒した。何かトルネードゴーレムとダークゴーレムはゴーレムという割には実体が無くて竜巻とか闇の塊みたいなのが人型をしているという、それこそエレメンタルみたいなヤツだったけど。残る属性は火と光。こいつらも実体は無さそうだな。


「今まで罠は無かったでござるが、一応『罠感知』……む?」


 階段の先の十字路でスキルを使ったオリエが首をかしげている。


「どうしたオリエ、罠があったのか?」


「いや、それが奇妙なのでござる。罠らしき反応があったのでござるが、どう考えても、そこには罠が無さそうなのでござるよ」


 そうオリエが指さしたのは、十字路の右の通路の先で一見行き止まりに見えるところだった。


 そちらに慎重に近寄っていったオリエがインベントリから取り出した自分の身長の二倍弱の長さの細長い棒で床や壁を突いたり叩いたりして罠の有無を確かめている。この棒は密偵スカウト系七つ道具のひとつとして有名なんだが、なんで「十本足テンフィートの棒」なんて名前なんだろうなあ。


「やはり罠は見つかり申さぬ」


「これ、もしかしたら精霊力を使った罠なのかも」


 罠を見つけられなかったオリエにアイナがそう声をかける。そういえば打ち合わせのときに言ってたな。


「今までの罠……というか障害は、全部見えていたものばかりでござったが?」


 オリエが首をひねりながら言う。確かに、今までの階では、炎の壁が行く手を遮るとか、通路に水が溜まっていて進めないとか、一本橋に強風が吹き荒れていたりとか、大きな丸い岩が坂道の上にあって転がって来そうだとか、電撃が通路を縦横無尽に飛び交っていて進めないとか、光の魔法も通さないような闇の雲が漂っていて視界が遮られるとか、逆に強烈な光が通路を満たしていて目が開けられないとか、そういう明示的な障害ばかりだった。全部アイナが精霊にお願いして突破できたけどな。


 ただ、精霊使いシャーマンの技能を持っていれば精霊が無条件でお願いを聞いてくれるというものでもないらしい。やっぱり精霊と交信するためのスキルのレベルが高くないと、そもそも話を聞いてもらえない相手もいるようだし、話ができてもお願いを聞いてもらうには交渉術みたいなものも必要なようだ。アイナはそれが上手いってことだろう。


「いよいよ隠し罠が出てきたのかもしれないわ。あたしが調べてみるね」


 アイナがひとりで慎重に通路の先に近寄っていく。


「みんなは周囲を警戒しててくれ。どこで罠が発動するかわからないからな」


 そう声をかけながら、俺も周囲を警戒する。こういうときに、特に注意しなければいけないのは天井だ。


 そう思って警戒していたのが良かったのか、俺はアイナが通路の奥にたどりついたときに俺たちのすぐ手前の天井に異変が起きたことに気付いた。


「これ、自動発動っ!」


「アイナ、戻れ!!」


 天井の一部に切れ込みが入り、そこから高速で壁が下りてくる。一方通行のワンウェイウォールの罠だ!


 マズい、この壁の位置と降下速度だとアイナが戻り切れない。このままだとアイナだけ分断される!!


 俺は咄嗟に前に走ってスライディングすると、下りかかっていた壁の下をすり抜けてアイナの側に行った。


 ガシャン! 壁が下り切った。


「あ……」


 降りきった壁を前に、顔を歪めるアイナ。


「ごめん、あたしのせいで……」


「気にするな。お前は罠解除は専門じゃないんだから。アレは精霊使いシャーマン系のスキルを持っている人間が近づくと自動発動する罠っぽいな」


「そうだったみたい」


 そんな風に会話をしていると、壁の向こうから小さな声がかすかに聞こえてきた。


『リョウ、アイナ、大丈夫かい!?』


「こっちは二人とも無事だ!」


 イリスが叫んでいるようなので、こちらも叫び返す。そんなに厚い壁じゃあなかったけど、音は通りにくいようだ。


「この壁、どうにかできそうか?」


 壁の様子を調べていたアイナに聞いてみると、溜息と一緒に答えが返ってきた。


「……無理ね。ダンジョンの壁と一緒で破壊はできないと思うわ。罠の方も、精霊力を使って開けるドアとか今までの障害とは違って、管理していた精霊がお願いを聞いてくれないの」


「参ったな、ここに閉じ込められた……ワケじゃないのか」


 見てみると、さっきまで行き止まりだった通路の奥に道ができている。こっちの壁が下りる代わりに、あっちの壁が上がったようだ。


「しまった、ここは全員でアイナの近くにいるべきだったんだな」


「普通は罠を警戒して離れてるのがセオリーだからしょうがないわよ」


「タチの悪い罠だな」


 俺がそうこぼすと、壁の向こうからイリスの声が小さく聞こえてきた。


『こちら側からは開けられそうにない。そちらはどうだい?』


 これは、結構大声を出さないとあっちに聞こえないと思って、俺もかなり大声を出して返事をする。


「こっちからも無理だ。こっち側の奥に通路ができたんで、探索してみる。そっちもマッピングしながら探索してくれ。どこかで合流できるかもしれない」


『リョウたちは、ボクたちが探しに行くのを待っている方が良くないかい?』


「競争だから時間が惜しい。このダンジョンに出てくるモンスターは、ボス以外は雑魚だから、俺とアイナ二人でもスーラとルージュがいれば何とかなるはずだ」


『スーラとルージュもこちら側にいるけど?』


「こうすればいいんだよ。『召喚解除』、『召喚』」


 俺は一度スーラの召喚を解除すると、改めて召喚する。俺の目の前の床に光の魔法陣が描かれると、その中央からスーラがせり上がってくる。召喚が完了したスーラは、ふにょん! と大きくうごめくと、俺に飛びついてきた。


「おお、心配だったか。すまなかったな」


 俺と再会したスーラから喜びの感情が伝わってくる。その前に分断されてしまって心配していた感情も伝わっていたので、やわらかい体を優しくなでてやる。


「なるほどね。『召喚解除』、『召喚』」


 同じようにアイナもルージュを再召喚して、自分の懐に抱いてやっている。


『わかった。それじゃあボクたちも探索する。リョウもアイナも無理はしないでくれよ』


「ああ、そっちも気を付けてくれ」


 とは言っても、あっち側の六人パーティーの方が実はバランスは取れてるんだよなあ。こっちは万能型というか器用貧乏が二人だけなんだから。特に密偵スカウト系の技能が無いのが痛い。もっとも、このダンジョンだと精霊使いシャーマン系の技能が必須っぽいんだけど、それはアイナしか持ってないから、どっちが有利とも言えないが。


「それじゃあ、こっちも進もう」


「だけど、罠はどうするの? あたしもリョウも『罠感知』は持ってないじゃない」


 アイナが心配そうに聞いてくるのに、俺はインベントリから予備の地図作成マッピングセットを取り出しながら答える。


「どうせ罠は見つけられないんだから、全員で固まって進む。さっきみたいな分断系の罠にこれ以上かかるわけにはいかないからな。幸い、このダンジョンには機械式の罠は無いってことだし。ただ、精霊系の罠の場合、アイナは対処できるのか?」


 俺の問いに、少し考えてからアイナは口を開く。


「さっきは自動発動ってことに焦って失敗しちゃったけど、よく考えたら精霊に『止まって』とか『やめて』ってお願いすればよかったのよ。まあ、言うことを聞いてくれたかどうかはわからないんだけど」


「これからは、それで対処だな。それじゃあ進もう」


「了解」


 アイナが答えると同時に、スーラとルージュもふにょんとうごめいて応答する。可愛いヤツらだ。


 さて、それからは一応慎重にではあるものの新しく開いた方の通路に進んだものの、ほとんど一本道で枝道はまったくないしモンスターも出てこない。


 一応曲がり角のたびに俺は地図を描いていくが、長い通路を二回曲がったところで、これがどういう道か気付いた。


「これは外周通路っぽいな」


「外周通路?」


 そう聞きながら、俺が描いた地図をのぞき込むアイナ。


「オリエほど正確には書けてないと思うが、一応冒険者標準地図作成法にのっとって描いてみたんだ」


 地図作成マッピング用の方眼紙の一マスあたりの距離は決まっていて縮尺1/100で描くのが冒険者用の地図作成法の標準だ。それで描いてみたところ、最初の階段から大きく東側に回っている感じの長い通路になっている。


「ホントだ、これ最初の十字路で真っ直ぐ進むと複雑な迷路がありそうだけど、右か左に進むと、この階の外周を一周する感じっぽいわね」


「もしかしたら、一番最初の十字路の左側につながってるかもしれないな。イリスたちがそっちに進んでくれたんだとしたら、もうすぐ合流できるかもしれない」


 そう言ってから先に進んだのだが、俺たちの期待は裏切られる。


「行き止まりか……詰んだか?」


「待って、ここに精霊力を感じる……やっぱり! ここに精霊が封印している隠し扉があるわ!!」


「おお! ……うん?」


 一瞬、歓喜の声を上げたものの、あることに気付いて作成途中の地図を取り出し、今まで歩いてきた距離を考えて通路を描き加えていく。


「これ、マズいかもしれん」


「え?」


 俺は描き加えたばかりの地図をアイナに見せながら言った。


「この先って、下手するとボス部屋だぞ」


 この階の入口だった階段の対になるであろう位置に、この隠し扉の先の部屋はあった。

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