第23話 二段ボス

「よし、これで……」


 そう言おうとしたときだった。謎の魔法陣の中央に位置していた、大きな魔結晶。スイカほどもありそうな大きな代物だったので、売れば結構な金になりそうだと踏んでいたのだが、それがひときわ強烈な光を放った。


「嘘、二段ボス!? ダンジョンでもないのに!?」


 アイナの叫び声に、イリスが何かに気付いたような顔になって叫び返す。


「そうか! 二段ボスというのは、モンスター生成直前まで成長していた魔結晶がある所に、ボスモンスターを倒した際に発生する魔素が流れ込んで、再度ボスモンスターが生成されることで起きる現象だったんだ!!」


 それを聞いて慄然りつぜんとする。今、この場には二頭のワイバーンを倒した魔素が充満している。それが、あの巨大な魔結晶に流れ込んだら……


「止め……無理か!!」


 既に魔結晶の強烈な光の中から、新たなモンスターが姿を現していた。


 それは、一見すると前に倒した火竜に似ていた。長い首と尻尾、太い胴体から生える鋭い鉤爪を持った前足と後ろ足。しかし、サイズはさらに一回り大きい。そして、背中には大きな翼が生えていた。


「ド、ドラゴン……ですぅ」


 そう、かすれるような声でウェルチがつぶやく。


 その声に応えるかのように、緑色の鱗を輝かせながら最強のモンスターが姿を現していた。


「大丈夫、あれは『レッサー・ドラゴン』。知能の低い下級種にすぎぬ……」


 そう言って強がるクミコだったが、声が震えている。確かにレッサー・ドラゴンは一応「ドラゴンとしては」下級種になるのだが、それでも火竜やワイバーンといった亜竜に比べると、その強さは段違いに上だ。


「レインボゥ、やれっ! アイナとクミコは、とにかく何でもいいから防御力を上げる魔法をかけ続けろ! ウェルチはハイヒール以上の回復魔法を発動準備して待機。カチュアはとにかくウェルチを守ってくれ。それ以外は全員が遠距離から牽制攻撃! 効かなくても注意を逸らすことぐらいはできる!!」


「「「「「「「了解!」」」」」」」


 俺の指示にみんな声を揃えて応答する。同時にレインボゥもふにょんと大きくうごめいてから、レッサー・ドラゴンに向けて突進を開始した。


「まずは防壁を立てる! 『アースウォール』!!」


 クミコの黒魔法が発動すると同時に、土の壁が俺たちの前に立ち上がる。一見すると脆そうな土壁だが、地属性には特に強い防御力を発揮するし、それ以外の全属性攻撃も一度は防いでくれる防御壁だ。


「勇気の精霊よ、あたしたちに折れない心を与えて! 『ブレイブ』!!」


 アイナは精神系の状態異常耐性を上げる精霊魔法を味方全員にかけた。レッサー・ドラゴンは吠えるだけで敵を怯ませて動けなくする状態異常攻撃を仕掛けてくるはずだから、それには真っ先に対抗しておかないとな。ウェルチが怯んで行動不能になったら、回復さえできなくなる。


「必殺必中、サンライズアロー!」


 キャシー最強の攻撃技が弓なりに放たれ、レッサー・ドラゴンの脳天を直撃する!


 ビシビシビシッ!


 やった、このダメージエフェクトはクリティカルヒットだ!! ……が!?


「ダメージ1……さ、さすがはレッサーとはいえドラゴンですわね」


 いつも強気なキャシーの顔がこわばっている。クリティカルヒットで最低ダメージしか与えられないとか、どんだけ防御力が高いんだよ。


「忍法『切月火せつげつか』! ハッ!!」


 オリエが、三日月状の炎を飛ばす忍法で攻撃する。前に教えてもらったことがあるのだが、あれはオリエが撃てる最強の遠距離攻撃のはずだ。


 カンッ!


「ノ、ノーダメージでござるか……」


 オリエの切月火は、あっさりとレッサー・ドラゴンの鱗にはじかれていた。


「『ウインドスラッシュ』!!」


 これは剣を振って真空波を飛ばす、イリスが唯一使える遠距離攻撃だ。ただ、威力はそんなに無いんだよな。


 カンッ!


「まあ、効かないよね」


 自嘲するように言うイリス。まあ、イリスの場合は強力な攻撃は全部近接攻撃だから、これは仕方ないだろう。かといって、レッサー・ドラゴンに接近して攻撃しようものなら、反撃の一発で即死か瀕死の重傷だろうから、こうやって牽制攻撃してもらうしか方法がない。


 ウェルチは白魔法を準備して待機中だし、カチュアはその前に立って防御体勢。あとは俺の手番ターンか。


「ウインドスラッシュ!」


 俺もイリスと同じスキルで攻撃する。こいつはMPを消費しないからな。俺の黒魔法は攻撃力が低いからどうせレッサー・ドラゴンには効かないだろうし、それで攻撃するくらいなら回復魔法用にMPは温存しておいた方がいい。


 カンッ!


 案の定、まったく効かなかった。まあ、元剣士フェンサーのイリスよりも俺の方が攻撃力は落ちるんだから当然と言えば当然だ。


 そして、いよいよ本命、レインボゥが動き出す!


 ふよふよふよ……クラゲビッグスライムに変身したままなので、浮遊しながらレッサー・ドラゴンに近づくと、その触手を伸ばして長い首に巻き付ける。


 ビリビリビリ!!


 バシィ!


 レインボゥが放った電撃のダメージが通った! ……が、与えたダメージ量は低い。レッサー・ドラゴンのHPの一割も奪えていない。それに、麻痺などの追加効果も無いようだ。


 レッサー・ドラゴンには火竜やワイバーンのような特定の属性は無い。無効にはできないかわりに全属性にまんべんなく耐性を持っているんだ。また、ワイバーン以上に状態異常耐性も高い。


 まあ、それでもレインボゥの攻撃は、俺たちの攻撃よりは通じている。このまま地道に攻撃を続けるしかないだろう。


 そんな風に思っていた俺だったが、次の瞬間にそれが甘かったことを思い知らされた。


 カッと大きく口を開けたレッサー・ドラゴンの口から、強力な風の奔流が放たれると、俺たちの前にクミコが立てたアースウォールをぶち抜いて俺たちを吹き飛ばしたんだ!!


「うぉぉぉぉぉぉっ!!」


「「「「「きゃあぁぁぁぁっ!!」」」」」


「クッ」


「皆さんっ!?」


 バシ、バシ、バシ、バシ、バシ、バシ、バシィ!!


 防御体勢を取っていたカチュアと、彼女に守られていたウェルチ以外は、その暴風に吹き飛ばされていた。対抗属性の風系のブレスだったとはいえ、アースウォールがあったのにウェルチ以外の全員が結構なダメージを受けている。何て威力だ!


「ハイヒールですぅ!」


 ウェルチが準備していた回復魔法をカチュアにかける。ウェルチを守っていたのでカチュアは二人分のダメージを受けていたからな。


「次は俺とアイナも回復に回る。クミコは防御魔法を再構築。すまんがキャシーとオリエはポーションで自力回復してくれ!」


「「「「「「「了解」」」」」」」


 俺、アイナ、ウェルチで回復魔法をかけあっても、俺とアイナは自分の回復が優先なので、ウェルチがクミコを回復するしかできない。


 クソ、さすがはレッサー・ドラゴンだ。知能が低いというが、的確に対抗属性のブレスを選んでレインボゥよりも弱い俺たちを先に狙って来やがる。このままだと、レインボゥがヤツを倒す前に、俺たちの回復が追いつかずに全滅に追い込まれる可能性がある。


 と、そこでレインボゥが俺に何かを訴えかけてきたのを感じた。え、またスクランブル合体したいっていうのか? 何だかわからんが、今の状況を打開するには、お前に頼るしかないんだ。


「レインボゥ、スクランブル合体だ! 頼んだぞ!!」


 俺の命令を受けて、レインボゥがふにょんと大きくうごめくと、ひときわ強烈に光り輝いてから、八匹のスライムに分離する。そして、今度はノワールとマリンを中心に合体をはじめた。


 ふにょんふにょんふにょんふにょんふにょん……


 何だか、平べったくなって、体色も黒と毒々しい感じの青や緑や紫が入り交じった色に変わってしまった。これは、まさか……


「おっきい『ポイズンスライム』?」


 アイナのつぶやき声が聞こえてきた。やっぱり、そうだよな。これは、スライムの変種で毒を持っている「ポイズンスライム」そっくりだ。サイズは異常にでかいんで、ポイズンビッグスライムって感じだけどな。そういえば、ポイズンスライムは闇属性と水属性だった。だからノワールとマリンが中心になって合体したのか。


 毒々しい色に変じたレインボゥは、そのままレッサー・ドラゴンに襲いかかった。


 バシィ!


 与えたダメージは、さっきの電撃よりも、むしろ少ないだろう。だが、俺の密偵の片眼鏡スカウトモノクルには、レッサー・ドラゴンの上にはっきりとある文字が表示されていた。


 「POISONポイズン」と。

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